外側の視点から 裏世界ピクニック7巻感想
読みました。ターニングポイントとなる巻であり、キャラごとのストーリーも重層的に進むようになってきて円熟を感じます。
関係性について
・空魚自身が指摘しているように、冴月との関係の清算という流れでやや急ぎ足にまとめている部分はありましたが、そんな中でも各キャラのらしさは健在。
・「約束」に関する空魚と汀さんの考察とか、小桜さんの「偶像を崇拝してたから偶像に騙されたんだ」発言とか、本筋にはかかわらないかもしれないけど、こういうスパイスがあると嬉しい。
・怪談小説内で怪談についてのメタ語りがあると嬉しいように、関係性小説内で関係性についてのメタ語りがあると嬉しいというか。
・近年の実話怪談や擬似実話怪談界隈、作者や編纂者自身のメタ的な怪談「観」自体が作品の一部になるようなものが多いですが、本作で出てくるのはあくまで空魚自身の怪談観。それがキャラ描写の一部にもなっているというのが上手い。
・怪談の中での、非常識な世界(怪異)の解釈やガワという奴は、実際はその語り手の常識を反映している、という作中の分析を作品自体にも仕込んでる、というか。
・これまでで一番冴月への執着をにじませた小桜さん、裏の主人公とも言える。
・SFマガジン書き下ろしイラストの表情も含めて、大人なんだなあと再確認。
・バックボーンの断片情報が増えたりコミカルな面も見えたりした潤巳るな、裏の主人公とも言える(2回目)。
・空魚がやっと関心持ってくれたので、今後描写も増えるかもしれない。
・「戦国時代の人かなんかですか?」がお気に入り。
答え合わせについて
・これまでの描写に対する「答え合わせ」っぽい要素が多かったのも折り返しを感じますね。
・冴月の「あなたも一緒に、お山に連れて行きましょうね」という言葉はおそらく、コトリバコの中で空魚が聞いた言葉の完全版。「かならずいきますから」もそれに関連する言葉だったと。
・「つのがはえたかお」にまで解釈があったのはちょっと驚きでしたけど。
・「かならずいきますから」の辺りは赤い人関連の異言と思ってたけど、冴月と赤い人には何か関連があるのかな。
・左手を通して冴月を感じた鳥子の感想が改めて語られたのも、納得がありました。
・答え合わせとはちょっと違うけど、誕生日とかの作品外で明かされた情報も積極的に取り込んでる印象。鳥子が肉好きというのも地味に反映されてる。
・珍しく空魚は気付いていなかったようですが、ドアスコープを覗く場面は1巻の裏表ですね。1巻で空魚がドアスコープ越しに見たのは自分の青い目だったという。
・1巻で言及されているように、覗き穴の先に異常な光景を見るのは怪談のある種の定番ですが、中でも「赤い部屋」との類似を見出す言説は以前からありました。「赤い部屋」では覗き穴の先に赤い目をした人がいた、というのがオチですが、それを青に置き換えたのがこの場面なのではないかと。まあ、今巻で「反対側」に立った空魚が見たのは全然別の光景だったので、因果が閉じたとかそういう話でもなさそうですが。
余談
・微妙に話は変わりますが、今巻を読んだ後、「マイナスドライバー」の怪談を読み返しました。語り手が銭湯のボイラー室の鍵穴を覗いて奇妙な体験をする、という話ですが、この怪談も「反対の視点」からの体験談があるんですね。(ただボイラー室で手伝いをしていただけの人間が語り手で、鍵穴を覗く目にビビるという、オチがわかるとややコミカルな内容)
・「マイナスドライバー」については、後日談としてそれらしいオチがつくものもありますが、個人的にはこっちはやや無粋な感じがします。
・さらに余談、「マイナスドライバー」で一般的に出回っているコピペは2000年の書き込み。「後日談」は2002年のもの。「知られていないが後日談がある」、という触れ込みまで含めてコピペ化しており、つまりそういう名目の創作である可能性が高い。「反対の視点」は2004年のもの。先に述べたようにややコミカルな「オチ」でありこれもやはり創作でしょう。
・「くねくね」がそうであったように、ある解釈しきれない体験談に別の体験談が組み合わさることで説得力が出てしまう、というのは美味しくはあるんですけどね。
怪異について
・本作、初期の怪異は複数の怪談のマッシュアップっぽい側面があり、「牛の首」もきさらぎ駅の電車に組み込まれていたのかと思っていましたが、そういうわけでもなかったみたいですね。
・空気を変えて勝つ、という分析も含めて、メタ怪談にスポットが当たって行ってる感じでしょうか。
・「牛の首」と並んで、ここでこれか!というインパクトがあった「こっくりさん」。ネットロアよりはやや先輩にはなるけど、実話怪談ジャンルではおなじみの要素なので出てくると妙な安心感すらありますね。
冴月について
・現在の冴月はお山に取り込まれた存在ということで一応の決着
・とはいえ、人間の頃からブルドーザーだったというのは、それはそれで随分人間離れしているような。
・冴月が他人を利用することに躊躇がなかった、それを小桜さんにも確信されていたというのは新情報。いや、茜理の件とかはやはりそう解釈することになるんだろうとは感じていましたが。
空魚の変化について
・今回周囲のことに気を使いすぎて「もういい!」みたいにキレてるモノローグが多かったけど、逆説的に色々変わろうとしている過程って感じで微笑ましかったです。他人同士の人間関係を慮ったり、他人に責任を感じたり。
・引かれそうな言動もだんだん自分で判断できるようになってきてる。
・るなへの同情とか鳥子への感情移入に動揺する空魚。感情覚えたてのロボットが「これが、ナミダ?」って言うやつみたいになってる。
まとめと今後
・空魚が冴月に向けて放った「全部まとめて面倒見てあげる」という言葉。口撃とも言えますが、一方で果たせなかった役目を継ぐというようにも受け取れて、やっぱりこれが儀式としては決め手になったんでしょうね。
・展開予想の一環として、空魚と冴月の類似点に設定上の何かを求める説もありましたが、今考えるともっと抽象的な類似の比喩だったのかもしれませんね。今回でそれに決別したという。
・一方で決着のついてない要素として気になるのは、最近活躍の増えているドッペルくん。霞の登場に関わってた件も含めて、まだまだ謎がありそう。
・俯瞰してみると、怪談のメタ語り要素が増えているのは空魚自身が自分をメタに見るようになってきていることと重ねているのかなー、と。今後はそういう要素が増えていきそう。