もし目が見えたら何を見たいか
先日家族3人でデパートに出かけた。現在神戸の阪急百貨店で、全国のバウムクーヘンが集まる博覧会が行われているらしいという情報を妻が仕入れてきて、それに行ってみようという話になったのだ。
視覚障害のある我々だけでデパート内を歩くのは難しいため、目的が決まっている時はいつもスタッフの方の案内をお願いしている。インフォメーションで申し出ると、行きたいお店まで案内してくれるのだ。
阪急百貨店はどこもとても丁寧に案内してくれる。最近では事前に予約してもらわないと案内はできませんと言われるお店もあるが、百貨店に行くのに時間を決めなければならないのもどうかという思いもあって、梅田でも神戸でもいつも阪急さんにお世話になっているのだ。
催事場には文字通り全国からバウムクーヘンのお店ばかりが出店していた。こんなにもバウムクーヘンの店があるのかとびっくりするほどだ。
ママのだっこひもの中で眠そうにしていたひなちゃんも、催事場のフロアに着くや否や甘いにおいにつられて持たれかけていた頭をムクっと起こし、辺りをきょろきょろし始めた。
この後試食で買ったバウムクーヘンを全部ひなちゃんに平らげられるという落ちもあるのだが、それはいったん置いておこう。
催事場の一角にあるお店で商品を見ていた時だ。ひなちゃんが、我々が見ているお店とは反対側を必死に指さして「うー!うー!」と言ってきた。
最近では、外を歩いている時もテレビを見ている時も、いろんなものを指さして必死にそれを伝えようとしてくれる。でもひなちゃんはまだ言葉はしゃべれないため、それが何なのかを言葉では言えない。
我々も必死に考えを巡らせながら、時には想像をしながら
「今ひなちゃんの好きなわんわんが出てるんかねー」
とか
「そっちはひなちゃんが好きなエレベーターがあるね」
などとひなちゃんの指さしているものを言葉にしようとする。
ただそれにも限界があり、特に外を歩いている時などはひなちゃんが指さしているものが結局何かわからないことがほとんどだ。
その時も、ひなちゃんが指さしているものが何か見当もつかなかった。そこで案内をしてくれているスタッフの方に
「今子供が指さしている方には何があるんですか」
と聞いてみた。すると
「そちらはひな人形のコーナーです。ガラスケースの中にひな人形がたくさん並んでいますよ」
と教えてくれた。
その瞬間ハっとした。ちょうど我が家にも先日祖父母がプレゼントしてくれたひなちゃんのひな人形がやってきたばかりなのだ。家でもそのひな人形が気になるらしく、ケースの中を覗き込みながらひなちゃんなりに人形を歓迎しているようだった。
きっとひなちゃんは
「これ知ってるよ!家にもおんなじのがあるよ!ひなちゃんのと一緒」
と必死に伝えてくれていたのかもしれない。
もし目が見えたら何が見たいですか。視覚障碍者ならきっと一度は聞かれたことのある質問だろう。
僕もこれまで講演会などでも何百回と聞かれてきた。その度に答えに困った。富士山とか日本三景とか家族の顔とか、それっぽい答えはできてもいまいち自分の中で腑に落ちていなかったのだ。
今ならはっきりとこう答える。ひなちゃんが見ているものを一緒に見て共感したいと。
それが景色なのかキャラクターなのかひな人形なのかはわからない。ただその時々でひなちゃんが見ているものを同じタイミングでただ共感できたらなと今は思う。
そう思った時、やはり自分の子供は特別な存在なんだなと気づく。僕が育ったのは4人家族で両親も姉も目が見えていたが、同じものを一緒に見て共感したいと強く思ったのは人生で初めてだ。
これからひなちゃんが成長していくに連れて、こんな風に思う瞬間が増えていくのだろう。我々が目が見えない以上、わからないことはたくさんある。ただどんな時でも、ひなちゃんと一緒に同じものを見て共感したいという気持ちはずっと持ち続けたいと思った。一つの家族として。