駅の改札で、平和をさけぶ

 わたしの前を歩いていた東南アジア系の男性が、改札の前で急に歩みを止めた。

 持ち前の反射神経で何とか衝突は避けられたが、軽くイラッとした。

 男性はゆったりとした動きでバッグからSuicaを取り出し、読み取り部にタッチした。

 改札ゲートが開いた後も、男性はすぐには動かなかった。まるでタッチの余韻を楽しむかのように2秒ほど佇んだあと、おもむろSuicaをバッグに戻した。

 そして何事もなかったかのように、悠然と改札を通過していった。


 この間、約7秒。すっげえイライラした。

 遅い。Suicaなど改札に付く前にあらかじめ準備しておいてくれ。

 なぜSuicaのタッチに余韻を感じているんだ。新手のプレイか。改札の読み取り部にSuicaをタッチすると、それはそれはえもいわれぬ快感が押し寄せてくるタイプの人物か。

 あなたの性癖をとやかく言うつもりはないが、朝の通勤時間だぞ。後ろがつかえているんだ。さっさと改札を通過してくれ。

 後ろで待たされている間、上記のような文句に加え、文字に起こせないような罵詈雑言を呪詛のように唱えていた。

 でも途中で考えを改めた。

 この人には何ら悪気はないんだと。きっとゆったりしたお国柄の人で、文化や慣習が違うだけなのだと。わたしの勝手な思い込みで、安易に真実を歪めてはいけないと。

 そんなふうに自省しながら、男性に続いて改札を通過したわたしが見たものは、ほぼ滑落してるよねくらいのスピードで階段を駆け下りてゆく、さっきの男性の姿だった。

 つもりを教えて。その超絶スピードで階段を駆け下りたあなたが、なぜさっきの改札はあんなに遅かったんだ。折り合いがつかない。もしかして本当に滑落してただけだったのか。


 いや、もう忘れたか。さっき自省したばかりだ。勝手な思い込みで真実を歪めてはいけない。

 きっとこの人の国では、改札はゆっくり、階段は滑落という慣習なんだ。そうなんだ。きっとここから愛なんだ。

 相手を理解できたことで、何だか世界平和の第一歩を歩み出せた気がする。

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