たまに友人の家でも、何でもいいですが、子どものおもちゃのたくさんある部屋を見ると、なんとも言えない感情が生まれます。寂しさなのか虚しさなのかわからないですが。
それよりも今年唯一誕生日おめでとうを言ってくれたのが、友人でも知人でも良いですが子どもだったり、時には子どもだから、~してというわがまま、甘えを感じることもあります。
あぁこれが、子どもなのだなと思います。
おもちゃは単純に興味はありませんが、子どもの言動や表情には敏感になります。
どういう気持ちなのか考えます。子どもだから大した気持ちはない場合もあると思いますが。
自分にも良い面、悪い面ももちろんあり、普段何気ない時にそのどちらも出てしまう時は後で後悔します。
でも、子どもなら遊んでると、常にそんな感じなので、そうやって時間が過ぎ去ります。僕も普段、いろいろなことで失敗もして、時には成功して良かったこともあったり、そうやって時間が過ぎ去ります。
子どもは、おもちゃ等によって、本当に本当に無邪気な子どもに戻ります。そうやって子どもの時、または、日常で駆け引きもしますが、その行き来で成長していくような気がします。
僕は、ストレスの発散できない時は、自分が思ってる嫌な自分になることも多いのですが、誰かのありがとうだったり、自分からのありがとうだったりを伝える時や気づける時は良い状態の自分だと思います。もしかしたら成長してるのかもしれません。だってありがとうはありがとうでも、出来ることは変わってくるし、自分へのありがとうも何に対してのありがとうなのか考えてみると、もしかしたら成長してる部分なのかもしれません。
そう考えて、これからも歩んでいきたいです。つらいことはありますが、またありがとうと言える時や言われる時は、旗が風で揺れるようにどれくらい心が揺れたか感じたいと思います。