SF小説「ジャングル・ニップス」3−7
ジャングル・ニップスの日常 第三章 作戦会議
エピソード7 ヒーロー
エミさんが、二人をコミュニティーセンターへ送りに出てから、店内が少し寂しくなった。
だめだな、また奥歯をいじっている。
ボーッとしていると舌が勝手にいじり始める。
銀歯が取れて何年たっているか分からない。
歯医者は無理だ。
良く生真面目に通ったもんだ。
毎月だ。
律儀に毎月通っていた。
三時間は必ず待って、検診は長くて15分。
最近どうですか。体調に変化はありませんか。睡眠時間はどれくらい取れていますか。
どうでもいいんだ。
似たような奴らが、ベンチで俯いて待っている。
細かい所まで構っていられるはずがない。
なんで病院の診察室は、狭い場所にかたまっているんだろう。
どこもあんな陰気で惨めなデサインなのだろうか。
オレの心理状態が、景色を歪めていただけかもしれない。
センセイに出会わなければ、まだ毎月あそこに通っていたんだ。
あんな場所には二度と行きたくない。
病院にあれから行ったことがない。
とっくに10年過ぎている。
歯医者なんて、まだ無理だ。
医者に向かって無防備に口を開けるなんて、考えただけでゾッとする。
「また考えすぎてんぞ。」
エースケが誰に言うともなくそう言った。
またやってた。
寂しく感じるのは、太陽が登って、光が入らなくなったせいだと、ショーネンは思うことにした。
「そう言えば、ピーター・メイヒュー、お亡くなりになりましたね。」
トシが皿を下げてテーブルに戻るとそう言った。
「うん。突然で驚いた。」
ヤスオがそう言ってライターを手に取った。
「あの、ピーター・メイヒューさんって、どなたですか。」
「チュー・バッカ。」
ショーネンが訊くと、エースケが答えた。
「スター・ウォーズのチューバッカを演じた名優だ。今月始め、いや先月終わりか。オレもショックでヤスオにすぐ電話したよ。」
「エースケさんとヤスオさんには、ショックが大きかったでしょうね。ボクなんかは、亡くなってから、このヒトがチュー・バッカを演じていたのかと知った口なんですけど。でも、あれからスター・ウォーズのトリロジーを見直して、その存在感っていうか、その偉大さにまったく気づいていなかったんだなんて、正直、驚いて、何度もミレニアム・ファルコンのシーンを観てしまいました。」
ヤスオが灰皿を指差してショーネンにお前も点けなと仕草で知らせる。
「うん。そうだね、ワタシも、始めの三作を見たよ。作業中、音楽代わりにたまに観てはいたけれど、久しぶりにテレビの前に座って。うん。スター・ウォーズはやはり神がかっているなと改めた思ったよ。」
二人がヤスオの言葉に頷くのを見て、ショーネンも何か言おうかと思ったが、スター・ウォーズにはあまり興味なかったため、だまって煙草を吸うことにした。
「巨人がパントマイムで演技していたんだもんな。2メートル20センチ。今でこそ、NBAのプレイヤーとか、そのくらいでデカイ連中いるけど、当時にしてみれば、まさにアノマリーだ。」
エースケが言うと二人が静かに頷いた。
アノマリー。異常個体。日本語で言うとそんな感じか。
「フォースの覚醒だって、ああだこうだ言ってた奴多いけど、あのハン・ソロが殺られた時の、チューイの怒りと悲しみ。あれだけで、あの映画は成功してるよ。あのシーンのためにあの映画はあるみたいなもんだ。」
エースケがそう言ってコーヒーを口に運んだ。
「ジェダイの騎士失格。コーヒー空っぽじゃんよ。」
エースケがカップを見せてそう言うとトシが軽く微笑んだ。
「ショーネン。チュー・バッカがどんな存在なのか、キミ達の世代はどのくらい知っているのかな?」
ヤスオが煙草に火を付けながらそう尋ねる。
「ハリソン・フォードと旅をしているんですよね。」
トシはカウンターに戻った。
「うん。まあ、そんな感じだけど。聴きたかったのは、チューバッカが私達、オヤジ世代にとって何を意味していたか、そこを理解しているか。そういう所なんだ。」
「誇り高き森の賢者、偉大なるウーキー族の戦士、チューバッカ。」
エースケはスマホをいじっている。
「そう。高潔なる勇者であり、ミレニアム・ファルコンの修理をするエンジニアでもある、偉大なるウーキー族のチュー・バッカ。でも映画を観ることが出来ないヒト達には、言葉も話せなくて感情的。原始的で野蛮な異星人なんだ。」
「ああ。惑星エンドアのイウォークの背が高い版くらいにしか理解してない奴もいるからな。」
エースケさんがスマホを手に、槍を投げるポーズをしたが、何を意味しているのかピンとこない。
「チューバッカの民族、ウーキー族はね。差別的な人種に奴隷、いや、獣として売り買いされる種族なんだよ。言語理解力はヒト並、むしろヒト以上に優れているかもしれない。光の1.5倍のスピードを出す宇宙船を修理できるエンジニアで、優秀な副操縦士。でも、一般言語は骨格が違うから話せないんだ。」
ハリソン・フォードとの会話はそういう設定だったのか。
「いや、ヤスオそこは違うだろ。オレも昔はそう思ってた。前も言ったけど、誇り高きウーキー族は、ベーシック言語を話せる。でも、あえてそれをしないだけだ。トシ、本当はチューバッカ、宇宙の基本言語はペラペラなんだよな。オマエも前、そう言ってたよな。」
「いいえ、ボクは、エースケさんのその説を聞いて、そうやって観たほうが、映画がより面白くなるなって思って、賛成したんです。」
コーヒーを淹れながらトシがそう答えた。
「オマエって、そういうとこクールで冷たいよなぁ。」
トシがまた笑う。
「ショーネン。キミの世代には分かりにくいかもしれないけれど。ワタシ達にとっては、チューバッカをパートナーにしているから、ハン・ソロはカッコ良かったんだ。たぶんそれは、全世界の人達もそうだったんだと思う。スター・ウォーズは昔の映画だから、白人以外の民族は皆、異星人として描かれているように見えるし、そこを批判する人も多いんだけど。」
「ランド・カルリジアン以外全員白人だもんな。」
イマイチ、ヤスオさんが何を言おうとしているのか分からない。
「でも、何度観ても、ワタシには、あの信頼関係がステキに見える。そういう部分は、万国共通なんだろうと思っている。」
ハリソン・フォードとチューバッカの信頼関係か。
「阿吽の呼吸みたいな、ですか?」
「うん。いや、何ていうか。まあ、そうだな。当時はまだ、SF映画が今みたいに、毎年何本も観れる時代ではなかったし。ショーネンくらいの歳だと、たぶん想像するのは難しいだろうとは思うけれど。スター・ウォーズとか、そういう映画についてオヤジ世代が話す時は、感動というか、その映画をその時代に観て何が変わったとか、そういう所をどうしても話たくなるんだ。でも残念ながら、ワタシでは上手く伝えることが出来ないみたいだな。」
「なんか、分かるような気がします。」
大事な何かについて話しているのは良く分かる。
スター・ウォーズは全作、一応観ているけど、最近観たローグ・ワン以外はあまり印象に残ってない。
「まあ、ヤスオやオレみたいなジジイになるとよ、感動することもあんまなくなるから、ずっと昔に感動したこと引っぱり出してきて、想い出に浸っているだけでもあるけど。でもよ。あれだ。チューイーは本物のヒーローなんだよ。分かるかショーネン?チューイーとハン・ソロは密輸業者のアウトローだ。悪人とも取引して暮らしているしな。」
「はい。」
「なんて言うか。でもそれは帝国の、いやつまり、中国共産党とか、アメリカやNATOみたいな、圧倒的権力に宇宙が支配されていて、自由を選ぶには覚悟が必要なんだ。流れで、まあ、たまたま巻き込まれてか。帝国、つまりファシストと闘うんだよ。宇宙帝国に対するレジスタンスな。まだ小学生とか中学生とかだったけど、チューイもハン・ソロも、オレ達が憧れた偉大な勇者だったわけだ。本物のヒーローだったんだよ、映画のキャラとかそんなレベルじゃなくてな。」
「なるほど、そうですよね。エースケさんとヤスオさんは、当時、小学生のリアルタイムですよね。それは衝撃が違うはずですよ。」
トシが嬉しそうにそう言った。
「うん、少し上の世代は、キューブリックやリドリー・スコットの衝撃なんだろうけど、本当にワタシとエースケの世界を変えたのは、まだ子供の頃に映画館で観た、スターウォーズなんだよ。」
「間違いないね。」
そう言ってエースケが差し出したスマホの画面をショーネンが見ると、クロスボーを持ったチューバッカの写真がそこにあった。
つづく。
ありがとうございます。