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九州の旅二日目 『見えなくても高所恐怖症にはなる』

 大分港には朝7時過ぎに到着した。そこから列車とバスを乗り継いで、高千穂に着いたのはもう11時半を回った頃だった。それでもフェリーで九州に入って公共交通機関で高千穂を目指す場合、おそらくこれが最速ルートだ。
高千穂に着いた我々は、まず一番に駅の傍にあるカフェに直行した。この流れ、以前のラベンダー畑でもあったような気がするのだが…。空腹と寒さに完全にやられていた我々を迎えてくれたのは、ご飯よりも先にストーブの暖かさだった。
そこでまずは身体を暖めてから、宮崎といえば誰もが思いつくであろうチキン南蛮をいただいた。
美味しい料理とストーブのおかげで完全に生き返った我々は、食後のコーヒーまでゆっくりいただいて、気がついたら二時間近くも長居していた。いよいよグランドスーパーカートへの乗車である。
 その前に、グランドスーパーカートの説明を簡単にしておきたい。旧高千穂鉄道という列車が走っていた廃線跡を利用して、小さなトロッコ列車を運転しているというアトラクションだ。
それのどこがアトラクションになるのかというと、途中に高さ105メートルの高千穂峡を渡る。深い谷を見下ろしながら絶景に感動するもよし、怖さで震えるもよし…。
絶景が見えない我々は何を楽しんだか。それこそが今回最もお伝えしたいポイントである。
そもそも廃線跡にこんな変わった乗り物を走らせているというだけで、鉄道ファンの僕にとってはこの上なく面白いのだが、妻と共通して楽しめた点は、高千穂の空気を全身で感じられたことだ。山の匂いの中を走っていると思ったら、生暖かいトンネル内は土の湿ったような匂いがしたりと、それだけで空気の変化を楽しめる。
加えて係の方のユーモアあふれる解説は、我々の旅気分をいっそう盛り上げた。
カートから見える景色や高千穂にまつわる神話、時にはカートのスタッフとしての時給の話しまで、笑いも交えながらたくさん解説をしてくれた。耳でも楽しめる観光である。
そして一番の見どころ、高さ105メートルの高千穂峡のど真ん中で停車している時の風の音といったらなんとも表現できないものがある。風が吹いているのに音がしないと言った方が感覚としては近いかもしれない。
普段の生活では何かしら必ず風を遮るものが近くにあるし、風で揺れる葉の音や、大阪のど真ん中では飛ばされる空き缶の音がしたりもする。そんな音が全くないのだ。
加えて左右も上下も何もものがないということは、自分が発する声や音が反響することもない。音の反響で普段身の回りの状況を把握している僕にとっても、高さを感じるには十分な要素がそろっているのだ。
ちなみに言うと、僕は高いところが苦手である。子供の頃は三ヶ月に一回は高いところから落ちる夢を見て飛び起きていたものだ。きっと前世では高いところから落ちて生まれ変わったに違いない。
そんな僕があえてこの高千穂峡に行ったのは、やはり乗り物への好奇心にはかなわなかったからだ。その予想を裏切らないぐらいに、鉄道ファンとしても楽しめる要素が詰まっていた。
昔の特急の車内で流れていた鉄道唱歌のチャイムを使っていたりと、それだけでもう高千穂まで来た会があったというものだ。
そんなこんなで約30分のグランドスーパーカートのツアーはあっという間に終了した。
 カートを降りた我々は、ゆっくりする間もなく次の目的地である熊本へと向かった。我々の旅は乗り物か食事か温泉しかないというのは毎度お決まりのことだが、この日はいつにも増して移動が多い日となった。高千穂から熊本へは高速バスで二時間半。熊本に着く頃にはもう夜になっている。バスを降りてから食べる馬刺しの店などをネットで調べているうちにいつの間にか寝てしまったのだろう。気がつくとバスは先ほどの山の中とは打って変わって、何度も信号で停車しながら熊本市内の街中を走っていた。
(続く)

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