SF小説「ジャングル・ニップス」2−7
ジャングル・ニップス 第二章 オン・ザ・ロード
エピソード7 キツネ
「ホクロで分かります。ホクロがなかったら、分からないかもしれません。」
サキさんが、立体駐車場の急な坂を、オレの手を引きながら登っていく。
「ホクロが目印だと気づいていました。」
白衣の胸ポケットに赤と青のホワイトボードマーカが刺さっている。
坂の上の空は白く輝き、5人のサキさんが待っている。
「ないしょですよ。」
「はい。」
「ぜったいないしょですからね。」
6人のサキさんが笑い、1人になり、いなくなった。
「ショーネン氏、遠くにいるのか。」
ヤスオさんが横にいた。
眼の前を川が流れている。
階段に腰を下ろして煙草を吸っていたようだ。
「ずっと川をみつめていたよ。」
煙草の灰が根本まで伸びている。
「火傷するよ。」
ショーネンが煙草をコンクリートで揉み潰す。
「何か見えたのか。」
「夢で医者に会っていました。」
ヤスオは頷き、ゆっくりと腕を伸ばすと、ライターを少年の目の前にかざし、カチリと火を灯した。
「暖かいな。ここは気持ちいい。」
たしかに気持ちいい。
「川もきれいだ。温かい。疲れたから。すこしそっとしておいた。眠くなる。川はきれいだ。鳥が鳴いて。そろそろいいと思い声をかけた。まだ見えるな。いい風だ。時間もある。あたたかい。もう一度戻ろうか。」
サキさん、五人のサキさん、駐車場、空、車と、本、図書室だ。
図書室で話をした。
「ショーネン、どこにいる?」
「図書室のテーブル。個室です。話を聞いていた。本が並んでいる。サキさん、お医者さんは、看護助手です。白衣を着ていますが、普段はカジュアルな格好。正規の看護師ではなく、絵画療法のクラスで助手をしていました。」
「部屋は明るいのかな。」
「普通です。窓がない。蛍光灯の光。サキさんが、ファイルを閉じて、図書室から出た。廊下を通って、地下駐車場です。古い車が沢山ある。暗い坂道をたくさん登って。ずっと上に行った。屋上で五人のサキさんが待っていました。」
「サキさんをキミはどう思う?」
「薬漬けで、考えたりすることができなかった。だから誰ともあまり話さなかった。クラスで母親の絵を描かされた。次のとき、サキさんのファイルの中に、絵のコピーが挟まっていた。」
「そのファイルに何かみえるね。」
「クリアなマニキュア。綺麗な指。爪が虹色に光っている。分度器と計算機。ミリタリーのワッペンがある、これはどこの国のだと何度か訊いた。」
「文字は見える?」
「すごく細かい。小さい文字。何ページもある。迷路のデザイン。渦巻きに見える。ファイルは重たい。読めない。オレはずっとサキさんといた。昔からここに連れてこられた。子供の頃、色んな絵本を見せられた。」
「どんな絵本かな?」
「山、ずっと地平線の絵。クジラの絵。」
「他の本は?」
「歴史。童話。昔話です。金の文字で読めない。地下駐車場で、戻って一冊持って帰ると言うと、次の時にと言われた。」
「なにか他に駐車場で話した?」
「アメ車に乗っていたとウソを言った。」
ないしょですよ。
「どんな車だった。」
「銀色。マスタングの銀色。」
ぜったいにないしょですからね。
「あまり、それから、サキさん達が待っていて、ちょっと驚いた。」
ヤスオがライターを消した。
「このくらいにしておく。そのうち何かに気づく。その時ゆっくり話してくれ。」
ショーネンがヤスオに頷く。
「たしか、あの店の前に自動販売機があったよな。」
「はい、二台あるはずです。」
祭り太鼓だ。
少年野球の格好をしていた。
鬼が沢山、祭り太鼓を叩いていた。
交差点、東西南北、道が鬼で溢れていた。
ヤスオさんが何か言った。
背の高い神輿。
祇園祭の山車みたいのがあって、何かがいた。
「はい?」
「販売機で、お茶を買ってきな。」
烏帽子をつけたキツネだ。
白い狐が朱塗りの盃をなめていた。
「オレ、トイレに行きたい感じです。」
ヤスオがうなずく。
ショーネンは立ち上がると、空を一度見げ、フラフラと店に向かって歩いていった。
つづく。
ありがとうございます。