もう一度、私は冒険できるか

 今、私は野を越え山を越え、冒険している。といっても、現実の私は家に引き籠もっている。冒険しているのは、ゲーム機の小さな画面の向こうの世界である。
 子供の頃、私はポケットモンスター、所謂ポケモンが大好きだった。アニメも観ていたし、ゲームもやった。もう、あの頃のハードもソフトも手元からなくなってしまったけれど、今でもBGMや一緒に旅したポケモンたちの姿がすぐに思い出せるくらい、熱中した。
 しかし、大きくなるにつれて他に楽しい遊びも増え、いつしかポケモンのことは忘れてしまった。


 私が再びポケモンに出逢ったのは、ポケモンGOだった。現実の世界にポケモンがいる……。そんな夢のようなことが起きている気がして、わくわくした。
 けれど、新型コロナウイルスは現実の世界の冒険を難しくしてしまった。せいぜい、歩き回ることができるのは家の近所ばかり。どこにも行かれない、仕事に追われる生活だけはそのまま。なんとなく、心がささくれ立っている。
 そこで、本家のポケモンを始めたのだ。なぜって、マスクなんかしないで、知らない街を自由に駆け回ることができるから。思い立ったが吉日、近くの家電量販店にいそいそと出かけてソフトを買いに行った。
 ソフトをセットし、ゲームスタート。ポケモンたちは色鮮やかな世界で生き生きと動き回っている!それに、画面の向こうの私を見ていると、本当に走っているのではないかと錯覚するほどに、街並みは立体的だ。二十年くらい前は、ポケモンたちの姿がカラーになっただけでも興奮したというのに。
 嬉々としてソフトを手にしたとき、「あっという間に飽きたらどうしよう?もう私はいい大人なのだし……」と躊躇する気持ちもあった。だが、そんな不安は一気に吹き飛んだ。可愛くて頼もしいポケモンたちと知らない街を冒険することが、面白くないわけがない。
くたびれた大人になっても、いや、だからこそ余計に楽しいに決まっていたのだ。時間を忘れて、街や草むら、鉱山を探索した。


 画面の向こうの私は、ずっと若い。輝かしい未来があることを疑いもしないで真っ直ぐ走っていく。「きみはやれるよ」と、誰もが裏表のない期待の言葉を投げかけてくれる。
 現実の私は、そろそろ三十路に入ろうとしている。何でもできる、そう思って何にでも全力投球した時期もあった。だが、社会にいざ出なければいけない時になって目標が何も見つけられなかった。そのまま生きるためだけに何一つ面白くない仕事をするだけ、作り笑いを浮かべて心を擦り減らす毎日を生きている。こんな人生が一日も早く終わりますようにと願いながらも、本気でこの世に別れを告げようと思い切ることもできない。
 私はまだ、私のことを諦めきれないのだろう。そうでなければ、こんなに苦しいはずがない。すっかり挫けてしまった私はまだ冒険できるだろうか。マップも決まったルートもないけれど、どこかに向かって走り出すことはできるだろうか。今日の冒険を終えてゲーム機の電源を切ると、画面に映った私が、不安な瞳でこちらを見つめていた。

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