【8/13】獅子座20度
薄手とはいえ長袖のトレンチコートでは、まだ暑すぎる季節。コートの下には縄だけを纏う女が河原に佇んでいた。
西の空にはまだ太陽が残って、景色が赤く染まっていく。
サッカーのユニフォームのまま自転車を漕ぐ子供とすれ違ったが、子供は全く女のことを気にかけることなく通り過ぎた。
買い物袋を両手に下げて子供に何か言っている母親も、塾帰りのような学生も、誰も女に目もくれない。
足元に何やら生き物の気配を感じ、女は振り返った。
気配の主はオレンジのリボンをつけた可愛らしいシーズー犬。女はこの犬をよく知っている。
ご主人様の愛犬。私に縄化粧を施し、こんな季節に場違いなトレンチコートを着せて、こんな河原に立っていろなんていう命令をする私のご主人様。
ご主人様は愛犬の散歩の最中、私の様子を見て楽しんでいるのだ。
夕方の人通りもあるこの河原でコートを完全に脱ぐことはない。ご主人様の影に隠れて、こっそり胸元をはだける。本格的な露出を嗜む人からすれば、私たちのやっていることは、ままごとのようかもしれない。
だが、女には、ご主人様には、まだ秘密にしていることがあった。
あの眼鏡をかけた青年。大学生くらいだろうか。矢のような視線を投げかけてくる。
彼はきっと私のコートの下に気づいている。女はそう確信していた。
ご主人様に連れられ、日が暮れる前に帰路につく。犬は嬉しそうに私たちの足元に纏わりついてくる。まるで、踊るように。
振り返ると、矢のような視線に射抜かれたような気がした。