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ビジネスモデル講義08:クリティカル・コアによる競争優位とバイアスの壊し方

競争優位の階層の最上位に位置するのが、クリティカル・コアである。このクリティカル・コアとは、一見非合理であるがゆえに他社が真似したいと思わない要素であり、それがゆえに長期的な競争優位へとつながる要素である。

出典 『ストーリーとしての競争戦略』(楠木建著)

1. 一見不合理であるがゆえに模倣されない競争優位

このクリティカル・コアは一見非合理に見える。そのため、普通の賢者には思いつかないし、それを模倣しようという気にもさせない。しかし、全体としては合理的な判断となる、思いも寄らない妙手として機能する。それが賢者にとっての盲点となるのである。

出典 『ストーリーとしての競争戦略』(楠木建著)

楠木はクリティカル・コアの例として、次のものを上げる。

・短期間のうちに数百店規模で展開しようとするのに、フランチャイズを採用せずすべて直営店展開したスターバックス
・セットメーカーのニーズにこたえてカスタマイズするのが常識だったのに、特注品を断りモーターの標準化を進めたマブチモーター
・直販、マスカスタマイゼーションを、低コストのEMSを使わずに自社工場にこだわって行ったデル
・利便性が高く効率の良いハブ空港を使わず、あえて地方の二次空港の直行便を飛ばす判断をしたサウスウエスト航空
・ネットならではの身軽さを捨て、倉庫や物流などのインフラ、在庫を抱える判断をしたアマゾン

いずれも、競合他社からすると非合理的な判断であり、それを模倣しようという動きはしばらくでてこなかった。そのうち、その打ち手が実はビジネスモデル全体として合理的であることが見えてきたときには、各社はすでに強固な地位を固めていたのである。

持続的な競争優位は、その優位を消し去るために同質化していく競合他社の追随を、どのようにはねのけるかということにかかっている。組織能力による差別化であれば、自社の能力をさらにあげていくことによって優位性を持続させることになる。しかし、そうしたアプローチはどこかで限界がくる。クリティカル・コアは、そもそも模倣による同質化という動機を持たせないような非合理的な判断であることが、競争優位の持続につながっているのである。

2. イノベーションを生み出すためのBreak the bias

こうしたクリティカル・コアを着想するには、まず非合理的な要素を入れなくてはならず、そのためロジックによって導き出すことは、原理的に難しい。ロジックで積み上げようとすれば、部分合理であり全体合理でもあるような普通の賢者の判断になってしまう。

同じ特性を、イノベーションももっている。そのときの常識から離れることによって、思いも寄らない新しい方法を見つけ出す。そのためには、合理的な「普通の賢者」であってはならないのである。

濱口秀司はこれを、バイアス(先入観)を壊す(Break the bias)と呼んだ。バイアスは効率的にものごとを認知、判断するのにはいいが、新しいアイデアを呼び込むためにはマイナスである。バイアスによって認知されない部分にこそ、イノベーションの可能性が潜んでいるからである。

濱口は、まずバイアスを構造化したうえで、それを意識的に外すプロセスを図のように説明する。たとえば「桃太郎」の物語を新しく改変するのであれば、今の桃太郎が勧善懲悪であり、複数のメンバーによる物語であるという位置づけをバイアスとして構造化し、そのうえで勧善懲悪ではないグレーな関係、すなわち桃太郎もまた悪であり、鬼にも実は正義があるという設定にした上で、桃太郎がひとりで鬼退治に向かうような物語をつくるのである。

出典 濱口秀司が語る「バイアス壊しが重要な理由」

こうした一種の強制発想法によって、今までのバイアスから離れた新しいアイデアを生み出すことができるのである。

3. イノベーションの守破離モデル

私はこれを、イノベーションの守破離モデルとして図式化している。既存のバイアスを構造化し、それを型として学ぶことで効率よく師匠の技を習得する「守」の段階は、科学的な再現性のあるいわばサイエンス思考とも呼べる基づいたプロセスである。

しかしそれだけでは、新しいものを生み出すことはできない。そこに想定外の要素を取り入れる、型を破るようなプロセス「破」が必要となる。それは、それまでの常識を覆すような想定外の要素を投げ入れる行為であり、アート思考のプロセスだ。想定外の要素とはクリティカル・コアでいうところの部分非合理にあたる。

その上で、こうした部分非合理を含めて全体合理性を担保する作業が必要になる。それがデザイン思考である。プロトタイプを作りながら試行錯誤の末、全体合理性を作り上げるのである。この段階になると、オリジナルから離れて新しいものを作ることができ、「離」の状態になる。イノベーションとは、破と離のプロセスによる、思いもよらない新結合なのである。

図 イノベーションの守破離モデル

ビジネスモデルのイノベーションも同様である。既存のビジネスモデルを型とし、構造化された中に想定外の要素を投げ入れる。そこから生まれる新しいビジネスモデルが、ビジネスモデル・イノベーションなのである。

ただここには、難しい問題がある。それは、どのような想定外を投げ入れれば成功するのかというのは、事前に予想がつかないという点である。事前に成功が予想され織り込まれているということは、つまりその要素は想定外ではない。その要素がイノベーションを生み出すのに適切かどうか不確定な状態で、まずは受け入れる必要があるのである。

しかし、賢い人ほど事前に合理的な判断をしてしまう。その結果、イノベーションをもたらすような想定外をあらかじめ排除してしまうのである。

4. 即興のYes Andとイノベーション

そうした想定外をテコにして新しいアイデアを生み出す方法に、即興がある。即興音楽では他の演奏者の想定外の演奏に触発されて音を鳴らし、またときにはジョン・ケージのように、その場で起こる偶発的な環境音をも取り入れていく。

動画 マイルス・デイヴィス「インプロヴィゼーション」

また即興演劇では、舞台に立つ役者は事前にストーリーを準備せず、観客などから投げ入れられる役割やセリフなどを受け入れて物語を紡いでいく。さきほどの守破離モデルでいえば、物語の破綻となりうる想定外の要素を受け入れて、新たな物語の構造を生み出していくプロセスを繰り返していくのである。

動画 TEDでのインプロ公演の様子

そうした想定外を受け入れて思いもよらぬ方向へと物語を展開するインプロの基本スタンスとして、「Yes And」というものがある。その場に起こっていることがどんなに想定外でも、まずは起こっていることとして受け入れ(Yes)、そこに自分のアイデアを加えて(And)いくのである。ある役者が舞台上で「大きな満月ね」と言ったとき、「いや、ここは舞台だから満月なんて見えないよ」と否定しては物語は進まない。

これは音楽や物語だけの話ではない。物理学者のウーリ・アロンは、昼間は学者として研究を進め、夜には即興演劇の役者として活動していた。即興から学んだYes Andのスタンスを研究活動に適用することによって、創造性の高い研究室運営を可能とした。その知見を語ったTEDの動画は示唆に富む。

動画 ウーリ・アロン: 真の革新的科学のために、未知の領域へ飛び込むことが不可欠な理由

問いAに対して、出るであろうと想定される既知の答えBが導き出されても、新しい発見にはならない。それはあらかじめ知っていた既知の領域から離れることがないからである。しかし、実験をしてみたところ思いもよらぬ想定外の結果が出たとすると、普通は困惑し、モヤモヤのなかに迷い込むことになる。通常はこれを「失敗」と呼ぶ。

だが、そこにはまだ想定していなかった何かが潜んでいる可能性もある。想定外の結果が出た実験を失敗と考えず、既知と未知の境界領域へと踏み込んでいくプロセスだと考え、そのプロセスを駆動する基本指針としてYes Andを置くのである。

図 未知の領域へとYes Andのスタンスで探索し、想定外の発見Cにたどり着く

ビジネスモデルの話に戻すと、多くのイノベーションは偶発的に起こっている。3Mのポストイットの開発は、のりの開発において生まれた粘着力が十分でない素材から着想されたものであるし、コマツのKOMTRAXによる盗難防止、生産管理、燃料効率のアドバイスなどさまざまなサービスも、事前計画的に準備されたものではなかった(文脈視点による価値共創経営:事後創発的ダイナミックプロセスモデルの構築に向けて)。

ここにあるのは、Break the biasのように事前にバイアスを可視化して壊すというよりは、想定外のできごとを受け入れ、そこから事後創発的にイノベーションを生み出していこうとするスタンスである。

5. 計画的か、創発的か

ビジネスモデルに限らず、イノベーションを計画的に生み出すか、創発的に生み出すかという問題がある。しかし、いずれの場合においても、バイアスに合わない、想定外の様相を受け入れて新しい構造を生み出していくという柔軟なスタンスが必要であることは変わりがない。どちらにしても、即興のYes Andのようなスタンスが重要になるのである。

楠木のいうクリティカル・コアにしても、もともと企業が成果を想定できていたわけではなかった。だからこそ、他社もすぐには追随しなかったのである。そうした不確定な要素について決断し、そこから事後創発的に新しいビジネスモデルを生み出すからこそ、他社が容易に真似できない/したいとも思わないビジネスモデルが生まれる。そして、そうした事後創発性があるからこそ、先に紹介したリーン・スタートアップのような試行錯誤が重要となってくるのである。

未来のイノベーションを生み出す人に向けて、世界をInspireする人やできごとを取り上げてお届けしたいと思っています。 どうぞよろしくお願いします。