辺境のオーバー・ザ・サン偏狭感想日記 Ep.1
2020.10.09
2回目だけど1回目!
int[] num = new int[2]; //回数について
num[0] = 0;
num[1] = 1;
System.out.println(num[0]); //Ep.0
System.out.println(num[1]); //Ep.1
省略して書いてしまいましたが、初期OVER THE SUNのナンバリングは配列ということですね!!(?)
プログラミングを勉強するまで馴染めなかった考え方でした…
(0が1番目で、1が2番目…)
後に是正されるということで、この奇妙なズレを楽しめるのもあと少し。
トークはチキチキマシン猛レースよろしくワイルドに機知に富み、スーさんがマニキュアで左手で右手を塗るような感じという例え方をされていたのが印象的でした。
トーク番組であることから作家さんが描く道程があるかと存じますが、御二方自身が振り切ってアクセル全開で走り去ってしまう程にノリ合える・乗せ合える会話のコース作りの巧みさに聞き惚れてしまいます。
────
これは高橋優さんとの『秋田県人しか出ない』にも見られましたね。最&高。vol.7☞
vol.8☞
────
立ち止まることはない!
「鳥のフンを投げます」からの、電気ショックだけ与えて去っていったという”コミュニケーションはキャッチボール”という公式に変則をもたらすミカさんのリズムがめちゃくちゃ好きなんです…計算ではできない産物。
時代はパーシャル
何の話をしてたんだっけ問題
自分の話を聞いて!!じゃなくて、思いついた時すぐにやらないと忘れてしまう…!
私は雑談が苦手(自分の好きな分野でないと話題がなかなか思いつけない)から聞き手に回らせてもらうことがままあり、
この話題のこのタイミングで最適な言葉を差し込む、という瞬発力を伸ばすことを自ら苦手という隠れ蓑に逃れて怠っているのではと思うようになり、
忘れてしまうとは異なるベクトルでどうにかしたい点です…。
リスナーであるので即時のキャッチボールではないけど、何か話題があり、そこへ乗っかったり突っ込んだり滑ったりおちゃらけてみたり真面目になってみたり…選択パターンを身に付ける練習を、OVER THE SUNを教材として取り組むのもアリでは?
単語を拾い上げて回収し、オチも付けられるという流れに憧れてます。
御二人の出会い
ザ・トップ5のシーズン3 2013年から。
人は見た目が9割、メラビアンの法則(見た目、しぐさ、表情、視線)では視覚情報が印象への影響度の55%を占めるなど人間の脳は第一印象で自分にとっての相手の方の情報を構築する何かを決めてしまいがちで、
スーさんミカさんにもお互いの第一印象で抱いたぎこちなさがあったのですね…。お仕事での出会いから終生の友になられて、第一印象という関門を乗り越えてくださり本当にありがとうございます。(ナニ目線だ)
金持ちっぽい食器
美術館の企画展でたまにありますよね、歴史ある由緒正しき食器の展示。
ロイヤルコペンハーゲン、アラビア、イッタラ…北欧の食器の展示があると観に行ってしまいます。頭の中で「ていねいな暮らし」と結びつけつつ。
日本だと有田焼、古伊万里、波佐見焼、益子焼…。
負けへんで MAKEHENDE
OVER THE SUN初登場回では!?となんだか一人異様に興奮してしまいました。
踏まれたって、負けへんで。
家族は"原価"
料理をするとき、材料費、光熱費、調理をする人件費が発生している。
お風呂やトイレ、暗くなったら灯すライト、テレビの視聴、息抜きのゲーム機、手放せないスマホの充電、今座っている椅子や書き物をする机、身体を休めるための布団…変動費や固定費が発生するこれらすべてを「家族であるから」という理由だけで原価で費消できている。
住処から一歩でも外に出ればほとんどの場合原価で済ませられることはないだろう。
誰かの行為に対する対価となる部分がプラスで付加されているはずだ。
同じ族であるから義を尽くす。無償の愛という言葉の奥にあるコスト。
生活することで係るこれら数多の費用発生の要因を、今回のメッセージテーマに出会わなければ取り立てて顧みたりしなかったかもしれないと思うと心が冷えた。自分の考えの至らなさに。
家族はクローズドな集団ゆえ、何かしらのきっかけで危うさが露呈し、外部からの手が届かず脆くも瓦解してしまう可能性だってある。
悔やんでも悔やみきれない、どうしたってどうにもならない
なんてことにならないように…
真正面から向き合ってこなかった事柄を、意図せずに遠回りして避けていた出来事を、両手が擦りむけて血が滲んでも回収して、全員が幸せになれるように動かなければいけないのは自分でしかないのに、
いつまで自分から逃げるのか。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?