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SF小説「ジャングル・ニップス」第2章、4

ジャングル・ニップス 第二章 オン・ザ・ロード

エピソード4 ポチ

早く着いた。

浄水所の横を通り、印旛沼沿いの道路にはいる。

サイクリングコースに沿って細い車道がある。

道に沿って砂利がひかれた駐車スペースが続いている。

タイヤに潰され砂利がはぜる音が心地よい。

すでにクルマが数台駐車してある。

道路右側に広がる水田はすでに田植えが終わっていた。

派手な車だなとショーネンは思った。

ロードサイクルを二台積んだ黄色のRV車が、ユックリと前から向かってくる。

ヤスオが徐行して駐車場側に大きく避けてやり過ごすと、駐車場の奥を、長靴を履いた地元の爺さんが、甲斐イヌを連れて散歩していた。

甲斐犬が草むらに向けていた鼻を上げてこちらを眺める。

作業着風のチョッキと蛍光オレンジの派手なメッシュキャップ。

爺さんはたぶん猟友会のヒトだろう。

四街道、佐倉の辺りの地元には、なぜか純血の甲斐犬を飼っている農家が多い。あの虎模様は、虎毛とか中虎毛とか言うらしい。

甲斐犬は愛護団体で守り続けられているれっきとした日本犬だ。

日本の猟師達に最も信頼される犬種であると聞いたことがある。

ドアにもたれて頭を半分風に晒しているエースケさんの顔を見て、爺さんがヨウッという感じに手をあげた。

「知り合いですか?」

ショーネンは一応、訊いてみた。

「たぶんダレかと勘違いしているんじゃないかな。」

爺さんに手を振るエースケを横目にヤスオが答えた。

「たしかあの爺さんワラビさんとこの次男坊だよ。」

エースケがつぶやく。

「ワラビさんですか?」

「ああ、蕨さん。」

「なんかカッコイイ名前ですね。」

「オマエもクラスに一人ぐらいいなかったか。」

「ワラビ。記憶にありません。」

「この辺は変な名前が多いからな。」

ヤスオはバックミラーでワラビさんと甲斐犬の姿を眺めている。

ショーネンも体を捻りワラビさんと甲斐犬を眺めた。

片手にスコップとレジ袋を持ってワラビさんがテクテクと歩いている。

ワラビさんは犬が分かっている人だ。

リードのたるみを見れば理解る。

甲斐犬がワラビさんの脇にピタリとついて離れない。

「ポチって名前らしいよ。」

エースケが付け足す。

犬は生まれた順番で性格が決まると、何かで読んだことがある。

「それであの爺さんは本当に蕨家の次男坊なんだろうな?」

オマエが聞くかよ、そんな顔をしてエースケがヤスオの横顔を睨んだ。

ポチって名前もあの甲斐犬には似合わない。

沼が見えている。

湖のように見えるが、昔からここは印旛沼と呼ばれている。

定植された桜並木と白いフェンス、その向こうがサイクリングコースだ。

おそろいのサンバイザーを被ったオバサン二人が大股で歩いている。

三台のロードサイクルが二人を追い越し景色から消えていった。

「キヨシロウもあんな派手な格好してロードサイクルに乗っていたって知っていたか?ショーネン。」

「いえ、昔、自転車を盗まれた話を伺って、オレは初めて知りました。」

「死んじゃったなんて許せないよな、ヤスオ。」

「ああ、いまだオレも許せていない。」

ヤスオさんは田んぼを眺めている。

「キヨシローッ!」と空に向かってエースケが叫んだ。

オバサン二人が驚いて顔を見合わせているはずだ。

キヨシローさんが亡くなってすぐ、マイケルが逝った。

オレにはマイケルの死のほうがショックだった。

忌野清志郎の存在に興味を持ったのは、この二人に出会ってからだ。

キヨシロウさんの舞台や歌より、それに影響受けた人達が見たその姿に興味を持った。

飲みながら歌を口ずさむ姿とかに触れると、何かとても純粋で大事なモノを皆が感じていたのだとすごくわかる。

マイケルのイメージはメディアに、これでもかと泥で汚され踏み潰され続けたが、キヨシローさんのイメージはファンの中で輝き続けている。

二人と話しているとそれが良くわかる。

魂がまだ輝いている。

眩しいくらいだ。

田んぼには、まだ苗が植えられていない部分が広くのこっていた。

水も入れていないところをみると、畑にするつもりなのかもしれない。

ヤスオがバックミラーでショーネンの眼を見て、前を観るよう指示をする。

風車だ。

印旛沼のほとりにはまったく似合わないレンガ造りの巨大な風車が見えてくる。

その向こうの線路を成田から上野まで行く京成の通勤快速がトロトロと走っている。

「ヒノショーヘーのあのサイクリング番組いいんだよなあ。あの手紙読むところ、毎回やられんだよホント。都会に出た娘がさ、喧嘩して、あやまれる前に死んじゃった、田舎の頑固オヤジとの想い出の場所とかをよ、あれ、泣かずにいらんないよなヤスオ、ちくしょう、印旛沼とかでもロケやったのかなぁ、ショーヘイさんと酒飲みてえなあ。鰻とかつついてよ。必殺仕置人のロケ話とかしてくんないかなあ。でところでよぉお、なぁんでキミ、さっきの電車、ツーキンカイソクって思ったの?」

エースケが質問する。

「あれで遅出の日は通勤してたんす。」

あれは勝田台まで普通でそこから特急になる。

「そうだそうだ、昔オメ、ゾゾタウンの服飾デザイナーやってたんだもんな。」

「いえ。ディズニーの装飾部で塗装です。」

あんまり思い出したくない過去だ。

そうだ・そうだ・デズニ・デズニ・そうだそうだ・デズニデズニ

エースケが単調なリズムでそれを繰り返す。

そうだよ・そうだよ・デズニで・デズネィ

デーズニ・デーズネ・ネー・デズ・ネ・デズー

フィナーレを探しているようだ。

デズネ・ズ二・ズ二・デズネのネズミーィ・デズニ・ズネズネ・野ネズミキスミー

早く終わってくんねえかな。

「ヤスオ。最後のキスミーのミー、あれ英語。アルファベット表記でお願い。」

ヤバイ、馬鹿すぎる。

悔しいけどまた笑わされてしまった。


つづく。


未読部分はこちらから。


ありがとうございます。