SF小説「ジャングル・ニップス」3−9
ジャングル・ニップスの日常 第三章 作戦会議
エピソード9 オールドファッション
「気にしなくていいよ。入って。」
小柄な中学生がオズオズと現れた。
あの中学生だとショーネンは気づいた。
さっきぶつかりそうになった、あの男の子だ。
「トシクン、この子ベンチでグッタリとしていたから、お水飲ませてあげたいの。」
中学生が顔を下げたまま店内の気配を伺っている。
「日も照ってきたしね。外で座っていると思うと、心配になっちゃうから、お願い。そこに座ってお水だけ飲んで。」
エミがそう言って中学生を中に入れる。
元気がなさそうだとショーネンは思った。
「この時間はお客さんもあまりこないし、そこに座っているといいよ。」
トシが言うと中学生はコクリと頷いた。
エミが背中に手を添えて、中学生をカウンター席のスツールに座らせている。
「そうだ。レモン水を飲めば良くなるから、ちょっと待っていてね。」
そう言いながらエミはカウンターに入り、トシに何かを呟いた。
わざわざ戻って来てベンチに座ったのか。
オレが店に戻ってまだ30分くらいだろうか。
気分が悪いならボックス席に座らせてあげればいいのに。
「オレさあ、少しだけでいいんだけど、何か甘い物食べたいんだよな。トシ、何かない?」
エースケが唐突にそう言った。
「甘いものを少量ですか?そうですね。そうだっ、ドーナツがあります。」
「ドーナツ?何ドーナッツ?」
「えっと、オールドファッションで分かりますか?」
「甘すぎないない方?」
「そう、そっちです。でも、砂糖がまぶしてあったかな。」
「それオレ達全員分ある?」
「小袋に入った駄菓子なんで沢山ありますよ。」
「エミちゃん、それ貰っていいかな。」
エースケがエミに尋ねた。
「いいよ、カワグチでいつも安売りしているし。」
中学生がメニューを見ている。
「ちょっとだけ待ってね。日射病にかかっているといけないし、レモン水を用意するから。」
中学生が頷いたように見えた。
オレが店に戻るまでどこかで待っていたのだろうか。
ショーネンが話そうとすると、エースケは人差し指を立てて、動かぬよう指示をした。
エミが食器棚を開き、何かを取り出している。
「これに、お水と、レモンと、お塩を少し入れて良く振ると、元気が出るお水になるから待っていて。」
カクテルシェイカーを見ると、中学生はスミマセンと細い声でエミに言った。
中学生からは、どこか虚ろな印象を受けるが、日射病や熱射病にかかっているようには見えない。
ショーネンにはエミの行動が不思議に思えた。
「これ使うとなんだか楽しい気分になるのよね。」
エミさんはスクイーザーでレモンを絞っているようだ。
中学生がエミの手元を眺めている。
「お水を注いで塩を一摘み。蓋をしめて、それからこの蓋ね。」
エミはそう言うと、目を閉じてシェイカーを振り始めた。
氷なしではあまり音がしない。
エミの姿がどこか滑稽に見える。
ドーナッツの袋を持ったトシは、カウンターを出ると、何かに気づいた素振りを見せて、ノートパソコンをいじり音楽をかけた。
「ああ、この曲なんて言ったっけ?」
控えめなギターメロディーが流れている。
「えっと、イーディー・ブリケル&ニューボヘミアンズのワット・アイ・アムです。」
少女が歌い始め、トシはテーブルに来てドーナツの袋を開けるとそのまま置いた。
「これ、オマエの店でよくかかってた気がする。」
「店なんてそんな。でも、昔から好きな曲なんでかけていたかもしれません。」
「ショーネン。トシな。アパートで食堂もやってたんだよ。」
「食堂ですか?」
エミはまだ目を閉じたままシェイカーを振りつづけている。
「そう食堂。アイツラ勝手に集まるようになったんだよな?」
「ですね。カニクリームコロッケとか、集まりに持っていっていたら、いつの間にか。」
「ブルドッグチューノーと、キューピーマヨな。」
「ははっ、懐かしいっす。」
「アイツなんて言ったっけ?学生の頃、習字に目覚めて、日本で暮らしていたって中年の奴。」
「それ、ランス・サトリです。」
「そう。悟りって自分のこと呼んでんだから、マジウケたよ。」
「ですね。禅とかの話より、アイツの陰謀論は最高でした。」
「だよな、アルゼンチンのナチスとかよ。」
「はい、出来たよ。」
エミがそう言うと、トシはエースケに頷きトイレに向かった。
「これ酸っぱいからね。体が弱っているし、少しづつ飲んでね。」
そう言ってエミがコップを渡すと、中学生が素直に頷いた。
「エースケさん、ランス・サトリって何者ですか?」
「ああ。コメディー番組のシナリオライター。変わった奴だったんだ。」
エースケは水を口に含む中学生を眺めながらそう答えた。
「ランス・サトリ。スゴイ名前ですね。」
「そうだな。アイツは変わり者だった。」
エースケがつまらなそうにそう言うとヤスオは眼を閉じた。
「ゆっくりと飲んでね。酸っぱいけど。気持ち悪くなったらこのボールに吐いていいからね。ちょっとずつ、ユックリと飲もうね。」
ステンレスのボールをカウンターに置くエミを見て、中学生がまた水を口に含んだ。
トシが水色のバケツを持ってトイレから戻り、エースケの横に腰掛ける。
「がんばったね、残りもう少しだね。気持ち悪くなったら戻していいからね。吐いちゃえばいいからね。大丈夫だからね。」
エミが励ますと、中学生はまた少し水を口に含んだ。
トシとエースケはジッと中学生を観察している。
「この曲いいな。」
エースケがボソリと訊ねる。
「ビーチ・ハウスって、最近ユーチューブで知ったばかりのデュオの、スペース・ソングって曲です。」
トシは中学生から眼を離そうとしない。
「いい感じだな。ヤスオの絵と相性が良さそうだ。」
「2001年宇宙の旅の映像をこの曲に重ねているユーチューブビデオ、けっこうカッコイイですよ。」
「良く頑張ったね。酸っぱかったでしょ。偉いね。」
「チューガクセー。この曲スペース・ソングって言うんだって。カッコヨクない?」
中学生が驚き振り向くと、エースケはピースサインをして笑顔を見せた。
「この曲、カッコよくないか?」
中学生は少し音楽に耳を方向けると、エースケに頷いた。
「だろっ?カッコイイよな。ダイジョーブだ。そろそろ我慢をするのやめて、全部吐いちゃいな。」
エースケがトシの足元に置かれたバケツを指差している。
中学生がエミの顔を確認し、背筋を伸ばし座り直した。
「たぶん、ボク、吐きそうです。」
「そうしな。全部吐いたらスッキリすると思うよ。」
トシが立ち上がり、中学生にバケツを渡す。
「スビマセン。」
中学生はトシに頭を下げると、背中を丸め、バケツにゲロを大量に吐いた。
つづく。
ありがとうございます。