19 水温む
酒蔵の娘十三 水温む
天水桶にはまった結界石の欠片のことをぼんやり考えていると、朝刊が届く音がする。何の気もなく眺めている視界に見出しが飛び込んできた。
「午後にかけ気圧が不安定、旧街道の辺りは竜巻に注意されたし」
この辺りに竜巻とは。結界石の障りに違いないのだが、まあ、竜巻とは。
忘れかけていた結界石に久々に気を向けた拍子に、この記事だ。最近はこのような意識の呼応が頻繁に起こる。
つまり、と、腹の中から声が聞こえる。
目高もうっかり龍に成ることがあるのだなあ。
兄さんか?そういう話なのか。
生死の境を超えたものの思考回路を借りると、現では見えない了見が見えてくるので面白い。
しばし声に聞き入る
天水桶の傍らに350年続く酒蔵がある。そこの一人娘がこの春で十三だ。
先だっての陽射し麗かなりし昼下がりに庭に出て来たのを、これまたうっかりこの小さな龍が見初めてしまった。
どうやらそういうことらしいよ。
いやいや、自由だな。
それで、動くのか。竜は。
そこだ。
声は続ける。
この娘がまた、八坂の青龍の加護を受けて生まれている。
倹属として猫を三匹つけているものだから、近寄れない。
目高の頃から狙われていたのだから無理もない。懸想もなにもあったものか。
因果なものだとカラカラ笑う。
募る想いのやり場が無くて、黒々渦巻いていたのが観測写真に映ったものだろう。
結界石の障りのそもそもは、竜巻ではなく、目高の災難だな。
目高の竜巻と思えば君、大して案じるこもとなかろう。
腹のなかで面白そうに笑う。兄は生前より明るくなった。
兄の笑い声を聞いているうちに、私もなんだかおかしくなってきた。
腹のそこから笑っていると、天水桶の水面が震え、みるみる小さな竜巻となった。
よくよく目を凝らせば、中には小さな小さな赤い龍がくねっている。
思いがけず天に上がれるのだ、心行くまで遊んでおいで。
小さな竜巻は天水桶をゆっくりと下り、道端の枯れ葉を巻き込み巻き込み右に左に揺れながら去って行く。
それを私は縁側から、半ば羨ましいような思いで見送った。
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