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『一関』
川をはさんで向こう岸におだんご屋が見えます。
その店のおだんごは空を飛んでとどくのだといいます。
「立ち入り禁止」の看板をまちがって乗り越えないように気をつけながら
お客さんたちがカゴの中にお金をいれて、トンカチで板をカンカンたたきます。
すると、カゴがワイヤーにひっぱられて、向う岸にあるお店の中へひっぱりあげられるのです。
それからしばらくすると、またカゴが降りてくるのですが、今度はちゃんとなかにおだんごとお茶が入っています。
父によると、これは一ノ関市厳美渓の名物だということでした。
母のお墓参りに来たワタシ達は、ついでだからと、そのヘンテコなダンゴを注文することにしました。
あんこ
ゴマ
醤油
三種のダンゴは、それぞれのタレでキラキラと輝き、少しノスタルジックな味がしたような気もした。
食後、ワタシ達はシラカバの群生する墓地=林へ向かった。
亡くなった後の母は、このシラカバの木の一本として生きることになっている。
よりシンプルにいうと、シンボルツリーと呼ばれる若木の根元に、遺骨が埋められている状態。
いわゆる樹木葬だ。
献花と線香を上げ終わると、ワインレッドに染まった古いシャベルで、父がコン、コン、と二回地面を叩いた。
乾いた音が、シラカバの木々の間をミサイルよろしく突き抜けていった。
しかしもちろん、母が滑降してくることはなかった。
帰り際、私は父の格子縞のシャツの背中に、奇妙な黒点を発見致しました。
その黒点は、よく視ると蠢いておりました。
中心から針金のような節足のみならず、透明な羽まで突き出し、歩行する父から墜落しないように踏ん張っております。
それは、極小の羽虫の様でございました。
私は一瞬、母が羽虫になって父の背へ滑空してきたのではないかと訝しんだ次第で御座います。
それから私達は、父の車で硝子工芸館に立ち寄りました。
旧い工場には誰も居りませんでしたが、炉の炎は鈍色に燃え続けておりました。