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難民について子どもたちに伝えるー絵本『ブラディとトマ』に寄せて 訳者ふしみみさをさん・安田菜津紀さん

『ブラディとトマ ーふたりのおとこのこ ふたつの国 それぞれの目にうつるもの』が発売になりました!


子どもの目線でみえること


遠い国から家族とやってきたブラディと、むかえいれるトマと家族。ふたりの家族はいっしょにすむことになりました。言葉も通じず、おたがいのことがわからないふたり。はじめはけげんに思っていたふたりですが、少しずつ心を通わせていくお話です。

難民の家族の子ども、受け入れる側の家族の子ども、文章中にも背景などの説明はなく、それぞれの目に映るままに、フラットな立場で描いています。

この絵本の原書はベルギーで出版されたフランス語の絵本です。ヨーロッパの子どもたちにとって国や人種の違いはとても身近なことですが、この絵本では人と人がわかりあうために大切なことをきちんと描いています。


「たたかい」「ふね」
同じ言葉でも、思い描くのはまったく違った世界。目の前の相手のことをわかろうとする気持ちが大切、と伝えます。

翻訳をしてくださったのは、ふしみみさをさん。フランスと日本を行き来する生活を送るふしみさんにとっては、難民は身近な問題でもあり、日本の子どもたちのために本書を紹介してくださいました。絵本にも訳者からの言葉を載せていますが、今回、絵本には載せきれなかった思いを書き加えてくださいました。

また、フォトジャーナリストの安田菜津紀さんが文章を寄せてくださいました。難民について、子どもたちにわかりやすく解説してくださっています。

おふたりからの言葉をご紹介しますね!


訳者ふしみみさをさんの言葉


わたしはフランスで暮らすことがあり、その場合は「移民」になります。ふだんはほかのフランス人たちと同じように暮らしていますが、違うのは、三年に一度、必ず滞在許可書を更新しなくてはいけないこと。滞在許可書の申請には、ものすごくたくさんの書類が必要で、お金もかかります。ひとつでも書類が足りないと、受け付けてもらえません。必要な書類も、申請のたびに変わります。やっとのことで提出しても、申請が通るかどうかは毎回わかりません。じっさい、今も申請中なのですが、申し込んでから一年以上経ったにもかかわらず、役所から何のも音沙汰もないままです。
そのため移民や難民の問題は、私にとって他人事ではなく、まさに自分事。日本の入管局で起こっていることや、難民にならざるを得なかったさまざまな国の人たちのことを思うと、胸がぎゅっとなります。


十年以上前、フランスの移民局に申請に行った時、ひとりの黒人男性が担当官に「書類が足りないから、申請は受けつけられない」と言われているのを見ました。男性がたどたどしいフランス語で、「その書類は国に戻らないと、手に入らない。私は国には戻れない」と声を上げると、担当官は「では、受けつけられませんね」と無表情で突っぱねました。そのやりとりを聞き、なんともたまらない気持ちになりました。わたしは万が一、許可書がもらえなかったとしても、日本に戻ることができますし、家もあります。フランス語もある程度わかります。でも、この難民の男性には、そのどれもないのです。生まれた国、環境、時代は選べません。わたしがこの男性であっても、なんらおかしくないのです。彼のために何かしたいと強く思いましたが、国のシステムの前では個人はあまりに無力です。
この時のことは、今も鮮明に覚えています。それがこの『ブラディとトマ』を日本に紹介したいと思った、原動力のひとつです。


これから日本には、どんどん外国に出自を持つ人が増えていくでしょう。日本の難民を受け入れる数は、世界の先進諸国の中でもとびぬけて低く、そのことをきちんと見直さなくてはならない時期にも来ています(認定NPO法人「難民支援協会」によると、2016年の各国難民受け入れ数は、ドイツ26万3622人、フランス2万4007人、アメリカ2万437人、英国1万3554人など。日本は28人です)。生まれた国も、背景も経験もちがうブラディとトマは、「戦い」「船」など、同じ単語を聞いても、思い浮かべるものがまったく違います。でも、二人が自然と歩み寄り、いっしょに遊んだ後のページで、それぞれの頭の中で考えていることが、ページを越えて混じりあっています。わたしはこのページがとても好きです。

これからみなさんが作っていく未来は、きっとこんなようになるように祈っています。
 
伏見操
 
注:移民とは、仕事、家族、勉学などさまざまな理由で、外国に移住した人々を指しますが、その中でも紛争、迫害、災害など、避けがたい理由で外国への移住を強いられた人々を、難民と呼びます。

ふしみ みさを
埼玉県生まれ。上智大学仏文科卒業。フランスと日本を行き来し、海外の絵本や児童書の翻訳をしている。おもな作品に『うんちっち』(あすなろ書房)、『どうぶつにふくをきせてはいけません』(朔北社)、「せんをたどって」シリーズ(講談社)、『トトシュとキンギョとまほうのじゅもん』(クレヨンハウス)、『わたしがいじわるオオカミになった日』(パイインターナショナル)、『おやすみ おやすみ』(岩波書店)、「スキャリーおじさんのえほん」シリーズ『ヘビと船長 フランス・バスクのむかしばなし』『ソフィーのやさいばたけ』『ぼくの!わたしの!いや、おれの!』(いずれもBL出版)など多数。

2022.12.20 文章を一部修正して再掲しました。

安田菜津紀さんの言葉


ブラディとトマの物語、いかがでしたか?ブラディのように、命の危険から逃れるため、故郷を離れ、国境をこえて他の国に避難してきた人々のことを難民と呼びますが、この物語ではあえて、その言葉を出さず、一人の人間として向き合うところからはじまっています。
 
そこから二人は少しずつ、心の距離を縮めていきましたが、全く違う環境で生きてきた人々同士が、同じ屋根の下で暮らすことは簡単なことばかりではありません。「助けたい!」という気持ちがあって、避難してきた人を受け入れた家庭でも、生活習慣や文化の違いから互いのことが理解できず、難民の人たちがまた違う生活の場を探さなければならなくなってしまうこともあります。
 


トマ自身も最初、たくさんの疑問がわきます。「どうしてこんなにおいしい食事を食べないの?」「どうして地下室に住んでいるの?」ここに描かれていないだけで、他にも色んな「どうして?」がトマの中にあったかもしれません。言葉、服装、お祈りの仕方――そこでトマは、ブラディを遠ざけるのではなく、彼の声に耳を傾けました。大切なことです。
 
これまで知らなかった価値観に触れることは、びっくりすることや戸惑うこともあるかもしれません。そんな時こそ、その人がどんな生き方をしてきて、今どんなことを必要としていているのか、一度立ち止まって向き合ってみませんか?違いをなくすのではなく、違いは違いとして大切にしながら、同じ場を分かち合って生きるためのヒントが、ここにあるのではないでしょうか。

安田菜津紀
1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。


文/シャルロット・ベリエール Charlotte Bellière
ベルギーの児童文学作家。平凡な人びとの日常生活の中の物語を書く。
ブリュッセルで教師をしており、様々な国からやってくる学生たちにフランス語でベルギーの文化を伝える。

絵/フィリップ・ド・ケメテール Philippe de Kemmeter
1964年ベルギー・ブリュッセル生まれ。エコール75でグラフィックを、
その後ベルギー国立高等視覚芸術大学でグラフィックコミュニケーションを専攻。
在学中より、様々な分野で活躍する人々を描いた独特なポートレートを描いて注目され、広告デザイナー、イラストレーターとして活躍。児童書も手がけ、韓国やスペイン語、アラビア語などに翻訳されている。


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