見出し画像

福島県の旅③

福島県の旅3日目。本日の予定、会津武家屋敷、飯盛山、白虎隊記念館、滝沢本陣、日新館、そして新潟県に移動する間に温泉に浸かること。自前の旅行計画表には阿弥陀寺、天寧寺や御薬園も入っていたが、優先順位は下げてある。開館前に会津武家屋敷の駐車場に到着した。ここまで、どちらでも駐車料金が掛かっていないのは有難い。

会津武家屋敷駐車場

会津武家屋敷

入館料は750円(JAF割引後)。
会津武家屋敷はかつて鶴ヶ城内にあった会津藩家老「西郷頼母」の邸宅を中心に、移設された陣屋や茶室、精米所や資料館等から成る歴史をテーマとする野外博物館である。西郷頼母と言えば、会津藩悲劇のエピソードのひとつとして、妻・千重子をはじめとする一族の婦女子の自刃が知られている。その場面も会津武家屋敷の中で再現されている。

”なよたけの風にまかする身ながらもたわまぬ節はありとこそきけ”

どういう理由か山川(大山)捨松の着飾った(でも風呂上がりのような…)蝋人形があったが、理由を知りたい。山川浩、健次郎の妹ということも、大山巌夫人ということも知っている。

大山捨松さんは好きです
藩米精米所
精米所の壁を背景にかつてカレンダーの撮影をした俳優さん
旧中畑陣屋

江戸時代の代官所を移築復元した「旧中畑陣屋」も見応えがあった。茅葺の屋根と、いくつかの建物が合体したような作りは興味深い。旗本、松平軍次郎の代官所。移築復元した建物で福島県の重要文化財に指定されている。

鶴ヶ城展望処
iPhoneを10倍で撮影、肉眼ではかなり遠い

会津武家屋敷では伝統民芸品の「赤ベコ」や「起上り小法師」の絵付け、「弓矢体験」などが楽しめるようだ。最後に併設の土産物店で少しばかりの買い物をした。

飯盛山と白虎隊

飯盛山は白虎隊が鶴ヶ城が落城したと早合点し、十九人の隊士が自刃した山。道路沿いに「無料駐車場」と書いた看板を幾つも見かけたが、飯盛山の駐車場らしき場所が見当たらない。思い切って一番近そうな「無料駐車場」に侵入すると、すかさずオジサンが出てきた。聞けば駐車場は無料だが、参道にある土産物屋で買い物をしてほしいとのこと。買い物の金額に設定は無いようだ。言われた通りの場所に車を停めて、言われたように土産屋の裏手から飯盛山に向かった。

*飯盛山観光案内所に市営駐車場がありました。無料だと思いますが要確認。

目の前に急な階段が現れたが横に「エスカレーター乗り場」がある。暑さに負け、「動く坂道」という名のエスカレーターをチョイスした。料金は250円。しかしこのエスカレーターは動く歩道であって階段状にはなっていない。水平移動ならば問題はないが、きつい傾斜を上がるため踏ん張らないと立っていられない。脹脛にストレスがかかるエスカレーターであった。

動く坂道

動く坂道を下りてから短い階段を上ると、目の前に広場が現れた。正面に白虎隊十九士の墓。。観光の場でもあるが、「ここは一般の墓地なので飲食禁止」のアナウンスが響く。

白虎隊十九士の墓

十九士の墓前でお参りして、右手に進む。林道のような心地よい道、その先の階段を下りた場所に自刃の地がある。隊士の石像は鶴ヶ城(会津若松城)をのぞんでいるようだが、あまりにもこの石像の隊士は幼い。白虎隊の生き残り「飯沼貞吉」によって悲劇が伝えられたが、昭和まで生きた貞吉(後に貞雄)の遺骨の一部も、この近くに手厚く葬られている。

鶴ヶ城を望む隊士の像
鶴ヶ城はどこに…

広場の片隅に岐阜郡上藩の江戸在住の脱藩士を中心として組織され、会津藩と共に旧幕府側に立って新政府軍と戦った「凌霜隊」の碑もあった。「さざえ堂」はうっかりスルー、「白虎隊記念館」はなんと休館日であった。おかげでまた訪れる口実ができた(笑)。

休館日なので人けがない
うむ。

飯盛山では何とも説明できない感情・感覚を持った。非業の地という類似点しかないが、かつて沖縄の「ひめゆりの塔」を訪れた際と似ている。あくまでも個人的な感覚だが。

言われた通り、帰りに土産屋に立ち寄った。小腹が空いていたが食事はなかったのでアイスココーヒー(350円)を頂いた。動く坂道と合わせて駐車場に600円かかったと思えば安いもの。


福島県の旅④に続きます

旅行日:2024年8月12日


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?