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弱くても、されどワン・ツー~第二話~出会い

弱くても、されどワン・ツー~第二話~出会い


家の玄関のドアが勢いよく開かれる音で、その音の主が和生人には分かった。そのまま二階にドカドカと上がってくる足音がして、部屋の扉がノックされた。

雅人「おーい、俺だ。お前の職場から連絡があってよ、来てみたんだ」

兄貴の声だ。誰かと一緒なのか、楽しそうに「な?」と話す優しい雰囲気が伝わってくる。雅人は、和生人にとって父親のような存在で、大きく、力強く、いつも笑顔でみんなを笑わせてくれる。とにかく太陽みたいに真っすぐで明るい人だ。

和生人「俺のことはほっといてよ!頼むから、帰って!」
和生人は怒ったまま、布団にくるまる。兄貴にだけはばれたくなかったのに!
すごく心配、させるから……。
今まで悩みがあっても絶対、人には相談しなかった(する相手もいないし)一人で悩み、一人で泣き、歯を食いしばりながら朝が来ると店に出勤していた。それがどんなに辛くても、だ。

雅人「そーはいってもなー……。今日はお前にどうしても会わせたい奴がいるんだよ。な?」

(兄貴のやつ、また誰かに話しかけてる。会わせたい奴って誰だよ!?今、俺は誰にも会いたくねー、つーの!ハッ!?まさか嫁か!?嫁さんと来てるのか?ヤバイ、俺、風呂に全然入ってないから臭……)

和生人が大急ぎで服の匂いを嗅いでいると、小さなノック音が聞こえた。それは和生人が気配を殺していなければ気付かない程の小さな、小さなノックだった。

雅人「おーい、聞こえたか?今日は俺の息子と会いに来てまーす!!」

兄貴の嬉しそうな明るい声とは対照的に、和生人は驚きのまま固まった。

む、息子!?いや、子供ができたのは知ってたけど、俺、まだ会ったことないし…ちょ、待って。え、えー!!!??

和生人が驚くのを他所に「つーことで、そろそろ失礼しまーす」と兄貴が部屋に入ってくる。
パチン、と部屋の電気を点けられ、久しぶりの明かりに目が眩しくてチカチカする。

和生人「ちょっと、勝手に入ってくんじゃねー!!(よ…」

明かりの中、薄目を開けてようやく見えたのは、大きな兄貴の足元に隠れるようにくっつく、小さな男の子だった。

雅人「こいつが俺の息子!!大河(たいが)っていうんだ。大河、こちらのおにーちゃんが、パパの家族だ。ホラ、握手してこい」

兄貴の促しに、もじもじしながら、ゆっくり、じっくり近づいてくる大河。

体、ずいぶん小さいな。それに警戒心、凄くない!?さっきから一歩が全然、近付いてこないけど!?

和生人は仕方なく体を起こし、大河の方を見やる。握手のつもりで先に右手を差し出すと、その手めがけて、嬉しそうに大河が走って来た。

驚きのあまりふいに掴まれた腕を引き抜こうとすると、大河があまりにも人懐っこい笑顔を向けるため、その無防備な愛らしさに和生人は負けた。元から子供は好きなんだ。

和生人は空いてる方の手で頭をボリボリかきながら、兄貴を見る。雅人は満足そうに笑いながら、

雅人「今日は、和生人に大河の髪を切ってもらおうと思ってな。頼みに来た!んな!」

笑顔で兄貴が大河を見る。和生人は手元の触りなれないふわふわした温かい存在を、傷付けない様にしながら瞬時に怒りで反発した。

和生人「俺、美容師辞めたから、髪なんて切らないよ!他所で切ってもらえって」

相変わらず静かに右手を占領している大河。そういえば、会ってからまだ一度もこの子の声、聴いてな……、

雅人「他所かー、それはちょっと難しいな。大河は言葉が話せないんだ」

兄貴は天気の話でもするかのように、大事な事をサラリと言った。

雅人「因みに、そんなに懐くのもレアだぜ~?光栄だろ」

雅人はニヤリと笑った。クッ……!!俺が子供好きなのを知ってやがる!
和生人は改めて、手元の存在を見る。
(話せない……こいつ、俺と一緒なのか)

大河がぬいぐるみを抱きつつ、和生人を見上げる。真っ直ぐに向けられた大きな目はビー玉みたいに透き通っていて、その美しさに思わず驚く。
(うわ、子供の目って、こんなに綺麗なんだ。透明感が大人と全然違う)

しかしその目も長い前髪で見え隠れしている。これじゃ前、見え辛いよな。

和生人「…………(深い溜息)」

和生人は渋々立ち上がり、あの日のままで時間が止まったままの、シザーケースをゴミ箱から拾い上げた。

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ヘアカット大会は急遽、風呂場で行われた。美容室へ連れて行くと大暴れするという大河は、今は大人しく簡易のごみ袋で作ったケープにおさまっている。

風呂場の鏡を前に、久しぶりにシザーケースを身に着けた自分の姿が映る。

(こ、これって、もしかして……もしかしなくても俺のヘアカットデビューじゃん)

和生人は思わず息を吞む。

マネキンでは何度も練習をしてきた。しかし生身の人間の髪に鋏をいれるのはこれが生まれてはじめてだった。
残念なことに店で激しく孤立していた和生人は、練習台になってくれる先輩が一人もいなく(勿論、後輩も)カットモデルのハンティングにも「店の看板に傷がつくかもしれない」という理由で行かせてもらえなかった。まぁ行った所で赤の他人に話しかける事は和生人には難しいのだが。

なるべくこちらの緊張を悟られない様に、大河の髪にだけ意識を集中する。
(落ち着け、俺。大丈夫だ、集中しろ。何度も練習しただろう。ほら髪質もマネキンに似てるし!量もそんなに多くない。よし…イケる!)

美容室に行っていないだけあって、大河の髪は女の子のように背中まで伸びていた。

まずはゆっくり髪をコームでとかして、イメージする。さて、どんな風に切ろうか。

久しぶりに胸が高鳴った。その胸の躍動感が、自分の「好きなもの」を嫌でも伝えてくる。

意外にもカット中、大河はずっと大人しかった。勿論、話さないし、笑顔もない。ずっとぬいぐるみと遊んでいた。たまに俺の後ろに立つ兄貴がサポートしてくれて、一時間後、大河の髪は立派なショートヘアになった。

カット中、和生人は呼吸を忘れるほど施術に集中していた。この時を待っていたと言わんばかりに鋏がどんどん動いていく。どこをどう切れば良いのか、既に頭も体も分かっていた。完成図が予測でき、見えないカットラインを目の前で展開しながら、切り進めていく。手のスピードが頭に追い付かずもどかしい。
耳周りや襟足が難しく、ドライカットだけなのに大分時間がかかってしまった。左右対称に切るのって、こんなに難しいのか。
途中飽き始めた大河を、兄貴が必死にぬいぐるみで会話し、繋げてくれた。

汗をぬぐいながら、和生人は施術後の緊張と心地良い興奮の中にいた。
(これなら人前でも、もしかしたら……いけるかもしれない)
淡い期待が胸を過る。この日和生人は少しだけ、前に進めた気がした。

大河は短くなった髪が分かるのか、分からないのか。
兄貴が「ヘアカット、終了ー!!」という大きな声を合図に、勢いよく飛び跳ねて雅人の足にしがみつく。
あぁ、髪の毛のケープがそのまま……。

「和生人、今日は本当に有難うな!大河よかったな~スッキリしてもらえて!カッコイイぞ☆彡これでもう、目がイタイ、イタイにならないな」

兄貴が嬉しそうに大河の頭を撫でる。大河も嬉しそうにじゃれて笑っている。そうか、うまく、いったのか……なら良かった。

和生人は安心感と、清々しい疲労感の中、立膝をつきながら切っていて、固まった膝をゆっくり伸ばした。

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それから二人は定期的に実家に遊びに来るようになった。虚無の時間からの卒業。二人のお陰で元気を取り戻せた和生人は、日中は密かにカットの練習や、道具の手入れ、最新のトレンドチェックや、次に大河に似合いそうなヘアーデザインを考えたりして過ごした。
手を動かしていれば【無駄になる時間が無いこと】を和生人はもう知っていた。

技術職なら尚更だ。どんなに昨日と同じカットに見えてもどこかしら違い、僅かでも向上している。技術力は日々変化していくのだ。正に積み重ね。でも、そこが好きだった。
例えばカラーリング。ヘアカラーで思った色と仕上がりが違った。これはかなりやばい。
何が引き金となり失敗したのかを考える。カラー剤の調合の比率、計算を間違えた?それとも液剤の量か?
和生人の苦手な計算だ、すぐに答えが出ないと頭が痛くて、イライラする。そのまま計算なしの感覚(目安)でいこうとするが、新米には無論"御法度戦法"だ、案の定上手くいかない。

それでも投げ出さず、ひたすら問題と向き合い手を動かす。それは……ひとえに、好きだから。
ダメなら何がダメなのか、その理由を探りまた違う手法でトライする。
【トライ&エラー】毎日がその繰り返しだった。先輩や店長に答えを聞ければ容易い。しかしそれが出来ない分、和生人は誰よりも遠回りをしながら、失敗を重ねて答えを探した。
そうするといつの日か、満点で出来る日がちゃんと来る。それが猛烈に嬉しかった。

あ……。
≪大切なことを今-思い出したー≫
俺は髪を切る事が好きで、それで人が喜ぶ顔を見るのが好きなんだ。
自分の情熱を全てぶつけられるものが見つかった時、両親はとても喜び、応援してくれた。
あの日兄貴とした大切な約束、簡単に逃げないと強く心に誓ったこと。
あぁ、
なんだ、そうか……俺はもうずっと前から美容師という仕事が好きだったのか。

目の前の靄がようやく、カラッと晴れていく。
和生人は止まっていた時間を尻目に、ゆっくりと立ち上がる。

様々な思いを抱えて、一歩、また一歩、
踏み締める様に 前へと歩き出す。
苦しくても、惨めでも、なんでも良い。それでも
「絶対、諦めない」
「俺は、ちゃんと美容師になるんだ」
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後日、
雅人「うちの弟が突然辞めてしまい、申し訳ございませんでした」と店に謝りに行ったはずが途中から、
雅人「なぜ和生人にだけ髪を切る機会を一切、与えてやらなかったのですか」
と大熊のように立ち上がり、店長に詰め寄って戦ってくれたことを知った。

このことは兄嫁の沙月(さつき)さんがそっと俺に教えてくれた。
店長も負けじと和生人が店にもたらした損害、度重なるクレームやミスを余すことなく話した。それを受けても雅人は、
「本人にも至らない所は確かにあります。しかし、それでも責任者の貴方がスタッフを見放しては(見捨てては)いけない」と切に伝えた。

俺は兄貴が怒る姿を見た事がない。
そんな兄貴の側にいた沙月さんは「まったく……家族のことになると、困った人よね」と優しく笑った。
それを聞いて俺は泣きそうになった。
普段は菩薩のような人だ。そんな兄貴がこんな俺の為に怒ってくれたこと、最後まで信じて守ってくれた事が、何より嬉しかった。

あと、
どうしてあの日、あの時兄貴が大河を連れて俺に会いに来たのかが、鈍感な俺でも、なんとなくだけど……分かったからだ。

#創作大賞2023  

#お仕事小説部門

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