九州の旅三日目 『おもてなしに満たされたオレンジ食堂』
オレンジ食堂には以前から一度乗ってみたいと思っていた。なにせ食事と列車を同時に楽しめるのだから、我々の旅に登場しないはずがない。食べることが好きな妻と、列車に乗ることが好きな僕。まるで我々のためにあるような列車だ。というのは言い過ぎだが、今回のオレンジ食堂の旅はそれ以上にとてもすばらしいものだった。
そもそもオレンジ食堂とは、熊本県から鹿児島県にかけて走る肥薩オレンジ鉄道の観光列車だ。地元の料理を味わいながら、沿線の風景をゆっくりと楽しむ。我々なりの言葉で言い換えるなら、沿線の空気を肌で感じる。これこそがオレンジ食堂の大きな魅力だ。
そしてもう一つ忘れてはならないのは、アテンダントさんのおもてなしのすばらしさだ。人とつながって旅をしている我々にとっては、特にこの要素は欠かせない。料理や景色の説明はもちろん、途中駅で散策に出かける際の案内や声かけなど、すべてにおいて再考の旅だった。
そして鈍行ファンの視点からいうと、ゆっくり進んでいくのもこれまたたまらない。新幹線ではたったの三十分で行ってしまうところを、あえて四時間かけて走るのだ。
出発の際
「九州新幹線では味わえない沿線の雰囲気をぜひお楽しみください」
というアナウンスを聴けただけで、もう熊本まで来た会があったというものである。
オレンジ食堂でのエピソードはとても書ききれない。僕のボキャブラリー不足のせいで、文章にすることで逆に陳腐になってしまいそうなほどだ。そこで一つ、最も心に残ったエピソードをここでは紹介したい。
オレンジ食堂は、沿線のいくつかの駅にしばらく停車して、その間に駅周辺を散策できる。列車の時間に合わせて地元の方が名産品を売りに来たりもしているので、それを見に行くのも醍醐味だ。
その中の一つ、薩摩高城駅は、肥薩オレンジ鉄道の中でも海に近いところに位置している。オレンジ食堂も終盤に差し掛かり、外はいよいよ雪も降り始めた頃、列車はその薩摩高城駅に到着した。
「鹿児島では珍しいんですよ、雪なんて」
アテンダントさんはそう言いながらも、寒い様子を少しも見せずに我々を駅の外へ案内してくれた。
「ここからはオレンジ鉄道が作った道を海まで案内しますね」
てっきり駅前で、列車の出発の時間に合わせて戻ってきてくださいと言われるのかと思っていた我々は、まずその言葉に感激した。
日常都会で生活していると、ここからは管轄外なので案内はできませんと言われることも少なくない。もちろんその通りなのだ。どこまでも案内していては切りがないし、それをいつでもできるわけではない。だからこそ、今回のアテンダントさんの心配りには感動したのだ。
オレンジ鉄道が作った未舗装の道を五分ほど歩くと、波音が耳に飛び込んできた。瀬戸内海のような内海の優しい音ではなく、いつか北海道のオホーツク海で聴いたような力強い外海の音。
「今目の前に広がっているのが東シナ海ですよ」
というアテンダントさんの言葉さえかき消されてしまいそうだ。
壮大な東シナ海の海が広がっている景色を想像しながら、寒さも忘れてその波音に聴き入った。
列車に戻った我々は、暖かいコーヒーで冷えた身体を温めた。その頃には、この列車の旅が終わってしまうことに寂しささえ感じていた。子供の頃、楽しかった遠足の帰り道に感じたのと同じような気持ち。こんな感覚はいつぶりだろう。
大人になると、初めてのことでもある程度は予測がつくし、知らず知らずのうちに楽しさに対する期待値も事前に決めてしまっている。だからこそ予想通りだと安心するし、期待よりも低いといまいちと思ってしまう。
今回のオレンジ食堂は、そんな我々の予想を遥かに超えるすばらしいものだった。今度は違う季節に必ずまた乗りにきたいと思っている。
(続く)