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本当の癒し
まだまだ年末の事故の記憶が戻らないジェニーです
考えたくないし、思い出したくないし、思い出せない
けれども、私はフラッシュバックが起こりやすく、
ふとした時に、恐怖の瞬間映像と体感がずーっとループしてしまう
それに、まだ通院中でもあるし、保険屋さんへの報告もあるし、
忘却の彼方に捨て去ることはまだできない
どうにか、
というか、どう考えても、
命が助かったってことは、生かされたってことだし、
なんなら三途の川からボーンって跳ね返されたっていうか、
やっぱりまだ死ぬ時じゃなかったんだ、とか、
まだやることがあるんんだ、とか、
前向きに捉え、むしろ、事故のおかげ様でと、
どんどん頭の中で良い理由を探し出す
感謝するポイントを見つけ出すこともできて
つくづく、
人って、生きているんじゃなくて、
生かされているんだと
自力で生きているって思うと、
凄いようでもあるし、偉いようでもあるし、
立派なようで、大層なようで、神々しいようだけれども
でも違う
本当は、虚栄と、空虚と、孤独と、厳格的体制の中
人生は辛い、男はつらい、女もつらい、子供もつらい、
生きるってつらい、人間ってつらい、地球ってつらい、
歳を取るたびにその想いは益々増してゆく
だから、自暴自棄になったり、
現実をちゃんと見ていなかったり、
酒に、ギャンブルに、欲望に溺れたり、
自分をないがしろにして、
ただ残りの命を消化して、消えてゆく
なんて悲しい
なんて切ない
なんて滑稽
本当はもっとつながっているのに、
誰1人家族がいなくても、友達がいなくても、
むしろ、ポツンと一軒家で住んでいる方が知っているのかもしれない
生かされているという実感を
今日、何も食べない人は、この地球で、現代で、そんなに多くはいないだろう
その食べ物に関わった人は何人いるだろう
自分が食べるために、汗水流し、辛さを乗り越え、働いてくれた人
その食べ物の素材は、誰が作ったのか、
野菜や果物、すべては人間じゃなく、自然が作っている
農家さんであろうとも、作れない
作るお手伝いはできても、
人間は太陽にはなれない、水にはなれない、土にはなれない
その太陽と、水と、土、その間を通る風だって、人間にはできない
台風や、大雪や、酷暑、旱魃や、雷や、地震、火事
たくさんの災害を経験した人間が、工夫を凝らし、
作物が安定して取れるよう、技術を駆使して、
農薬や化学肥料もLEDも品種改良もしてきた
その結果、さらに状態が悪くなった
確かに、見た目が綺麗で、安全に見える食べ物ができたかもしれない
より美味しく感じるために、甘さや、種無しにも挑戦し、
土がなくても育つ栽培法まで出てきた
どこまでも、自然からかけ離れていくその心とは
私には分からない
むしろ、心はどこかへ置き去りにしていないか?
確かに、私は虫は苦手だし、生えているまんまで食べられるほど、
豪快にもなれない
けれども、愛媛県の自然栽培の福岡正信さんが言ったように、
人間が要らないことをするたびに、農耕は難しくなると
つまり、
一見良さそうでも、
数十年、数百年を見据えた時、
果たして持続可能なのか
もう答えが出ているのに、やめない
やめられない
農家を継がない子供たち
継がせたくない親たち
もう答えが出ている
きつくて、つらくて、その割に儲からなくて
私は農薬や除草剤や殺虫剤のために、
病気になった農家さんの話を聞いたことがある
奇跡のリンゴの木村さんも、
奥様が農薬に過敏だったことで、
福岡正信さんの「自然栽培」をやってみようと思ったと言っていたし
どれだけの、農家さんが、そのご家族が、身を犠牲にしてきたのか
そう、一個でも自分で野菜を育てていたら分かるだろう
太陽の恵み、大地の恵み、海や山や川の恵み、
すべてが自然の秩序のもと、
小さな目に見えない生き物とつながって、
折り合いをつけながら、
生かし生かされている
そこにある人間は、
人間だけが特別ではなく
紛れもなく人間だって
自然の恩恵が無ければ、1日たりとも生きられない
そこに気づいた時、
ありがたさと、感謝に気づく
きっと、それだけで良いんだと思う
何かができなくても、
100点取れなくても、
認められなくても、
完璧じゃなくても、
思った以上にできなかったとしても
それでも、生かされている
「YOUは何しに日本へ」という番組で、
イギリス人の男性が、お祖父さんの命を救ってくれた日本人にお礼が言いたいと、
工藤俊作さんのお墓へ行くのだが、
工藤さんは帰還後、奥様と2人、静かに穏やかに過ごされたと
住職さんが語っていました
戦争の話は一切しなかった、と
工藤俊作さんだけではないだろうと私は感じました
はだしのゲンだけでも私には衝撃的で、
小学生以来読めていないけれど、いまだに記憶に残り、
戦闘機や、爆破や、悲鳴や、どよめく音までも聞こえてきそうなほどである
戦争の映画が大嫌いで、
極力観ないようにしているけれど、
それは、
自分を守るためだけであって、
決して、無かったことにしたいわけではない
「この世界の片隅で」の映画も
大好きなのんちゃんが声優だったこともあり、観てしまったけれど、
とても悲しくて、痛くて、長いこと引きづってしまった
でも、あの当時の、
あの時代にしかない喜びや、楽しさや、美しさや、愛や平和や、
かっこよさや、かけがえのないものがたくさんあって、
それが私は大好きで、
コントラストが強いからこそ、際立つのかもしれない
人間の良し悪し
話を戻すと、
工藤俊作さんのように、
戦争を、体験した地獄を、
語りたくない人は多いと思う
私の婆ちゃんは、何度となく話してくれた
東京に集団就職で行った時、
空襲警報が鳴って、防空壕に向かったけれど、
あろう事か入れてもらえなくて、
仕方なく陰になる場所で頭を隠して、縮こまっていたら、
入ろうと思っていた防空壕に爆弾が落ちて、
防空壕にいた人たちが亡くなってしまって、
自分が入っていたら死んでいた
って、
すげーよ、婆ちゃん
でも、相当なトラウマになっているはずで
孫だから話してくれたのかもしれないし、
もう話して良いかなってタイミングだったのかもしれないし
話せていないもっと壮絶な光景があってのかもしれない
恐怖過ぎる体験って、
話せば楽になるって、
内容と、タイミングと、話す相手とか、自分のコンディションとか、
自分の気質にもよるんだと思う
とにかく、
何が本当の癒しになるか、って
私は、
ご飯食べている時、急に、思い出して、
事故の時、ものすごい心拍数だっただろうなって、
バクバクの緊張と恐怖の中で、
震えながらも、自分で電話とかしなきゃなくて、
なんとか電話したりして、それからも、恐怖で、
家着いてからも、バクバクで
つまり、ずーっと心臓に負担がかかっていたということに気づいて
「心臓、ごめんね」って思った瞬間
ブワーーーーーーーって泣けてきて、
あああああああああ
こんなにも、怖かったんだって
あれから2週間経って、ようやく気づけて、
きっと、ずっとガチガチに心臓が固まっていて、
それが一気に緩まった感じがして
自分の身体に、ごめんねってして、
本当にその気持ちになれた時に、
自分の身体が許してくれたというか、
本心が聞けたというか、
こうして、生きていてくれることに心から感謝できたというか
生かされたんだな、と改めて実感したのです
もっとも、
これだけで全てが癒やされたわけではないのだろうけれど
自分の身体や、内側に目を向け、耳を澄まし、手を伸ばすこと、
手をかけることで、癒し、気づきにつながると思いました
これが、やろうと思ってもできなかったりするのですが、
あるとき、ふとできたりします
感覚が分かったりします
気長にレッツトライ♪
ではまたっ