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【心霊体験】女の幽霊が訴えたいこと

私が子供の頃に住んでいた家は田舎の古くてボロい一軒家だった。
少しでも風が吹きつけると天井の埃がポロポロ零れ落ちてくるせいで、そこに住んでいることに嫌気が指すくらいだ。
田舎ということで周囲には店もなければ街灯も少ない時代だったことで、夜になるとあまりの静けさに不安を覚えることもあった。

古い家ということもあって、色々な曰く付きの話はあったようだ。
数十年前に住人だった若い女性が火事で焼死してからは、何度か住人が入れ替わることはあったものの、以前住んでいた人が離れてからは隣町の人が管理しており、たまに様子を見に来るくらいで長らく放置されていた。

そのような事情があるせいか、寂しい雰囲気のようなものが漂っていた。

私の家族はそこそこ不思議な体験をすることが多く、父は予知夢を見ることがあったり、母は霊の気配を感知することがあった。
私も兄もそれなりに奇妙な出来事に遭遇してきたが、特に兄は私以上に奇妙な出来事を多く経験してきたようだった。

その中のひとつを今から紹介したい。

まだ兄が小学校中学年の頃の話だ。
田舎の平屋ということもあって子供部屋なんて与えられることはなく、狭い部屋の中に勉強デスクが並べて置かれているくらいの密集して物で溢れかえっているような空間で私達兄弟は勉強をしたり遊んだりしていた。

特に兄は元気いっぱいで時々怪我をするほど動き回る子供だったこともあって、近所の人達からは「元気な子供達に囲まれて羨ましいわ」とまずまずの評判だった。
数十年ほとんど管理されることがなかった古い家に活気が溢れてきたことで、周辺の住人達も古い一軒家も段々明るくなっていくだろうと期待はしていたようだった。

引っ越しをしてから数年ほどが経ったある日のこと。
朝から兄がギャーギャーとうるさく騒いでいた。
尋常ではない雰囲気を醸し出しているが、一体何が起きたのだろう。

両親は眉をひそめて兄をなだめるだけだった。
私は何が起きているのか理解出来ずにポカーンとしていた。
兄がどんなに何を主張しても両親は気のせいだとか夢を見ていたせいだと言っては兄を大人しくさせようとしていたが、兄も一向に引き下がらない。

「本当だよっ、本当に出たんだよっ!!」と必死に語ろうとする兄。

「何を言ってるんだ、夢を見ていただけだろう」と父は話を遮ろうとしていた。

しばらく父と兄の問答が続いたが、結局は登校の時間が迫ってきたことで兄はブスっと不機嫌そうな表情をしたまま家を出ていった。
集団登校中の兄の機嫌はあまりよろしくなかったが、周囲の友達は朝から兄弟喧嘩でもしたのかと思っていたようだった。

実際は喧嘩をしていたわけではないのだけれど、私も何が起きていたのか理解できていなかったことで、近所の子供達から「何かあったの?」と尋ねられても「さぁ…」としか返事が出来なかった。

学校に到着して授業を受けている間に朝起きた出来事はすっかり記憶から抜け落ちていった。
兄は帰宅後もむっとしていたようだったが、両親は気にも留めていないようだった。

あの出来事があってから何か月も経ったのだが、あれからも父と兄の問答は何度かあったようだ。
兄は時々私の方を見ては「〇〇(私の名前)があの時に△△だったんだ!」というような感じで何かを必死に訴えかけており、私もその出来事に何か関わりがあるようなのだが、父は絶対に兄の言い分を受け入れることがなかった。
その度に私は理解が追い付かずに頭にクエスチョンマークがついていた。

だが、ある時に何があったのか母から真相を聞かされることになる。
兄が私の名前を何度も出したことで、私も自分が何に巻き込まれているのかは実は気になっていた。

「数か月前にお兄ちゃんがギャーギャー言ってたことは覚えているか?」と母は淡々と語り出した。

「何か言ってたけど、あれは何があったの?」と薄々異変を感じ取っていた私は興味津々で話を聞くことに。

・・・時は数か月前の夜中に遡る。

狭苦しい和室に家族全員で寝ていた時のことだった。
ふと、兄は目が覚めた。
田舎のじと~っとした湿気と重苦しい空気に何だか嫌な予感しかしない。

すると、眠っていた私が急に喋り出したではないか!
目を閉じたままの私がぶつぶつぶつぶつと何かを喋っているので、兄は思わず返事をしてしまった。
すると、兄の声に反応したかのように、また私はぶつぶつと何かを喋り出す。

私の言葉ははっきりとしたものではなかったので、何度か聞き返してもやはりはっきりとした言葉を言うことはなかった。
ただ、会話のようなものが成立していたことで、兄は奇妙で怖いと感じてしまったそうだ。
私の話した言葉がどんなものだったのかは兄も分からなかったそうだが、とてもじゃないが小学校低学年が喋るような内容ではなかったらしい。

それで、兄は私に霊が憑依して話しているのではないか?と疑いの目を向けるようになった。
数分ほど兄と眠っている私の奇妙な会話が続き、とうとう兄は精神的に限界が来てしまい、寝ていた両親を起こしてしまったのだった。
何があったのか一部始終を語ったのだが、両親は兄が寝ぼけていただけだろうと信じてくれなかったとのことだった。

当の私はすやすやと眠りについたままであった。

兄から「話をしたことは覚えているか?」と聞かれたが、私は全く記憶にもなければ関係あるような夢を見たこともなかった。
結局は兄が疲れていたことで変な夢を見てしまったという結論に至ってしまった。
兄はかなり不満だったが、証明することが難しいために諦めるしかなかったようだ。

一見すると問題が解決したかのように思えたが、また異変が起きてしまった。

夜中に寝ていた兄はふと目が覚めた。
体が動かない、金縛りにかかったようだ。
何とか体を動かそうと試みるものの、どうしても動いてくれない。

直後に何者かがガシっと片足を掴んできたではないか!
怖くなった兄は声を出そうとしたが、口も硬直していたのか声が出なかった。

恐る恐る足を掴んでいる者が誰かを確認してみる。
そこに居たのは白装束を纏った20代前半の若い女の幽霊だ!

背景がうっすら見える半透明の姿で存在していた。
ニヤリと薄ら笑いを浮かべた女の幽霊は兄の足を引っ張って無理矢理布団から引き摺り出そうとしてきた。

ぐいっと引っ張る力はとても強かった。
金縛りにかかっていたせいもあったが、幽霊の引き摺る力に抗うことは叶わなかった。
幽霊はゆっくりと兄をどこかへ引っ張って行く。

和室を出てピアノが置かれている場所へずる…ずる…と兄を引き摺っていく。
恐怖と混乱で兄はどうしていいのか分からない。
幽霊は兄をどこへ連れていこうとするのか。

ずる…ずる…ずる…体と畳の擦れる痛みは感じることはなかった。
そんなことより幽霊にどこかに連れて行かれる方が怖いからだ。

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!
開放してくれ!!
なんでこんな思いしなければならないんだ!!

自身の身に起きていることを受け入れられない兄の心は恐怖で支配されていた。
生きた心地はしなかった。
得体の知れない存在に捕まってしまったこととあちら側の世界に連れて行かれたらどうしよう、頭の中はぐちゃぐちゃになっていた。

ずる…ずる…ずる…体感時間はとても長いものだった。

そろそろピアノが見えてくる場所まで連れてこられた時、兄は心の中で大声を上げた。
すっと兄の意識はここで途絶えてしまった。
次に目覚めた時には朝を迎えており、いつもの和室の布団の中に居たそうだ。

幽霊に掴まれた足や引き摺られた体を確認しても、その痕跡は遺されていなかった。
そのために幽霊に足を引っ張られたと主張しても誰も信じてくれなかった。
兄はあれだけ怖い思いをしたというのに、信じてもらえなかったことが相当悔しかったと言っていた。

その後も度々夜中に目が覚めては女の幽霊に足を掴まれてピアノのある場所まで引き摺られる体験をしたそうだ。
何度も同じ女の幽霊に同じ場所まで連れて行かれる、幽霊との会話は不可能だったことで幽霊の目的が一体何なのかが分からない。

何度も兄から幽霊の話を聞かされた両親はただ困惑するばかりだった。
体に痕跡が残っていれば信じることも調べることも出来たかもしれないが、それがなかったことで悪夢を見ていたようにしか思えない。
一時期兄も寝るのが嫌な時期もあったようで、機嫌の悪い日も多かったような気がする。

それから何か月も経ったある夜にまた異変が起きる。
今度は兄ではなくて私と両親の身に起きてしまった。

何事もなく眠っていた私は夜中にむくっと起きて急にわーーーーと大声を発した。
その声で目が覚めた両親は私の異変に戸惑った。
私はずっと大声を出しながらピアノが置いてある部屋まで一目散に走って行き、ピアノの前にうずくまって急に泣き出したのだ。

「うわあああーーーー、置いて行かないでーーーーー」

「うわあああーーーー、お母さんお母さんお母さんーーーーー」

びっくりした母は私の背中をさすりながら「ここに居るよ」と声をかけたのだが、私の泣き声は収まることがない。
どう考えても寝ぼけているようには見えなかったが、母が何度か私に声をかけたことで、急にピタっと泣き止んだ。
きょとんとした表情をしており、そのまま私を連れて和室の布団で寝かせたのだという。

次の日の朝になって両親から昨晩の出来事について聞かれたが、私は一切何も覚えていなかった。
夢すら見ていなかった。

大声を出したことも、泣き叫んだことも、再び母に連れられて眠りについたことも。
兄も私の異変を目の当たりにしていたのだが、やはり小学校低学年とは思えないような言動だったそうだ。

あの田舎の古い一軒家に居座っているものとは一体何者だろう。
数十年前に火事で焼け死んだ若い女性の霊が家族が仲良くしている姿を見て羨ましくなったのではないか?
どう考えても原因はそれしか思い浮かばない。

火事に巻き込まれて焼け死んだ若い女性の幽霊の話は一家が引っ越しをしてきた直後に父が近所の老人から聞いたそうだ。
その時の父は老人の話を話半分程度にしか信じていなかった。
だが、ここまで家族に異変が起きては信じるしかない。

父は私達には内緒で霊能者だった祖父を家に呼び寄せてこっそりと浄霊を行い、その後は若い女性の幽霊にまつわる心霊現象に遭遇することはなくなっていった。
除霊の際に火事で焼け死んだ若い女性の幽霊の無念な思い、家族の幸せそうな姿が羨ましかったこと、霊障を受けやすい私の体質を利用して私の中に入ったこと、火事に遭遇して逃げようとして叫び回ったことや逃げ遅れて家族に助けを求めたことが視えたようだった。

特に兄の足を引っ張った理由については、元気に走り回る姿が霊の目線では目立つ存在であり、自分のことを知って欲しいという強い思いを向けやすかったのだろう。

苦しみながら死んでいった若い女の幽霊はずっとあの家に縛られ続けて苦しんでいた。
苦しみからも解放してくれる人が出てくることを待ち望んでいたはずだ。
私達にとっては災難だったが、幽霊にとっては霊能者に浄霊してもらったことで救われた。

だが、ひとつだけ疑問が残る。
あの家のことを父に紹介したのは他ならぬ、霊能者だった祖父だそうだ。
幽霊の存在を知った上での話だったとしたら…考えるのは辞めておこう。

父も「祖父(おやじ)は時々何を考えて動いているのか分からない時がある」と言っていたことがあった。
霊能者の考えは一般人には分からないことだらけなのかも…しれない。

女の幽霊は成仏した後に人間に転生出来ただろうか?
今度こそ家族に囲まれて常に笑顔を絶やすことなく幸せに暮らしていることを願うばかりだ。