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夢幻鉄道~if~

つまらない毎日、疲れる事ばかり、もういつ死んでもいいかな…自分はいつ死ぬんだろう?そう思っていた。
そんなある日、僕は不思議な体験をした。
今思い返してみると、色んなことが納得できる。

あの体験があったから、僕は今ここにいる。

「夢幻鉄道」

僕が小学3年生の時に母親が入院して、小学5年生の時に他界した。
癌だった。

正確な時期は忘れてしまったが亡くなる少し前に、母親が一度退院した事があった。
「お母さんが今大変だから、騒がず静かにしていなさい」と、父親に言われて、僕は静かにしていた。
遊びたいのに…僕はイライラしていた。
暫くして父親は「お母さんが今、寝たよ」と教えてくれた。
僕が「やった!これで騒げる!」と言った途端に、父親が「馬鹿野郎!なんて事を言うんだ!」と物凄い剣幕で怒られ僕は泣いた。

今なら分かる。

あの退院は、もう助からなくて死期が近づいた母親が、家族と過ごせる最後の時間だった。
そんな母親が、激しい痛みに耐えながら、薬の力でやっと眠りに着いたところだったのだ。
子供というものは、素直さ故に時に残酷な事を言ったりする。
勿論、悪気は無いのだが。

それから数週間後に母親が他界した。

自宅に耳や鼻などに綿を詰められた母親が帰ってきた。
僕は人間の死体を初めて見たし、始めはそれが死体とは分からなかった。
そもそも、死体という概念があったのかもわからない。
"母親が自宅に帰ってきた"そういう認識しかなかった。

数時間後に親戚の叔父さんや叔母さん、他に知らない大人たちが来て、お坊さんも来た。
父親を含む大人たちが話をしていたが、僕には何を話していたのかはわからない。
お坊さんがお経を唱え始めた。
しくしくと大人たちが泣き始める。
あぁ、そうか。お母さんは死んだんだ。
僕は初めて現実を理解した。
涙が頬を伝い、僕は泣き崩れた。

人の死を数多く見てきた。

そのうちあまり悲しくなくなり、涙も出なくなった。
生きているものは必ず死ぬ。
不老不死は現代ではまだ存在しない。
結局のところ、先に死ぬか、後に死ぬか。
ただそれだけだの事だ。
僕はそう思っていた。

仕事仕事の毎日で自分の時間もない。
朝早くから働き始め、夜遅く帰り泥のように眠る。
その繰り返しだった。
父親や親戚とも、すっかり疎遠になり完全に一人で生きていた。
そんなある日、電話がかかってきた。

知らない番号。
僕は「面倒くさいな」と思い始めは出なかったが、鳴り止まない電話に、妙な胸騒ぎがして出る事にした。
父親が亡くなったとう電話だった。
母親が他界して10年後。
癌だった。

仕事が忙しい。

僕のいつもの言い訳だ。
父親が他界して1年が経っていたが、例の電話の後、墓参りにも行っていない。
親不孝、そんな言葉では表せないくらい人間のクズ。

父親と母親の墓は埼玉県の草加市にある。
急に仕事が落ち着き時間が出来た。
僕は何故か墓参りに向かっていた。

父親は既に母親と同じ墓の中にいる。
合わせる顔もない。
何故、僕はここへ来たんだろう…。

墓の前に立ち、手を合わせた。
思いついた事は二つあったが、敢えて思わないようにした。
思ったところで、今更どうにもならない事だからだ。

風が吹いた。
誰かに見られている?
そんな気がして辺りを見回した。
少し離れた所に大きな木が立っている。
その根元に車掌の様な人影が見えた。
一瞬そう見えた気がしたが誰もいない。
気のせいか…疲れている、そう思った。

「帰ろう…」
僕は、ひとりごとを言いながら、あれ?と思った。
辺りが暗い…というか、これは夜だ。
そんな馬鹿な、そう思いながら墓地の入口まで走った。
墓地の前に薄暗い街灯に照らされた細い道がある。
その道に出た瞬間に足元の何かに躓いて転びそうになった。
線路がそこにある。
え?僕は胸騒ぎに似た変な感覚に捕らわれた。


「何か変だ…」
そう呟いた瞬間、列車が走ってきて僕は反射的に後方に下がり、墓地の入口に立った。
列車は僕の前で停り、プシューという音と共に僕の目の前の扉が開いた。
変だと思いながらも、足が勝手に動いて列車に乗り込んだ。
列車内には誰もいない、静寂だけがそこにあった。
僕は溜息をつきながら座った。
自分でもよく分からないが、こんな非日常が起きても意外と冷静でいられるのだ。
感覚が麻痺しているのだろう。
何なら別に死んでもいいとさえ思っていた。
俗に言う変人の類いかもしれない。

列車は走り出したが、僕は疲れからすぐに寝てしまった。
地中深くに潜ってしまうくらい身体が重い。

どのくらいの時間乗っていたんだろう?
僕は、心地よく揺られている事に気がついて目が覚めた。
キキィーーー、プシァーー。
列車が停まった。
「終点水戻駅、水戻駅」
僕は窓の外を見たが曇っていて、何も見えない。
恐る恐る列車を降りた。

パシャン。
「水?」と、同時に視界がいつもより低いと思った。
街などは見当たらない、そこは辺り一面に水が敷かれている空間。
自分が知っている"駅前"とはまったく違う。
地面が水、その水に青空が綺麗に映っている。
「ここは…。」僕はその水に触ってみた。
冷たい水。
「!?」僕は自分の手を見て驚いた。子供の手?

パシャン。
少し離れた場所から水の音が聞こえた。
ゆっくりと顔を上げた僕の目に映ったものは、幼い日の記憶に残っている父親と母親。
あぁ、これは僕の夢?
現実ではないことくらいはわかるが、状況がまったく理解できなかった。
ただ経験上、僕は自分の夢の中に迷い込んだものとした。
走馬燈の様に過去の記憶が猛スピードで頭の中を駆け巡る。
確実に「死」に近ずいているように思える。

パシャン。
幼い日の記憶に残っている父親と母親は、笑って手を伸ばし、僕を自分たちの側へ招いているように見えた。
そうか、連れて行ってくれるんだ、一緒に。
僕は両親に歩み寄りながらそう思った。
目の前に他界した父親と母親が立っている。
僕の口から、先程墓の前でやめた思いが言葉になって出た。
「お母さん、あの時は酷いことを言ってしまって…ごめんなさい」
僕の声は子供の時の声になっていた。
母親は笑っているだけだ。
「お父さん、死に目に会えなくてごめんなさい」父親は首を横に振る。
母親が口を開いた。
「私達はお前が何をしたとしても許すよ、だって親なんだから」
父親が「お前は自分の道を行けばいいんだよ、しかし大きくなったなぁ」と、嬉しそうに言った。
「え?」僕はわからなくなった。
「一緒に連れて行ってくれるんじゃないの?」
はっ!?僕の声は大人に戻っていた。
「馬鹿を言うな!お前はまだ死んでいないだろ」
父親は少し悲しそうな顔をした。

パシャン、パシャン。
遠くで水の跳ねる音がした。
「あっ!そ、空が…」
すっかり暗くなり始めた空の一部が、まるで完成されたパズルが、ワンピースずつ剥がれるように水へ落ち始めた。
「時間だ」
「時間ね」
両親は声を揃えて言った。
「もう行った方がいい」父親が言った。
「え?何のためにここへ呼んだの?」
僕はたった今出来た最大の疑問を聞いてた。
「呼んだ?」父親は微笑みながら言った。
「呼んだんじゃない、お前が来たんだよ」
それを聞いた時、僕の頬を何かが伝っている。
涙?

そうか、僕は今日までずっと後悔していたんだ。
決して晴れることの無い両親への懺悔。
謝らせてもらえるチャンスを誰かがくれた。
僕は号泣しながら乗って来た列車に向かった。
乗車する瞬間に振り返ると、まだ両親は立っていた。
空は崩れる事を止めない。

「ありがとう!!」

僕は生まれて初めて全力で叫んだ、たとえこれで声が出なくなってもいい、思いっきり叫んだ。
両親は笑顔で手を振っている。

僕はこの笑顔を脳裏に焼き付けた。

列車に乗り込む。
もう振り返らない、前を向く。
プシューー、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴゴゴゴ…
列車が走り出し僕は座った。

さっきまで号泣していたのに、今は清々しい気分だ。
目を閉じれば笑顔の両親にすぐに会える。
絶対に忘れない。

「ありがとう」

僕は今、精一杯生きています。

ー終ー

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