「事実」と「意見」が分けられない人が多いのは当然かも?
以前、こんな記事を書きました。
「事実」と「意見」を区別できるということは、こと仕事においてとても重要なことです。
私はメンターの先輩にみっちり鍛えていただいたおかげで、このことにおいて苦労することは少なくなりました。
ただ、「事実」と「意見」が分けられない人はやっぱり多いように思います。
ある日、いつものように後輩と話していて、やっぱりどうも事実と意見がぐちゃぐちゃだなぁと感じていたとき、ふと思ったのです。
・・・「事実」と「意見」が分けられないって当然かも?
みなさんはどう思いますか?
世の中は「事実」と「意見」で入り乱れている
私が「当然かも」と思ったのは、メディアが発信する情報がそうだからです。
特にテレビのワイドショーなんかが顕著ですよね。
ニュースを読む人がいて、コメンテーターがいて、この2者がセットになって成り立っていることが多いですよね。
「事実」のあとには必ず「意見」がついてくるのです。
ネットニュースなんかもそうです。
事実に加えてライターの意見なども含まれています。
その方が記事が面白くなりますしね。
新聞なんかは比較的事実だけが記載されているかもしれませんが、今は新聞から情報を得ている人はそう多くありません。
そんな世の中に生きていれば、「事実」と「意見」が混ざってしまっても当然なのかもしれません。
大人の世界も案外当てにならないものです。
私の場合は素敵な先輩に出会えて本当によかったと思っています。
今の世の中は「真実」も見極める必要がある
さらに、今は「事実」と「意見」だけでなく「真実」かどうかもちゃんと見極める必要があります。
現代の日本の情報源は、
TwitterやInstagram、TikTok、YouTubeなど、SNSが主流です。
誰でも自由に発信できる世の中です。
あたかも本物のニュースのような動画があったり、
ちょっとした噂話が拡散されて事実のようになっていたり。
当たり前のように大量に入ってくる情報の中から、
「事実」だけでなく、「真実」を取り出すことが難しくなってしまっているのではないでしょうか。
YouTuberですら、「YouTubeはエンターテイメントですから」なんて言わなければならない始末です。
気軽に情報発信ができる現代だからこそ、受け取る側のリテラシーがとても重要です。
メンターと呼べる人はいますか?
私は、メンターの先輩がいて良かったと思っています。
先輩にみっちり教えていただいたおかげで、今まではあまり気にしていなかった「事実」と「意見」を区別して認識するくせがつきました。
学校では、勉強や協調性なんかは学べるかもしれませんが、社会で生きていく・働く上で大事な術はあまり教わりません。
それに、ちょっと学校で教わったからといって身に付くものでもありません。
繰り返し挑戦して失敗を繰り返していく中で、自分のものになるのです。
そんなとき、自分が間違った方向に行かないように、過度な失敗をしなくてすむように、道標になってくれるメンターの存在は偉大です。
自分が理想だと思える人をメンターにすることが、この混沌とした世の中を生きる一番大事な術なのかもしれません。