都市を「女性視点」で捉え直す:フェミニスト・シティとは何か? 【NGG Research #9】
これからの都市を「女性視点」で見直すと、都市の見え方・ありようはどのように変わるだろうか。注目の本、レスリー・カーン「Feminist City: Claiming Space in a Man-made World」(『フェミニスト・シティ』東辻賢治郎・訳/晶文社/2022年9月13日発売)をヒントに、これまでとは異なる視点で都市を見つめ直し、自明とされてきた都市の「当たり前」を再考する。
Photo by Samuel-Elias Nadler on Unsplash
Text by blkswn NGG research(Kei Harada)
「女性視点」が抜けたモビリティ
「Feminist City: Claiming Space in a Man-made World」は、いかに近代以降の都市計画が男性中心主義的に進められ、シスジェンダー(異性愛者)で、健常者の男性が抱えるニーズに基づいて、都市が構築されてきたかを明らかにし、女性やトランスジェンダー、障害者など、都市から疎外されきた人々に対して、これからの都市はどのような働きかけができるのかを考察している。
産業革命以降、女性の居場所は家庭に押し込められ、戦後社会における自動車の普及と郊外化の進行が、益々女性の役割を家庭に閉じ込めていったと筆者であるカーンは指摘する。都市計画担当者や政策担当者の地位は長らく男性(欧米諸国では特に「白人男性」)によって独占され、都市の道路や銅像の名前も、ほとんどが男性にちなんだ名前を付けられ、ジェンダーを巡る固定観念や不平等が、都市の景観やシステムに深く埋め込まれていることをカーンは告発する。
都市計画に「女性視点」が欠落すると、具体的にどのような問題が浮上するのだろうか。例えば、「移動(モビリティ)」について考えても、「男性視点」で最適化されてきた交通システムは重大な問題を抱えている。
カーンは男女間での移動パターンの違いを指摘する。男性の移動は、自宅から会社に向かい、ただ戻ってくるだけのシンプルなパターンが多いことに対して、女性の移動は、より多くの場所に立ち寄り、短い距離を頻繁に移動する、複雑なパターンを形成している。なぜなら、女性の大半は賃金労働に加えて、子育てや介護、家事、買い物、子供の送り迎えなどの無賃金労働を両立しており(OECDの調査によれば、世界の無賃金労働の75%は女性が行っている)、介護や買い物、子供の送り迎えのために多くの場所に立ち寄るので、男性に比べて時間のプレッシャーに厳しく追われているのだ。
そのため、多くの母親は常に3つのバッグ(仕事用のバッグ、子供用のバッグ、日用品・食料品のバッグ)を抱えおり、男性に比べて荷物の負担が大きいことも女性の移動に関する特徴の一つだとカーンは述べる。また、ベルリンで行われた調査によれば、男性は自家用車での移動が多いのに対し、女性は徒歩や公共交通機関での移動が多いことがわかっている(調査によれば、公共交通機関の利用者の66%が女性だった)。
女性は「マルチモーダル」
このように、女性はマルチモーダルな移動パターンを行い、賃金労働と無賃金労働を両立させるために大きな負担を強いられているが、無賃金労働の大半は正しく評価されておらず、家庭の外からはその実態が見えづらいのが現状だ。国際労働機関(ILO)によると、現在、賃金労働を行っていない女性の41%にあたる、6億人の女性が無賃金労働による負担を理由に、労働市場の外に追いやられているが、多くの国や都市では、無賃金労働者への支援が見過ごされ、”民営化”の名の下に、マーケットに対して解決策を委ねてきたことをカーンは問題視する。ケアワーカーは厳しい労働環境に置かれ、低い対価で仕事を請け負ってきたが、COVID-19のパンデミックは、一般市民の生活がどれだけケアワーカーに依存し、彼らが脆弱な立場に置かれているかを明らかにしている。
カーンは、自らが唱える「フェミニスト・シティ」とは、経済活動を優先するのではなく、無賃金労働やケアワークを支え合う都市のあり方を表しており、その方法は住居や交通機関、育児環境の改善といった、さまざまな方法で実行が可能だと説明する。
住宅を「友人関係」に最適化する
「フェミニスト・シティ」を機能させる重要な要素として、カーンが挙げるのが「友人関係」だ。彼女が強調する「友人関係」の重要性は、おしゃべりやお悩み相談などの感情的なサポートだけでなく、子育てや介護、健康管理、移動、家の管理など具体的かつ物質的な資産の共有も含まれる。男性に比べて多くのタスクを抱える女性は、時間のプレッシャーに追われており、多忙であるほど、孤立しやすい状況に立たされている。孤立した女性は負のスパイラルに陥ってしまうが、友人関係はその状況を打破するために重要な働きをするのだという。人生において、友人関係がもたらす便益は、夫または妻がもたらすものよりも大きく、女性にとって友人関係は、「家父長制」、「経済合理性」によって支配されてきた都市を作り変えるための強力な武器になるのだ。都市が友人関係をより濃密にし、その関係性の発展をサポートするために、カーンは「住宅」のあり方に注目をする。
従来の住宅は、ヘテロセクシャルの核家族に最適化されており、友人関係を高めていくことや友人同士が協調し合うために必要な機能は、ほとんど考慮に入れられてこなかったが、住宅がその姿を変え、友人同士の関係を育むことに適した形へと変化すれば、個人やその家族も、より多くの利益を享受できるはずだとカーンは強調する。
病気になった時、職を失った時、介護に追われている時に、手軽に頼ることができる友人が周りに2〜3人いれば、身体的にも、精神的にも負担は大きく減り、家族の枠組みだけでは乗り越えられない困難も解決できるだろう。「フェミニスト・シティ」は、市場に依らない方法で人々を助け、支え合うための都市のあり方を指し、都市設計者は、無賃金労働や生活を支える「友人関係」のような資産を最大化するためにどのような施策が必要かを検討する。
実践例 1|ウィーン市の場合
では、実際に「フェミニスト・シティ」を実現している都市は存在するのだろうか。以下では、カーンが紹介していた例をもとに、世界の都市で実践される「フェミニスト・シティ」の事例を取り上げるが、とりわけオーストリアのウィーン市と、スウェーデンのストックホルム市によるジェンダーギャップ解消に向けた取り組みは突出しているため、重点的に紹介する。
オーストリアのウイーン市では、1990年代から、政府が策定する計画や政策、予算の配分に関する決定に、ジェンダーバランスを考慮する "Gender mainstreaming" のアプローチを採用しており、1999年には性別における公共交通機関の利用の違いについて、大規模な調査を実施した。ウィーンで行われた調査の結果は、ベルリンでの結果と同じく、男性は自動車やバイクでの移動が多かったことに対して、女性は徒歩や公共交通での移動が多いことが明らかになった。男性の多くは、1日において、仕事に向かう時と帰ってくる時の2度しか公共交通機関を使わないが、女性が公共交通機関を利用する頻度・理由はより複雑で、子供の送り迎え、親の介護、買い物と多岐に及んでいた。
しかし、当時の都市計画では、歩行者の移動の体験は重要視されておらず、計画者の誰もニーズを汲みとってこなかったため、ウィーンは調査結果をもとに、歩行者の移動に最適化したモビリティシステムのデザインを開始した。道路には電灯やベンチの数が増やされ、歩道の幅が広がり、ベビーカーが通りやすい仕様に変更が進められた。
"Gender mainstreaming" の計画は、1991年にウィーンの都市計画担当者らによって開催された写真展 "How women use the city" から始まった。都市の利用にまつわる、女性の困難を表した写真展はメディアからも注目を浴び、4000人以上の来場者を集めた。政治家も素早く反応し、ジェンダー平等に向けた支援を行うことを宣言し、改善に向けた施策が始動した。
市はただちに、最初のパイロットプロジェクトを実施し、1993年には女性デザイナーの手によって、複合アパートが建設された。女性のニーズが最優先されたアパートには、幼稚園や薬局、医者のオフィスが入っており、中庭には芝生のエリアが点在しているため、親は遠出をすることなく子供と外で時間を過ごすことができる。
公園をリデザインする
1996年から1997年にかけては、2人のフェミニスト社会学者が公園のスペースの利用に関する研究を行い、興味深いデータを発見した。9歳を過ぎると、公園にいる女子の数が、男子に比べて激減していることがわかったのである。男子に比べて、女子の方が主張が少ないことや、男子と女子が公園の利用のために争った場合、男子が勝つ可能性が高いことが観察されたが、都市計画者たちは公園の形を変えることで、この傾向を改善することができないかと考え、1999年から第5地区にある2つの公園のリデザインを実施した。
女子が公園をより利用しやすくするために歩道が整備され、男子のためのアクティビティが中心だった公園に、バレーボールコートやバドミントンコートが設置されたことで、女子はより多様な活動ができるようになった。また、開放的な広いエリアを半閉鎖的なスペースに細分化したことで、男女のグループはお互いを追い出すことなく、公園を利用することが可能になり、リデザインは成功を収めた。若者のためのスペースを作ることが検討される際、多くの場合、バスケットボールコートやサッカーコート、スケートパークなど男子のニーズから場所を決められることが多いが、ウィーンでの例に限らず、女子が抱えるニーズは男子と異なる可能性が高いことはきちんと理解されるべきだろう。
ウィーンのアスペルン地区では、すべての街路と公共スペースに女性にちなんだ名前を名付けることによって、これまで都市を支配してきた男性中心のナラティブを覆そうとしている。Black Lives Matter の抗議デモの際に、いくつかの都市で奴隷商人の銅像が引き倒されることがあったが、これも今までの都市のナラティブを変えようとする行為であり、社会変革の舞台として都市はいかに重要であるかということが理解できる。「Feminist CIty」の本の中でも、第4章「CITY OF PROTEST」で、社会変革の舞台として都市を捉え直す内容が一章に渡って語られている。
2008年に、国連人間居住計画は、ウィーンの都市計画戦略を生活環境改善のベスト・プラクティスとして登録した。現在、ウィーンでは、"Gender mainstreaming"を採用した、60以上のプロジェクトが実行されている。
実践例2|ストックホルム市の場合
スウェーデンのストックホルム市は、除雪作業にジェンダーバランスに配慮した戦略を導入している。街の除雪作業は、中心部の自動車道路から始めるのが一般的だが、ストックホルムでは、自動車道路よりも歩道や自転車レーン、バスレーンを優先している。上述した通り、女性の方が徒歩による移動が多く、公共交通機関を利用する割合が高いため、自動車道路を中心に除雪作業を行うことはジェンダー間の不平等を強化してしまうため、このような戦略が取られている。
ジェンダーバランスを考慮した施策では、女性や高齢者の利用が多い歩道から除雪作業が始められ、自動車道路は後回しになる。CBCによれば、ストックホルムはこれらの施策を通じてジェンダーバランスを是正するだけでなく、同時に自動車を中心とした都市からの脱却を図り、徒歩や公共交通機関などのオルタナティブな交通手段への移行を進めようとしている。徒歩や自転車、公共交通機関での移動が多い女性により多くの公的資金を割り当てることでジェンダーバランスを是正し、さらに自動車による二酸化炭素の排出を抑えることができるメリットも存在する。
実践例 3|カナダやアルゼンチンなど
ストックホルムの施策は、男女間の賃金格差の大きいカナダでも導入が検討されている(OECDによる2020年の調査によれば、カナダにおける男女間の賃金格差は17.6%でOECD加盟国の中で第7位だが、日本は第2位の23.5%)。国際労働機関(ILO)によると、公共交通機関のアクセスや安全性の欠如によって、女性の経済参加は、16.5%も減少しており、ニューヨークで行われた調査によると、女性は、移動の安全性を確保するために、男性よりも1ヶ月あたり、26〜50ドル多く支払い、女性の75%が、公共交通機関の利用中に何らかの形で嫌がらせや盗難などを経験している。長い距離を行って帰ってくるだけの単純な移動パターンを行う男性に最適化された交通システムを見直し、短い距離を頻繁に移動するマルチモーダルな行動パターンの女性に対して最適化された移動パターンを開発すること、公共交通機関の安全性を高めることは、無賃金労働者やケアワーカーが抱える「移動の不自由」を解決し、雇用におけるジェンダーギャップを改善するために重要な役割を果たすだろう。ブエノスアイレスでは女性の社会進出を促進するために、公共交通の見直しを開始し、政策決定者、実行者に女性を積極的に組み入れている。
実践例 4|インドの場合
また、性暴力による被害が深刻な社会問題となっているインドでは、Safetipinというモバイルアプリが展開されている。このアプリでは、ユーザーがマップ上に表示される公共エリアの安全性を評価し、懸念される場所をピンポイントで特定できるようにしたもので、インド本国の都市だけで5万1,000以上のデータポイントを保有している。アプリ上では、照明や見通しの良さ、交通機関、人口密度などがハイライトされ、女性に対して、どこで、どのような不利が働いているかがマッピングされる。
実践例 5|豊岡市の場合
日本においてもジェンダーギャップの解消に向けて、興味深い取り組みを行っている自治体が存在する。Yahoo! ニュースに掲載された記事によると、兵庫県豊岡市は、2015年の国勢調査に基づき算出された「若者回復率*」に注目し、市が抱える深刻な課題を発見した。
豊岡市の若者回復率は、1990年~95年は52.6%だったが、2000年代始めには28.6%まで落ち込み、そこからゆるやかに回復を見せ、39.5%まで回復している。この数字を見れば、Uターン、Iターンの取り組みがうまくいったと現状を肯定することができたはずだが、豊岡市の中貝市長は、性別ごとの若者回復率に注目をした。豊岡市の若者回復率は、男女計で測ればゆるやかに回復しているが、女性の若者回復率は25年間、減少傾向が続いており、最近5年で男性とのギャップが倍にまで開いていた。
危機感を覚えた中貝市長はジェンダーギャップの解消に向けた取り組みを開始し、市の職員も課題の把握に動き出した。戦略的な思考などを身に着ける若手職員向けの研修は、これまで職員が東京などに宿泊して研修を受けていたが、「女性職員が参加しにくい」ことに気つき、近年は講師を豊岡市に呼び込み、そのおかげで受講者の半数は女性となった。
他にも、女性が働きたい仕事や職場環境の変革について、課題や解決方法を共有する「ワークイノベーション推進会議」 を設置するなど、仕事環境に関する雇用主の発想と人材マネジメントを変えるために様々な施策が取られている。「若者回復率が男女共に50%になること」を目標に掲げる中貝市長の取り組みは全国で注目を集めている。
実践例 6|ロンドン市の場合
最後に、2015年にロンドン市が行った公共交通に関する調査レポートをご紹介したい。レポートでは、人種マイノリティー、女性、高齢者、若者、障害者、低所得者、LGB(トランスジェンダーの人々にも公共交通に関する障壁や課題があることが示唆されているが、詳細な分析を行うためのデータを収集できなかったとレポートには記載されている)と調査対象が分けられており、それぞれのグループがどのような移動パターンを形成し、既存のシステムにはどのような障害が存在しているのか、情報へのアクセスや満足度はどのようになっているのかといったことが事細かに調査され、これまでの主要な都市計画に含まれてこなかったグループの人々に対して、既存の交通システムはどのように改善できるかを詳細に検討している。女性の移動に関する主な調査結果は以下の通りである。
「当たり前=バイアス」を露わにする
このように、男性中心で構成されてきた都市を全く別の視点で捉え直すと、様々な問題系が明らかになってくるが、カーンが述べているように、問題系を一括りに捉えようとすると、そこから排除される人が必ず現れるため、細心の注意が必要である。(例えば、女性の高齢者の移動を検討する場合、そこから障害を抱えた人やトランスジェンダーの人が排除されていないかは注意が必要だ)。
物理的および社会的な障壁を取り除き、すべてのグループが受け入れられる都市のあり方を目指す「フェミニスト・シティ」の視座の持ち方は、これまでの都市の「当たり前」を繰り返し疑い、検証し、解決策を導き出していくことにある。
「女性視点」で都市を捉え直すということは、これまで都市から排除されてきた人々をもう一度インクルードし、支援の行き届いてこなかった箇所に光を当てることだ。環境問題や世界規模で発生したパンデミック、格差/不平等など、様々な理由から、私たちは、近代都市のあり方を再考すべきときを迎えている。
女性の視点から、改めてきちんと都市の現状を把握し直すことは、無意識的に積み上げられてきた、都市をめぐる私たちの「当たり前=バイアス」を露わにする上で、極めて有効な出発点となる。
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