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『ほうき星のおそうじ』

先日、国立天文台でハレー彗星の約五倍の巨大彗星が発見された。
そっから先は、1910年でもに起こったのとそっくり同じことが起こった。風説の流布。そして、人類の滅亡だ。
コメット・ハンター曰く、一週間後、彗星が地表をかすめる時、尾に含まれる毒素で地上の人間は今度こそ確実に窒息死してしまうのだそうだ。
世界中で疎開が始まっていた。でも、みんな何処へ?

――しずる? しずるか? よかった。やっとつながったよ。あのさぁ、今さぁ。おれ、出口の家。うん、荷物出してるとこでさ。うん。そっちは準備してんの? てか、お前逃げないの?
――逃げるって、どこに?
――ドバイさ。地下都市があるんだ
――世界中から人が押し寄せるよ
――かもな。でも何もしないよりましじゃん?
――行かないよ わたしは
――何で?
――掃除してるから。それに、どこも同じだよ。きっと
――んなの、わかんねーじゃん。なぁー、しずるぅ。一緒に行こうぜ。なぁってばさぁー
――そもそも、私達別れたばっかじゃん
――だから、そういうんじゃなくて
――手遅れだよ。何もかも
――おい!

本当は、私も脱出するつもりだった。お父さんと一緒に。ドバイではないけど、何処か遠く。安全な場所へ。でも先月、お父さんにすい臓癌が見つかって、大好きなゴマ団子を食べる前に自殺してしまった。死ぬ前にお父さんが言い残したこと。

――だーれも逃れられんからなぁ。死ぬことからは

あの日は珍しく雪が降っていて、濡れた道路が、汚れた雪を脇のほうに追いやっていた。
彗星が見つかって以来、世界の調和は崩壊してしまった。皆が皆、自分だけは助かろうと必死で、そのためには誰かを犠牲にしても構わないといった感じ。食料や燃料の買い占めが起こり、そこかしこで略奪や虐殺が起こった。怪しげな民間ロケットで脱出を図った金持ち達は、軌道の辺りで星屑になった。地球環境は加速度的に劣悪になり、新たなコモンセンスができはじめていた。まぁ、元彼の言う通り、そんなのは彗星が来る前からあったこと。物事がほんの少しシンプルになっただけなのかもしれない。でも、すごく嫌な世の中であることには変わりがない。

――ニュース観たよ。やっぱ、ドバイモールは大混雑だってね
――出口の情報だと、チャンギ空港の真下に核シェルターがあるんだってさ。とりあえず、シンガポールまでは行くよ。そっから先は成り行き次第さ。
――海賊みたいだね
――茶化すなよ。マジな話だ
――そうかい
――おれは今もお前のことが好きだし、人生はやり直せるって信じているし
――ありがとう。元気でね、北条くん
――頼むって。一緒に来てくれよ
――うーん……。ちょっと、やり残したことがあるから
――何だよ、やり残したことって
――だから、お掃除
――バカ! 終わるんだぞ、地球が! おいってばさ!

そう、私には、まだやることがある。脱出組がいなくなったぶん、移動は簡単だろう。

仙台市立荒浜小学校。ここは、私の母校だ。
海岸から約700メートルにある同校は、東日本大震災の津波の際に320人の命を守った。だから今回も私を守ってくれるに違いない。

私はここから、世界の終わりを見届けようと思う。考えてみれば、贅沢なことじゃないか。貸し切り同然で、ほうき星が世界をお掃除してくれる様を拝められるなんて。

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