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ビジネスモデル講義07:競争優位を生み出すためのシステム・ダイナミクス

ビジネスモデルを設計する理由のひとつは、製品レベルにとどまらない持続的競争優位を構築するためである。そして前回のリーン・スタートアップの議論からつなげれば、成長のエンジンを組み込んでいくためのものである。今回は、この競争優位とビジネスモデル、さらには事業の成長性とビジネスモデルの関連性にスポット当てて議論していきたい。

1. 競争優位の5つの階層

この競争優位について、一橋大学・楠木建教授は次の5つの階層を設定している。この5つの階層をたよりに議論を展開していこう。

出典 『ストーリーとしての競争戦略』(楠木建著)

まず、レベル0である外部環境の追い風は、要は景気がよいので儲かっているという状態であり、これは自社だけでなく他社も恩恵を受けるという意味で「優位性」にはつながらない。市場も飽和し競争も激しくなるので、その恩恵は長くは享受できない。

レベル1になると、業界の競争構造による優位性が生まれてくる。業界で先にトップシェアをとってしまうと、先行者優位によって収益を上げることができるようになる。たとえばトヨタ自動車のフルラインナップなどは、トップ企業だけが取りうる戦略だろう。マツダはフルラインナップを無理に進めて失敗をした経験から、車種を絞り込んだ商品戦略をとっている。ジャック・ウェルチはGEで、業界で1,2位のシェアを持つ事業だけに絞り込む戦略をとったが、それはまさに競争構造による優位性を意識した意思決定と言える。「勝っていれば、さらに勝てる」し、「負けていたら、構造的に勝てない」というわけだ。

しかし、そういう業界の競争構造だけですべてが説明できるわけではない。業界で下位だった企業が急成長することもあるし、業界で先行していた企業が先行者優位を維持できないケースもある。圧倒的なシェアをほこっていたキリンビールは、ドライブームに乗ったアサヒビールにシェアを逆転されたが、それはアサヒビールの企画開発力やマーケティング、温度管理により新鮮なビールを届ける組織能力などによるものだった。

このように、企業のポジションニング組織能力によって競争優位を築いていくレベルが、レベル2の競争優位となる。これはすでに触れたように、ポジショニング派とケイパビリティ派というふたつの経営戦略の流れに対応している。

今回で議論したいのは、さらにその上にある戦略ストーリーとクリティカル・コアである。

2. ビジネスモデルにおける戦略ストーリー

楠木は、ビジネスの競争優位を構築するために、戦略の「ストーリー(Narrative Story)」が重要だという。それは、複雑な因果論理を統合する(シンセシス)という戦略の本質を捉えているからだという。たとえば、中古車買取専門のガリバーのストーリーについて次のような図に示す。

出典 『ストーリーとしての競争戦略』(楠木建著)

「買取専門」として、買い取った中古車をオークション会場ですぐに売却することによって、通常の2−3ヶ月になる在庫期間を、7-10日へと短縮できるし、展示場も持たなくてもすむ。さらに本部一括査定をすることで急速な出店が可能となり、買取台数の拡大を図ることが可能となる。こうしたさまざまな要素が、最終的にコスト優位へとつながっていく「ストーリー」を見て取ることができるだろう。

ストーリーとして語ることができるというのは、個別の要素が連動して事業を動かしていることの証拠でもある。楠木はストーリーとしての競争戦略は、個々の打ち手を「静止画」ではなく、交互効果をもつ「動画」として捉える戦略思考であるという。

3. ビジネスモデルのシステム思考

システム思考ではこうした交互効果を要素と要素との関連にとどまらず、さらに円環を描くループとして捉える。そして、そのループがもたらす時系列での変化を捉えるのである。

システム思考には次の6つのツールが使われる。その中でも、5つ目のシステム・ダイナミクス・モデリングは、まさにストーリーとしての競争戦略におけるストーリーそのものである。ただ、ループ図やシステム原型にもあるように、システム思考において交互効果は最終的に円環として閉じるところに特徴がある。

図 システム思考の6つのツール
出典 https://www.change-agent.jp/systemsthinking/tools/index.html

こうして円環として閉じることによって、各要素はシステムに対してふたつの作用をもたらすことになる。ひとつは自己強化型ループとなって、事態をどんどん加速していく働き、もうひとつはバランス型のループとなって、事態にブレーキを掛ける働きである。

たとえば、おいしいレストランができると、来客が増え、さらに腕があがり味も良くなり、さらに来客が増えていく。ここには、「料理上達の自己強化ループ」が働いている。しかし、来客が増えすぎると今度は、ひとりあたりにかけられる料理の時間が減り、味が落ちます。大急ぎでつくった料理にがっかりして来客が減ってしまうだろう。「料理時間のバランスループ」が働く。これ以外にも、素材の鮮度やレストランの空間の過ごしやすさなど、さまざまな要素が絡み合っている。世の中の事象にはこのように、自己強化ループとバランスループが組み合わさって働いており、全体としてシステムを構築している。

図 レストランのループ図

こうしたループの重要性を認識していた人物のひとりが、Amazonのジェフ・ベゾスである。彼はAmazonの戦略を二つのループが絡み合うナプキンメモに記した。ひとつは、顧客の体験が向上すればするほどトラフィックが増え、その結果サプライヤーが増えるのでセレクションが増えるという「セレクション自己強化ループ」。もうひとつが、そうして成長すればするほどバイイングパワーを含め低コスト構造になることで、さらなる低価格が実現して顧客体験を向上させる「コスト低減自己強化ループ」である。

この着想を、ウォルマートから得たということもいわれている。ウォルマートは、全米各地に店舗を広げ、その圧倒的なバイイングパワーによって、エブリデイロープライス(EDLP)を実現した。Amazonはいわばネット版ウォルマートとして、強化ループをまわすことによって規模を拡大、他社を寄せ付けない優位性を築いていったのである。

実際、Amazonの品揃えは日々、拡充されているということは、ユーザーであれば実感するところだろう。数年前には倉庫にワインセラーを設置するなど酒類を拡充したし、ここ数年はファッションの品揃えに力を入れている。日経ビジネスの記事によれば、2011年には一部家電製品を半年以上赤字で販売して、家電量販店からシェアを奪った

Amazonにはこのほかにも、物流がどんどん充実していく物流充実自己強化ループや、レビュー増加の自己強化ループなどが働いている。こうしたループを、ビジネスモデル・キャンバス上に描いてみると、静的であったビジネスモデル・キャンバスがとたんに動的なものに変化するのがわかるだろう。

図 Amazonのビジネスモデルで働いているさまざまな自己強化ループ

4. システム・ダイナミクスで捉える3つの利点

ビジネスモデルをこうしてシステム・ダイナミクスで捉える利点は、主に3つある。まずひとつが、戦略が明確になるということがあげられよう。ストーリーとしての競争戦略も同様だが、複雑な要素間の関係性がループによって伝わりやすくなる。ベゾスがやったように、どのような戦略で勝っていこうとしているのか、共有しやすくなる。

4-1. 楽天の競争戦略

たとえば楽天の運営する楽天市場は、ビジネスモデル上、Amazonのライバルと考えられるが、実際には会員へのポイント付与という、Amazonとは違う価値提案によって顧客を獲得しているし、それを主要な戦略としている。CMのほとんどは楽天カードの加入促進であり、それが事業の成長のエンジンとなっていることは明らかだ。会員が増えれば増えるほど、新たな割引サービスやポイントサービスが得られるというループが働いている。

そうしてみた場合、楽天のライバルはもはやAmazonではなく、同じようなポイントエコシステムを提供するT-Pointやnanaco、Ponta、dポイントなどであることがわかる。こうした経営戦略は、ループを描くからこそ見えてくるのである。

図 楽天の強化ループ

4-2. omni7が越えられないAmazonの先行者優位

ふたつめの利点が、先行者優位を構築できるということである。たとえば、Amazonの自己強化ループによるレビュー増加や購入ビッグデータの蓄積は、早々にキャッチアップできないほど充実している。流通の雄、セブン&iホールディングスは2015年、満を持してomni7を立ち上げた。ユーザーインターフェースはAmazonそっくりに仕上げたが、残念ながらAmazonの牙城を切り崩せていない(セブン&アイ、オムニ7完全失敗……鈴木敏文氏のネット戦略を見直しへ)。

セブンイレブンは基本的に、他社の成功を即座にキャッチアップするフォロワー戦略を得意とする。今回のコンビニカフェブームも、もともとはファミリーマートが成功させたものを、ファミリーマートよりも先に全国展開させたものだし、ファミチキがヒットすれば、ナナチキを導入して同質化させた。他社が仕掛けてきた差別化に対する同質化戦略は、セブンイレブンのようなリーダーが取りうる定番の戦略である。しかし、残念ながらomni7ではキャッチアップできていない。インターフェイスをそっくりにしたところで到底追いつけない優位性がここにあるのだ。

そのひとつがレビューだ。この焼酎カップのレビューはゼロ。しかも「この商品を見た人はこちらも見ています」のリコメンデーションが見当違いで、まったく効いていない。あまりにビッグデータが少なく、この焼酎カップを検討している人の個人的な閲覧履歴が開陳されているような状態だ。少なくともカテゴリーで絞るなどのアルゴリズム調整をしておいてほしいが、それもできていないのは厳しい。これ以外にも、配送や品揃えなど、omni7が越えるべき壁は多い。他社が一朝一夕に追いつくことができない、先行者優位となる競争優位を築いているのがわかるだろう。

4-3. 小さく生んで大きく育てるスケール戦略

Amazonのビジネスモデルは、当初、在庫をもたない身軽な経営であった。書籍という返品が可能な商品を扱うことで、在庫リスクを最小限まで低くしたビジネスモデルは、ネット企業ならではのものとして評価された。しかし、それはすぐに覆された。全米の各地に大きな倉庫を建て始めたのである。

今ではその戦略転換が正しかったことははっきりしているのだが、当時は賛否両論であった。ベゾスは、品揃えと迅速な配送こそが次の競争優位であることを看破していた。書籍の成功のあとすぐに玩具の取り扱いを始め、その後、家電、アパレル、生鮮食品と品揃えをどんどん拡充していった。そうしたスケール戦略が有効であることは、ビジネスモデルに組み込まれた自己強化ループによって示されていたからである。

いまや、KindleやAmazon Prime Videoなどのデジタルコンテンツプラットフォームとしても大きなシェアを確保したAmazonは、さらにAmazon Goなどの実店舗展開など、さまざまな事業展開を進めている。こうしたビジネスモデルの拡張は、自己強化ループが効いているからこそ可能となるのである。

5. バランスループの克服

こうした自己強化ループを指摘していくと、Amazonには死角がないようにもみえる。しかし実際には、こうした自己強化ループに対してブレーキを踏むようなフィードバックがかかる。これがバランスループである。

たとえば、品揃えを増やしていくと途中で、「欲しいものが見つけにくい」という使い勝手の悪さがでてくる。実際、本だけを取り扱っていたときに比べて、Amazonでの検索の仕方は複雑にはなってきている。動画撮影の本を探そうとしたら、ずらっと動画機材がでてくる、なんてことが起こる。カテゴリーを「本」に絞って検索する手間が発生する。

しかし、Amazonはこうしたバランスループにも適切に対応している。検索ワードによってカテゴリーを推論し、特定カテゴリーでの検索結果を出すようにしている。アルゴリズムの改善によって、ユーザーが意識しないかたちで検索結果の精度を上げている。

物流充実の自己強化ループもまた、バランスループに直面する。ヤマト運輸による値上げおよび物流量削減の交渉だ。それも、サービスプロバイダによる対応により、一時的にサービスレベルを低下させつつも、なんとかしのぎきろうとしている。

バランスループが働く状況というのは、アクセルとブレーキを同時に踏むようなもので、事業の安定性を大きく損なうことになる。そうならないよう、自己強化ループを組み込むと同時に、バランスループを解除する取り組みが必要になるのだ。

未来のイノベーションを生み出す人に向けて、世界をInspireする人やできごとを取り上げてお届けしたいと思っています。 どうぞよろしくお願いします。