【コラム】 三つのおきて
4月に入った頃から妻の状態も少しずつ安定し、一緒に外出ができるようになっていった。調子のいい日には電車やバスに乗ってカフェにも出かけられるようになった。
ただ、妊娠期間中の妻との外出には決して破ってはならない『おきて』があった。今回はそれを紹介したい。
その1 妻を空腹にしてはいけない
つわりで辛いのは食べ過ぎともう一つ空腹だ。空腹状態になると胃に食べ物が入っていないのに吐き気が襲ってくる。胃液を吐くというのは考えただけでも辛いものだ。
だからといって外出前にたくさん食べておくこともできない。そのため外出には常にミニドーナツやクッキー、チョコレートなどを持ち歩くのが習慣になった。
その2 早く歩いてはいけない
電車が来てるからちょっと急ごうなんてもってのほか!早歩きをしただけですぐ呼吸上がってしまう。
いつもの感覚で歩いていたら、予定していた電車に乗り遅れるなんてことは日常茶飯事。最初は余裕を持つというさじ加減もわからずに、予定通りにはいかないことばかりだった。
これはせっかちな僕にはなかなかこたえた。もうちょっと早く歩くだけで間に合ったのに…と何度思ったことか。
ただそれもだんだんと慣れて行くもので、乗り遅れても次でいいかと思えるようになった。何なら電車が行ってすぐの方がホームのベンチが空いて、座って待てるじゃないかと思うようにすらなった。これは我ながら大きな成長である。
その3 妻のお腹をぶつけてはいけない
これは言うまでもないことだが、我々の場合は死活問題だ。不通に道を歩いていても、自転車や看板などついぶつかってしまうことはよくある。
これまではぶつかっても自分が痛いだけだと割り切っている部分があったが、今は全く話が違う。自分たちの手で守らなければならない命がそこにはある。
おかげで僕の「誘導」のスキルは少し上達したのではないかと勝手に思っている。全盲の僕が全盲の妻を誘導するなんて変な話かもしれないが、これまでもずっと我々はそうして歩いてきた。
ただ妻が妊娠してからというもの、二人で歩くことにそれまでとは段違いに神経を使うようになったのは言うまでもない。
そうしたおきてを守ることで、我々はちょっとした外出を楽しめるようになった。春から初夏にかけての心地よい空気を感じながら体を動かしたりもした。
そして季節はいよいよ夏へ。次回は我々にとって避けては通れないことのお話し。赤ちゃんを迎えるに当たって、最も重要な任務が控えている。
(続く)