犬も歩けば棒に当たるらしいけど、棒って何の棒かな。杖とかそういう“棒”って感じのものかな~とか思うけど、やっぱり散歩道を想定すると棒っぽいのは電柱だろう。棒じゃなくて柱だけども。

圧倒的猫派だけど犬も舐めてこなければ好きなので、たまに猫に首輪をつけて犬の散歩の真似事をする。無論猫は嫌がる。100mで断念する。
断念したけど散歩はしたくて、猫だけ家に帰らせて私は海に行く。うちの猫は優秀なのでちゃんと放っても帰れる。

私の家から約200m先にある海はサーフスポットで、夕暮れ時はたまにサーファーがいる。私はサーフィンはしないので海を眺めるだけ。

凪ぎていく海辺は夕焼けを失って、紫っぽいピンクと群青。

周りに誰も居ないから音楽をイヤホン無しで聴く。誰もいない防波堤に腰掛けてフリッパーズ・ギターを流しながら、遠くの砂浜を走る黒い犬の影を見ていた。

昔半年だけ預かってた犬が死んだらしい。

朝っぱらから顔を舐めて来たり、人の家の鶏を喰い殺して持ってきたり、猫を追い回して1週間帰ってこなかったり、厄介な犬だなと思っていたけど私によく懐いていた。
飼い主がアメリカから帰ってきて、その犬のヘルニアの手術をした。後ろ足を引きずりながら何度も脱走して、玄関の前で深夜にわんわん吠えていた。名前はあるけど、なんとなくずっと犬と呼んでいた。

人間よりいい餌を食べている犬。脱走をよくする犬。朝の目覚めを不快にさせる犬。鶏を喰い殺して鶏代を弁償させたことのある犬。猫が好きだけど逃げられまくる犬。トト(お父さん)という名前をつけられた犬。

飼い主はお金持ちだから、ペット葬みたいなのをしたらしい。

私より長い間生きてる犬。そら死ぬよね、オーバー20歳のおじいちゃんだもんね。いいと思うよ、老衰。安らかになんて出来ないだろう犬。

砂浜を走っていく黒い犬の影が見えなくなって、もう夜が私の顔を舐めている。

不快だな。私の心を踏み荒らして不快だよ、犬のくせに。

防波堤を飛び降りて薄暗い坂道を登る。家の前で猫が待っている。餌をくれると思ってたらしく、何も持ってない私から顔を背けた。

無愛想な猫を抱えて、私は夜から逃げる。不快だからね、うん。