褒め名人
私の実家で、私達家族が父と同居を始めてからはや18年。当時を思い出しながら、懐かしい思い出を綴っていこうと思います。
そのご夫婦は、私が実家で同居を始める数年前に丸山5組に越して来た。私の親世代(60前半)より一回り歳上だった。
おじちゃんはカメラが趣味だ。いつも笑顔で穏やかなご夫婦の人柄に丸山5組のみんなもトリコとなった。
丸山5組では花見をする。私が子どもの頃は、大掛かりなBBQであったり、お弁当を桜の下で食べたり。最近は、花はそっちのけで居酒屋さんで昼間から大宴会をする事が多くなった。高齢化が進み、移動や準備が負担になってきたからだ。
私達家族が花見に参加するようになって何回目かの事、おじちゃんは一眼レフのカメラを私に手渡した。
「はい、美和ちゃんに任せる。好きに撮って。立ったり座ったりは疲れるから」と言う。一眼レフ等触った事のない私は、緊張し震えるも、、、ええーい、やるしか無いとパシャパシャ撮る。
おじちゃんは写真を見て「うん、上出来だ」と褒めてくれる。
うふふ、嬉しい。
次は現像した写真をアルバムに入れて回覧板で回そうと言う。
「注文の取り方は美和ちゃんに任せる。」私は、高齢者にも分かり易い注文表を作った(つもり)。回覧し、焼き増しの枚数を集計、おじちゃんに報告する。
おじちゃんは「うん、分かりやすい。美和ちゃん。ありがとう」と褒めてくれる。
あはは、嬉しい。
おじちゃんが焼き増しした写真を、私が世帯ごとに分けて配る。焼き増し代(おじちゃんはきっかりかかった金額しか取らなかった)を徴収して、おじちゃんに渡したら仕事は終わり。
「ご苦労さん。大変やったねぇ。ありがとう」
大変な事は無かった。ご夫婦と話すのは心から楽しかった。何よりおじちゃんは小さな事でも褒めてくれた。
各家庭を回る度、皆んなが私にお礼の言葉を掛けてくれた。道で会っても「嬉しかったよ、写真。良い思い出ができた」と話しかけられた。おじちゃんの言う通りに動いただけなのに。
ある日おじちゃんは入院した。中々帰ってこなかった。
私が仕事から帰ってきたら、丁度おじちゃんが息子さんに抱えられ玄関に入るところだった。
あぁ、おじちゃん。私は駆け寄り「おかえり。心配やった、心配した」と気付いたら一気に喋っていた。目から涙がぽろぽろ流れた。
初対面の息子さんは驚き、おじちゃんはいつもの優しい笑顔で言った。
「うん、心配かけてごめんね。もう自分の世話もやけんから息子と住む事になった。」
そうして優しく穏やかなご夫婦は引っ越していった。
今でもおじちゃんの笑顔は目に焼き付いている。
おじちゃんは「褒め」名人だ
やっぱり、こうありたいというお手本はすぐ側に居た。
あぁ丸山5組。
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