焦がれるとも異なる古い感情

 懐かしさを感じるにおいがある。厳密には懐古ではないのだが他に適切な言葉をまだ見付けられていない。容赦無く幼少期をフラッシュバックさせるそれは、木造家屋を解体する時のにおいだ。
 木造家屋を解体すると掘り返された土と古い木材のあわさった独特のにおいがする。それは私が路地裏で遊んでいた時代の感覚を呼び覚ます。重機で崩された家。さみしいような、世界の断面図をほんの少し覗いている高揚感のような。その木造家屋を解体するにおいは最近めっきり嗅がなくなった。あるにはあるが、年に1回通りかかるかないか程度だ。
 おそらくだが、私が幼少の頃はちょうど戦後に建てられた家屋が造り直されていく過渡期だったのだろう。小さな町内でも走り回っていればどこかで家を建て直していた。そして現代ではもう木造家屋自体が少なくなった。鉄筋コンクリートでは解体しても粉塵ばかりで色気の欠片もない。
 重機の関節、剥がされた壁と柱。胸に黒い炭酸水がはじけるあの感覚は、街がすっかり姿を変えてしまってもあのにおいがあるかぎりいつでもよみがえってくるだろう。


今日の英語:Demolition

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