三ツ松新・小山龍介|未来を予見するクリティカル思考ー不確実な時代の先を見通す仕事術ー
新型コロナは、まったく想定外のできごととして記憶されることは間違いありません。しかし一方で、ビル・ゲイツはその危険性をすでにTEDの講演の中で指摘していました。
また、新型コロナ対策においても、恐怖心から過剰な議論が行われたり、またわかっていること/わかっていないことが整理されないまま、議論が混乱したりと、フラストレーションが溜まる一方でした。
ただ、こうした状況というのは、たとえば新規事業を立ち上げるときにはしょっちゅう起こることです。不確実な状況において、恐怖心を克服しながら、適切な判断を行っていく。
そうしたイノベーションの領域のコンサルタントとして活躍されるかたわら、ティナ・シーリグの『20歳のときに知っておきたかったこと』などの海外書籍を日本に紹介されている三ツ松新さんに、どうすれば未来を予見する鋭い思考が可能になるのか、伺っていきたいと思います。(小山龍介)
「マージナルマン」という処世術
小山龍介(以下、小山) 三ツ松さんは、もともと「P&G」でプロダクトマネージャーを長くされていて、新規事業や商品などの開発、ブランドの立ち上げをしてこられました。イノベーションというか新しいものをつくり出すさまざまな経験がある一方で、非常にロジカルで理詰めな方です。
今、コロナで先がまったく見通せない中で、直感的なクリエイティブとロジックの両輪のバランスがすごく取れている三ツ松さんに、ぜひ両輪で考えるコツを伺えたらと思いました。
三ツ松新(以下、三ツ松) 僕は子どものころから「中庸」という言葉が非常に好きだったのです。小さいときに、人種のるつぼと言われるアメリカのニューヨークで、いろいろなタイプの人を見て育ちました。ひとつのタイプに強く傾きすぎると、逆に差別を受けたり自分が差別する側に回ったり、どちらもあり得るわけですよね。
そういうなかで、「中庸」は子ども同士の中の処世術であり自分を維持する方法なのです。「マージナルマン」といって、その意味は、最近大辞林を見たら、被差別人種に多くクリエイティブな人間になりうるということでした。
意図的にあまのじゃくを演じる
三ツ松 常に逆の立場で見ていくことが、重要だと思うのです。英語では「devil's advocate(悪魔の代弁者)」という言い方をします。アメリカのデキる上司は、devil's advocateをスキルとして持っていなければならないと言われています。たとえば部下がAと言ってきたら、自分もAだと思っているのに、あえてBと言う。上司はBの立場にわざと立って、部下に自分を説得させる。それだけでも、かなり変わるんじゃないかと思います。両輪で考えられるよう、あがいてみる。
これもまた小山さんのほうが詳しいと思うのですが、ヘーゲルの「弁証法」ってありますね。まさにあれです。あるテーゼがあったときに、強いテーゼを持つことがいいことなんだとふつうは思いますよね。
どんな形であれサポートして意見を変えないというのは強いと思いがちで、そう思う人は多分多いと思います。そうではなくて、アンチテーゼって何なのという話を考え出して、その両方を包含してしまうような新テーゼって何なんだという話です。
これは、やろうと思えば誰でもできる話なので、ある意味、意思の問題みたいな話になってしまいます。僕も意図してやっているところが多分にあるかもしれないですね。もともとは、ウダウダ考えるのが非常に好きなのですが、ロジックが嫌いなわけではなくて。ロジックは、P&Gで社会人のときにずいぶん鍛えられました。
小山 では、ロジックは後で取り入れたのですね。
三ツ松 ああ言えばこう言うみたいな理屈くさい子どもではあったと思いますが、ロジックはどちらかというと後天的なものが大きいです。たとえば上司と話しているときに、こういうことがあり得るよねという話で、確率は何%だみたいな話になってくるのです。
「おおむね80%ぐらいでいいか」ということで、上司が「今おまえ、ifという言葉を3回言ったよな、80は3回掛けたら50%を切るよな」みたいに言ってきます。つまり、おまえの言っていることなんかフィフティーフィフティー以下だよみたいに、ロジックでガーッと攻めてくる。そういう洗礼を、社会人1年目に受けました。
ファクト=絶対確実ではない
小山 小池都知事も「3密を避けましょう」と言っていますが、満員電車で散々めちゃくちゃな密閉空間で通勤していて大丈夫だったと考えると、密集と密閉ということが本当に重要なのか。もう密接だけでいいんじゃないかと思うんです。
三ツ松 おそらくそうだと思います。ただ現実的に「密閉・密集はいいのですよ」と言ったらみんながどうなるかという話ですよね。「じゃあ、しゃべらなかったらいいのね」とか言い出して、武道館かどこかで、密閉・密集で汗をダラダラかきながら「やー!」とやっていたら、これは移りますよね。
小山 でも不思議なのが、さいたまスーパーアリーナでやったあれ(※)を映像で見ていたのですが、とても静かな会場だったんですよね。みんなマスクをしていてすごい風景だったのですが、あれはクラスター化したという話にはならなかったですね。
三ツ松 たしかに、あまり聞かないですね。
小山 どうやったら「正しく判断する」ことができるのですかね。ひとつは、おっしゃったとおり逆の立場というか見方で見てみると、すごくクリエイティブな発想ができますよね。思考プロセスを経ていく必要があるのかなと思います。
たとえば、現実のファクトと解釈とそれへの対策というふうにわけて考えなさいというのは、コンサルティング会社ではよく言われますよね。事実と解釈を分けなさい、と。そういう感じのことで、何か三ツ松さんが日々気をつけているというか意識していることはありますか。
三ツ松 ファクトが本当にファクトかどうかというところは、けっこう難しいですよね。ロジカルな人は、ファクトは絶対的と捉えがちです。でも、実際ファクトってわからないですよね。
高校のときだったかの生物の先生で、おもしろい先生がいました。今から教えることは「今わかっていること」だから、あと10年ぐらいして、もっと言ったら2年~3年後に違うことが言われてるかもしれない。でも、俺が嘘を教えたとは思わないように、言ってたんですよね。
それはそうだなと思いました。考えてみると、絶対的ファクトってあまりないじゃないですか。ですから、結局あまのじゃく的に、ファクトを常に疑っていく癖をつけておかないといけないですよね。
既成事実でファクト化していく
三ツ松 今、3密を避けるのがいいというのはファクト化していますよね。ところが、よく考えたら3密はそもそも何で言い出したのか。別にたいして強い根拠はなかったんです。3密がよくないという仮説のもとに成り立っていて、3密的なことを避けたから実際に減ってきたと言われています。ところが、本当の意味でそれを検証したかというと誰もしていない。
だから、既成事実でファクト化していくものはたくさんあるんじゃないかなと思います。「みんなそうしているじゃん」。「だからといって正しいとは限らないでしょ」みたいなことですよね。
もうひとつは、過去にさかのぼってそれが本当にファクトだったのかと、要するに疑ってかかるときに、そもそものきっかけが何だったのかという話です。それは、企業の中でもよくあるのですよ。
小山 タブーになっているんだけど、それがなぜなのか誰も知らない、みたいなことですね。
三ツ松 よくよく聞いたり突き詰めていくと、「昔何々さんが言ったひとこと」みたいなね。社長がちょっとポロッと言ってみて、本人はそこまでのつもりじゃなかったんだけれども、いつのまにかもうタブーで既成事実になってしまったとか。
あるいは、顧客クレームがあって、商品にこういう欠点があるから直しましょうという話になって。実際なぜこれを直さないといけないのかなと担当者が見ていくと、何万もあるコメントのうちのひとりのコメントをたまたま誰かが拾い上げて、それがたまたま偉いさんだったからやらざるを得ない状況になるとか。でも、口答えできないみたいなとか。そんなのが多分いっぱいあるんじゃないかなと思いますよね。
小山 そうですよね。
三ツ松 とはいいつつも、逆の立場で言うと「それじゃあ ロジカルにいきすぎておかしいじゃないか」とグワーッと言い返したところで、組織の力には勝てないですよね。すぐに干されます。そこは、うまく政治的に立ち回ってやるしかないですよね。
判断の軸を定める
小山 最近だとノイジー・マイノリティーと言われている人から3件、4件クレームがきたら、それでもう「対処します」とか「CMを取り下げます」とか、そういうことはしょっちゅう起こりますよね。
三ツ松 あれはポリシーがちゃんとないから、ああなるのですよね。自分たちなりのマウンティングポリシーがきっちりあれば、やめなければいいと思うんです。
炎上しているといっても、結局コメントの9割ぐらいは同じ人が書いている。50回も100回も書くから大きく見えてしまう。思わず過剰反応してしまっているだけのようにも見えますね。
小山 結局、まずひとつは軸ですよね。自分がなぜこの判断をしたのかとか、これがいいと思ったのかという判断軸がすごくあいまいなまま物事が進むと、ちょっとした横やりが入った瞬間にすごくぶれてしまう。
三ツ松さんもFacebookで炎上とまではいかないものの、いろいろな議論ややりとりとかが発生しますよね。そういったときに、定めている軸は何かあるのですか。
三ツ松 正直に言うと、僕は世の中の炎上は半分以上炎上に見えないのです。「おまえの母ちゃんでべそ」みたいな明らかにおかしいことを言っていれば炎上だと思うのですが、健全なやりとりだなと思っているもののほうが多い。
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