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赤点とっちまった
「あ゛あー、もうやってらんないぜ」
彼はついそう愚痴ってしまった。
「どうしたの?」と彼女
彼と彼女はギターの弾き語りなどをする音楽ユニットを結成している
高校三年生
「それがさー、また数学赤点とっちまったんだ。あれだけ勉強したから
今回は平均ぐらいはいくと思ったのによー」
彼女はくすっと笑ってから、いった。
「なら、その気持ちを曲にでもしてみる?」
ん?
彼の頭の中で電球が光った。
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それから数か月後、彼と彼女はとある市民ホールの楽屋にいた。
その日はとある市の音楽祭が開かれることになっていた。
出演者は彼ら含め八組程度だった。
そして、彼と彼女の出番となり、ステージに出て一曲目を演奏し終えた。
そして彼女が自己紹介のために喋り始めた。
「どうもこんにちは。私たちは二人で〇〇××です。
えっと、何話したらいいかよくわからないですが・・・」
すると、
「じゃいいよー、話さなくて。次の曲早く聴かせてー」
と客席から男性の声があがった。
「あ、じゃあ次の曲やります。次は"赤点とっちまった"」
と彼女がいうと、
「それそれー、それ聴かせてー」
と、また客席から声が聞こえた。そののち、観客はいくらかの笑いに
包まれた。
観客に渡されるパンフレットには、出演者と演奏予定曲が書かれていた。
客席から声をあげた男性は恐らくパンフレットに目を通していたのだろう
彼と彼女のユニットは二曲目に"赤点とっちまった"を演奏する予定だった。
そして彼は歌い始めた。
"教科書に線引いて三回も読んだのに~♪"
"ドリルもやったのに~♪"
"平均点はとれると思ったのに~♪"
"赤点とっちまった~♪ なんていいわけしよう~♪"
歌詞の内容とかとはちょっとイメージの違う、割と陽気でいくらか
コミカルで少しゆったりめのテンポの曲だった。
客席からおおー、という声に続いていくらか拍手が起こっていた。
そして彼は歌い終わり、どうもありがとうございました、と告げると
客席から大きな拍手がわきあがった。
"あんなきっかけで作った曲なのに、こんな形で大ウケするなんて・・・"
彼は心のなかでぽつりと呟いた。
そして予定の曲が全て演奏し終え、最後のMCで彼女は話しはじめた。
「今日は本当にどうもありがとうございました。私たち二人は高校卒業
したらユニットどうしようかって考えてたんですけど、やっぱり卒業しても
続けていこうかなって思ってます。」
そういうと、大きな拍手とともに、いいぞー、とか、続けてくれー、とか
いう歓声もあがった。
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彼と彼女は楽屋を出て、市民ホールの裏口から外に出た。
外へ出るとすぐに喫煙コーナーがあり、一人の男がタバコを吸っていた。
二人はあっ、と顔を見合わせた。"赤点とっちまった"を早く聴かせてくれ、
といっていた男性のようだった。
二人はその男性に近づき、先ほどはありがとうございましたといった。
男が、ん?というような反応をすると、彼はあの歌聞きたがってくれて
ありがたかったですとか彼女があの一声で気が楽になって演奏できました
などというと、それならよかったとその男がいった。
そして彼が失礼ですけど、と断りを入れてから聞いた。
「おじさんも赤点とったことあるんですか?」
その男はもちろん、といったのち、自慢げに言うことじゃないけどね、と
つけ加えた。
三人は喫煙コーナーで笑っていた。
三人の笑い声と煙草の煙が空へと消えていった。
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あれから数年経ち、彼と彼女は不定期ながらいまだに音楽ユニットの活動を
続けている。
彼は、久しぶりのリハーサルをするための場所へ向かっていた。
途中、あの市民ホールの前を通りがかると、そこではなんかの音楽祭を
やっていた。
彼は市民ホールに立ち寄ると、裏口の方へ回ってみた。
市民ホール自体は数年前と変わらず存在しているのに、裏口にあった
あの三人で笑いあった喫煙コーナーは無くなっていた。
どこか別の場所に移動したのかも、と思いいくらか探してみたが、
喫煙コーナーはその市民ホールのどこにももう無かった。
と、時計が彼の目に留まった。
「そろそろ行かないとリハーサルに遅れるかもな」
そう呟いて彼はリハーサル場所へ向かった。
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