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盛岡人狼会ディプロマシー合宿21/02/27

念願叶って実現したディプロマシー合宿でのゲームの様子を記録の意味も込めてワタクシ、エディフ視点で語ります。

プロローグ

勝負は国決めのクジを引く時から始まっていた
ワタクシは5人目でクジを引いた
ワタクシが引いたのは残った中で、いや全7ヵ国の中で一番避けたかったオーストリア・ハンガリー(墺)だった

「あ、終わった、」

ワタクシにとってディプロマシーは3回目。

過去2回、その両方とも一番最初に滅んだのがこのオーストリア・ハンガリー通称オーハンだった。4ヵ国に囲まれたこの国が経験豊富な方が担当していても そのスキルを発揮する間もなく滅んでいくのを目の当たりにしてきたワタクシはオーハンだけは避けたかった。

「うん、今回は一番最初に滅ぼされないことを目標にしよう」

ワタクシは優勝という目標をすぐさま下方修正した。

そんな時、思わぬことが

8人目でクジを引いた なかじさんが(墺)を引いて来てくれたのだ。
不安だったところに相棒ができて嬉しかった

なかじさんは「オーハンだけはヤダ、オーハンだけはヤダ」と言いながらクジを引いていた

自分の手に握られた(墺)のクジを苦い顔で見つめる なかじさん。

そんな姿を苦い顔で見つめるワタクシ。


クジ決めの結果 各国の担当プレイヤーが決まる

(露)ロシア  ぺす
(独)ドイツ  ミモ
(土)トルコ  ボイラー
(仏)フランス ひいらぎ&あさ
(英)イギリス 粗目
(伊)イタリア さるすべり
(墺)オーハン なかじ&エディフ

ゲームが始まる前に二人で打ち合わせをする時間をもらった。

相棒のなかじさんとの協議の結果、
(露)・(土)との交渉はエディフが担当
(仏)・(英)・(独)・(伊)との交渉は なかじさんに担当してもらうことにした

これには2つの理由があり

ひとつはマップ東側に位置する(露)・(土)は領土を広げようとする時に(墺)を通ることが多く、うちが生き残るにはこの2国との交渉がとても大事であること。

もうひとつは(墺)プレイヤーが二人いて、片方と話したことと、もう片方と話したことでは言ってることが違うとなると他国との信頼関係を作れなくなるからだ。

そのためエディフは(露)・(土)との交渉に集中して、
相棒のなかじさんに西側諸国との交渉の全権を握って担当してもらった。


1901年 春

交渉開始と同時に中央3国が集まり(独)(伊)(墺)に接する重要地チロルの不可侵条約が結ばれる。
足の引っ張り合いを避けたかったので この条約に喜んで参加。
チロルに侵入にした場合は残りの2国と戦争になるとのことだった。

西側諸国との交渉を相棒のなかじさんに任せて、東側との交渉に入る。
長丁場のディプロマシー。(墺)にとってはこの1901年 春の30分の交渉時間が最初にして最大の山場だと考えていた。他国に囲まれている(墺)の初動の遅れは即滅亡につながるからだ。

(土)との交渉
(土)はいろいろと考えていることがあるようでお互いに初年度は争わずに領土を広げようという話であっさりと終わった。

(露)との交渉
こちらからの同盟の提案に積極的に乗ってくれたことで具体的な話が進んだ。
2国と交渉した手応えから(露)と同盟を組むことを選択。

マップ全体を見渡した時に国の数が多い西側を正面とすると、(露)と(土)は(墺)にとって背後に位置する国。後顧の憂いを絶つ為に片方と同盟を結び、もう片方を攻めることは自分の中で決めていた。

(露)に提案したことは(露)セヴァストポリ海軍が黒海でSO(スタンドオフ=引分け)を続けることを避け、黒海を明け渡す代わりに沿岸都市のルーマニアとブルガリアを墺露同盟で一気に抑えてしまう作戦だ。
この提案に(露)は協力してくれた。

西側との交渉から戻ってきた相棒のなかじさんからは(伊)が何も話してくれなかったとの報告が。
(独)や(伊)とは(土)攻めの間に挟み撃ちにされたくないので仲良くしておきたい。相棒には(伊)との交渉を引き続きお願いした。


1901年 秋

黒海を取れたことで(土)はブルガリア陸軍と連携してルーマニア進行のために北上。
これに対して(露)は春のターンで寄せていたウクライナ陸軍でルーマニアを後ろからサポートして防衛に成功する。
ルーマニア進行を防がれた(土)ブルガリア陸軍に(露)ルーマニア海軍からの支援を受けた(墺)セルビア陸軍が攻撃を仕掛ける。
これに敗れた(土)ブルガリア陸軍だったがコンスタンティノープルから味方が来ていた為に海に囲まれた土地で逃げ場を失い全滅。強制解体となった。

また、秋の交渉時間の終わりに戻ってきた相棒のなかじさんからは(伊)だけがまだ何も話してくれないとの報告があった。
賛否があっても意見を言ってもらえなければ利害の一致を探れない。相棒の問い掛けに応じようとしない(伊)を信用するのは止めておいたほうがいいのかもしれない。

1901年の結果
墺露同盟で黒海沿岸の補給拠点を両方とも抑えることができた。
また(墺)は初年度に3つの補給拠点を手に入れ3増を果たすという最大の成果をあげることができた。
同盟国(露)も北欧で領土を広げることに成功し3増を果たした。
ただしこの(墺)(露)の成長は5ヵ国の反感を買ってしまったようだった。


1902年 春

1902年の春の交渉がスタート。すぐさま大部屋で(土)が「(墺)(露)以外で話し合いましょう」と呼び掛ける。
(露)と打ち合わせをしていたエディフのところに相棒のなかじさんが「話し合いの輪に入れてもらえなかったぁ」と戻ってきた。

この春は(露)がセヴァストポリに海軍を増設したことで黒海の制海権を取れるようになった。
(墺)はチロル不可侵3国条約があるためチロルには行かず戦力を南進させた。
そうしたら(伊)に普通にチロルに入られた。

すぐさま(伊)を問い詰める。
墺「チロルは不可侵の約束でしょう!」
伊「独にはいいって言ってもらったんで。」
墺 (………、え?、…ウチは?……)

(土)救援のために(伊)が動くことは目に見えていた。こうなると(伊)とも戦わないといけないが、まずは(土)攻略を優先する。(伊)の手によって(土)が息をふき返せば今度は(墺)が危なくなってしまう。
なんとか(伊)の助けが届く前に(土)を落とさなくては。


1902年 秋

本拠地ウィーンの北側に(仏)と(伊)の陸軍が迫る。
ウィーン防衛に戻ろうとするが(仏)(伊)の連携によりウィーンを奪われてしまう。
どうやら(伊)はウィーン攻略のサポート側にまわることで(仏)から(墺)攻撃の協力を得たようだ。
その代わりに(伊)本拠地ヴェニスを取ることができ、補給拠点の数はなんとか±0に持ち込んだ。

いっぽう南の対(土)戦線では(土)領内への進撃を狙った墺露同盟の攻撃は(伊)(土)海軍の連携によって(墺)エーゲ海軍の支援がカットされてしまい防がれてしまった。
だが(土)陸軍の目を引き付けている間に(露)セヴァストポリ陸軍をアルメニアに進行させ(土)の背後に回り込ませることに成功した。


1903年 春

1903年 春の交渉が始まった。
さっそく(露)と打ち合わせしていると、相棒のなかじさんが「話し合いの輪に入れてもらえなかったぁ」と戻ってきた。

(露)は黒海とアルメニアから(土)アンカラへ進行。
(墺)は(土)の相互支援の妨害を狙ってコンスタンティノープルを攻撃。
ところがこちらの読みは大きく外れた
なんと(土)コンスタンティノープル陸軍が(土)(伊)の2つの海軍を使って(伊)領土のチュニスまで一気に大輸送されたのだ。

確かに考えてみれば補給拠点が1つでもあれば軍は活動できる。自力で防衛しきれないのであれば友軍がいる地域へ避難するのはとても良い手だった。

(土)が本土を捨てるという大胆な動き、(伊)が領土を自ら渡してまで助けるという連携。ワタクシにはこの発想はなかったので経験豊富な二人の判断力とすぐさま実行できる力に驚かされた。


1903年 秋

(土)領土の3つのうち1つだけでももらえるよう(露)と交渉。(露)は「同盟国として当然」と快諾してくれた。ありがたい。

(土)エーゲ海軍と(伊)イオニア海軍の連携があるとギリシャが危ないので後ろのアルバニアから維持支援。
(墺)ギリシャ海軍が(墺)アドリア海軍のイオニア海進行を支援。これによって(伊)イオニア海軍の(伊)アピュリア海軍ナポリ進行の支援をカット。
(伊)のナポリ帰還を許さず(墺)(伊)(仏)のナポリでのSO(スタンドオフ=引分け)を作り、自軍はローマに戻される形でローマを確保することに成功した。

1903年秋の増減フェイズ
チュニスとローマを同時に失った(伊)は軍の数を維持できず海軍2つを解体。残る本拠地ナポリも自軍だけでは守れない配置となってしまう。
(墺)は無防備になっていたブタペストに陸軍を増設できた。
意外だったのは(土)が一見安全そうなチュニス陸軍のほうを解体してエーゲ海軍を残したことだ。
離島にいる陸軍では何もできないが、海軍なら海から支援・妨害・友軍の輸送など様々に活躍できる。対(墺)の国々に協力する形でこの海軍に動かれたら たった1つでも非常に厄介な存在だ。


1904年 春

1904年の春。
この1904年が本当に大変な1年だった。

この時(墺)には大きな問題が2つあった。
(仏)(独)問題と(露)問題である。
・(墺)本拠地の北側を(仏)(独)に脅かされている状況
・ローマに陸軍が取り残されている
・(土)エーゲ海軍がいるため南の守りを疎かにできない
このように(墺)の体勢が良くない今の状態で(仏)や(独)と戦争になるのは避けたい。
今のところ(仏)や(独)から明確な敵がい心や宣戦布告は受けていないので穏便に済ませたい。

(独)との交渉
(露)に巨大化されては(墺)も困る。(独)にはこれを抑える為に頑張ってもらいたいからこそ(墺)が(独)を攻めることはしない。また もし(独)が(仏)や(露)から攻められピンチになった時にはサポートもしたいと思っている。なので(独)も(墺)には攻撃しないで欲しいと伝える。

(仏)との交渉
(墺)ローマと(仏)ヴェニスをそれぞれ手に入れた両国。お互いに飛び石の領地では使い勝手が悪いので交換を持ち掛ける。またイタリア半島3拠点のうち2つを(仏)に譲るのでウィーンを返して欲しいと交渉。
(仏)にはローマとナポリの沿岸都市のほうがアクセスしやすくメリットが大きいと勧める。
(墺)としては本拠地に接するヴェニスは取り返したい。

この(仏)交渉の2つの目的は
領地交換で(墺)の軍の配置を整えて今後の戦いに備えることと
この交換交渉をやり遂げることでお互いに信頼関係を築き(仏)との全面戦争を回避し、(仏)に 対(墺)連合チームから外れてもらう可能性を作ることだった
できることなら(仏)とは仲良くしたい。

(仏)からは「悪くない話ですね」と反応をもらえたので、春のターンで一度お互いに空白地に移動してから秋のターンでそれぞれの交換先の土地に入る約束をした。

(露)との交渉
(露)は南北に長い戦線と増加した自軍の数の多さに戦況を把握しきれなくなってきたとのこと。
また黒海に2つある海軍を持て余してしまい困っていると相談を受けた。
行き先がないからと(墺)が攻められて沿岸都市を取られてはたまらないし、(露)の戦力がたくさん南にあるのも例え同盟国であっても(墺)としては恐い。
そこでコンスタンティノープルに一度上陸することで海軍が外海に出られるから、コンスタンティノープルを空けてあげると提案。春に入って秋に出ていってもらえばいい。エーゲ海に出るのを(墺)ギリシャ海軍で支援することにした。
そして南側の守りは(墺)が担当するので(露)には北側の戦いに集中してほしいと伝えた。もし海軍の管理が大変なのであれば指揮権を預けてくれれば毎回動かす先をこちらで考えて伝えることもできると提案すると「それは助かる。ぜひお願いしたい」と頼まれた。

1903年 春の行軍
(仏)は交換の打ち合わせを守らずローマへの侵攻と(独)を支援してブタペストを攻撃し(墺)の2拠点を落としにきた。
念のため本拠地の2軍で相互支援していたおかげで何とかこれを防衛できた。

動きを警戒していた(土)エーゲ海軍は(露)アンカラ海軍のコンスタンティノープルへの移動支援。
これはもしかしたら(露)が(土)と組んで(墺)を裏切ったように見せ掛ける為の(土)側の偽装工作だったのかもしれない。
元々、船を入れるために空ける予定になっていたので何の問題もなかったが、それが無ければ(露)(土)にコンスタンティノープルを奪われる形となり、勘違いした(墺)が(露)と仲違いしていたかもしれない。
上手くきまっていれば恐ろしい一手だ。


1904年 秋

秋のターン。さっそく(仏)に問い詰める

墺「(墺)は約束通り空白地に移動してローマを空けています。約束を守ろうとするこちらの姿勢は見てもらえたでしょう。騙す気がないことは分かってもらえたと思うのでこの秋で約束通りヴェニスとウィーンを返してください」と伝えると

仏「あれ~?そんな約束しましたっけ~? ん~覚えてないなぁ」との返事

なかじ氏「ちょっとちょっとぉ、どーゆーことよ仏さぁん」

墺「それでは仲良くすることができなくなりますよ。今からでも思い出せませんか?」

仏「いやぁ、ちょっと思い出せないですねぇ」

墺「……そうですか。まぁ、思い出せないのは仕方ないですよねぇ」ニッコリ

こうなっては(仏)との交渉で成果は望めない。
時間がもったいないので交渉を終わらせる。

元々、(仏)にとってはウィーンを返すことにたいしたメリットもないのだから当然だ。
春に交換を持ち掛けイタリア半島2つの拠点を“譲る”のでウィーンを返して欲しいと言ったのは、こちらの本拠地を奪われたことを問い詰めるのではなく、今後 手を結べるかもしれない(仏)との信頼関係構築を考えてのことだった。
また海に逃げられない(墺)ローマ陸軍ではイタリア半島でのローマ・ナポリ防衛維持はできないと始めから見ていたので“譲る”といって手離す口実にした一種の方便だった。

そのため今回の交換交渉が失敗したことでの(墺)の実害はそれほど大きくはなかったが(仏)との手が切れたことは残念だった。

あとはもう この秋でできるだけのことをするしかない。(伊)(仏)(独)がどのような連携で攻めてくるかは分からないが、自軍の数から見て全部を防ぐことは難しいだろう。領土減少は覚悟しなくては。

この時、本拠地北側と同じくらい気が抜けなかったのが(土)エーゲ海軍の存在だ。コンスタンティノープルに上陸させた(露)の船をエーゲ海に出せたとしても撤退する(土)海軍に沿岸都市や重要な海域に入られてしまうかもしれない。
1つの軍の動きを抑えるのに5つの軍を動員しなくてはいけなかった。

このとき同盟国(露)との打ち合わせで(露)に強く言っておいたことがあった。それは必ず(露)黒海海軍をルーマニア防衛に向かわせることだ。ルーマニアは補給拠点であると同時に墺露同盟の内側だ。前線各地に兵力を向かわせる今、手薄な内側に入られては対応できなくなる。本土防衛で離れられない(墺)の代わりにルーマニアをしっかりと守ってもらうよう打ち合わせのなかで(露)に対し4、5回強く伝えておいた。

交渉時間をフルに使ってできる限りのことをし、祈るような気持ちで1904年 秋の各国の行軍を見た。

その結果とんでもないことが起きた

(露)黒海海軍がコンスタンティノープルに進入。(墺)の領土が奪われる。その隙に(露)はルーマニアを(独)に取られる。それだけでなく(独)が後続部隊も一緒に進軍させたことでルーマニア、ガリシア、シレジアに(独)3軍の侵入まで許してしまい墺露同盟 大ピンチの盤面となってしまった。

またこのとき(露)に異変が。(露)7軍のうち4軍が作戦指示まったく無しのホールドで(露)の北部方面軍が完全に沈黙。陸・海軍そろってのスウェーデン奪還のチャンスを活かせなかった。
これはいったいどういうことなのか?

そして もう1つの大きな出来事

それは(仏)が領土拡大のために空いていた補給拠点のチュニスとナポリに入ってしまったことだ。
この2拠点は(土)と(伊)の最後の領土だった。
(土)と(伊)は明確な対(墺)国家であり、他の国にも協力的だったのだが、それを(仏)が落としてしまった。2国は最後の領土を失い、残っていたそれぞれの軍も強制解体となり1904年の秋にそろって滅亡となった。

(墺)にとっては悩みの種だった2国が盤上からいなくなったこの出来事はとても大きく、開戦以来ずっと緊迫した状況が続いていたが、ここで初めて息継ぎができたような気持ちだった。

軍の運用方法を振り返ってみてもかなりの強敵だった(土)と(伊)が完全に協力し合う前に各個撃破できたことが大きかっただろう。


1905年 春

(仏)がトップの9拠点となり迎えた1905年の春。

まずは(露)に話を聞く。
まさか裏切られたのだろうか?
もしここで(露)に裏切られたら(墺)は生き残れない。

ところが(露)の話によるとコンスタンティノープル進入は勘違いをしていたのだと言う。そして北部方面4軍の指示無しはアルファベットを読んで書くのに苦労して7つ全部を書くまでの余力がなかったという悲痛の訴えだった、、、

……どうやら、食事休憩の時のアルコールが効いているらしい。頼りの同盟国 (露)は ろれつが回っていなかった……

露「あーもぅダメだぁ~」としきりに呟いている。

こちらとしては責めたい気持ちは山々であるが(露)は大切な同盟国だ。そして今まさに北部を(英)に攻め込まれ、内陸には(独)に入り込まれて滅亡の危機に瀕している。もし(露)が(英)と(独)に抜かれれば(仏)との挟み撃ちで(墺)の未来もない。なんとかして(露)を助け墺露同盟を立て直さなくては。


ここで盤面を見つめ起死回生の一手を考える。
それは(仏)の支援で(墺)ブタペスト攻撃を一度試みた(独)との交渉だ。

目的は2つ。
第一に(仏)と(独)が連携して(墺)に攻め込んでくることを防ぐこと。
第二に進入してきた(独)陸軍が東の(露)領内に行くのを防ぐこと。

そこで考えたのは(墺)ブタペストと(墺)トリエステの2軍の支援で(独)ガリシア陸軍に(仏)ウィーンを奪ってもらうことで(仏)と(独)を仲違いさせて かつ(仏)陸軍を倒す一石二鳥の作戦だ。
これにより(独)ガリシア陸軍を西へ移動させて(露)領からも離すこともできるので一石三鳥か。

(独)に協力してもらうには大きなメリットが必要だ。そこで攻撃に協力してくれれば春と秋そのままウィーンに残って補給拠点を獲得してもらっていいと約束。(仏)に取られているワルシャワの奪還までこちらも協力するので一緒に(仏)から本拠地を取り戻そうと誘った。
この交渉により(独)からの協力を得ることに成功した。

協力作戦の結果、相互支援をしていた(仏)ウィーン陸軍の防衛を(墺)(独)連合軍が破り(仏)をウィーンから追い出すことに成功。
またこの時(仏)は後ろから別軍を寄せていたため(仏)ウィーン陸軍は逃げ場を失って全滅。強制解体となった。


1905年 秋

この秋は(独)にウィーンを渡すことになっているため、それ以外の地域の対応に当たる。

この時に注意したのは(露)と(独)の関係だ。
同盟国(露)に(独)が本格的に攻め込んでいっては困るので、(独)に対し「もし(露)軍から撤退する時には補給拠点の(墺)セルビアに来ていいですよ」と伝えておいた。
この一言は大きな効果があったと思う。
実際は(独)がどう動こうが(墺)が防ぐ手立てがまったくなかった状況で“奪われる”よりも“迎え入れる”形をとったほうが(独)に敵がい心を持たれずにすむ。
現に(独)は撤退場面で(墺)本拠地のブタペストを取ることもできたのだが、こちらに遠慮してセルビアに入ってくれた。この配慮は本当にありがたかった。

この時にひとつ予想外のことがあった。
(独)陸軍で(仏)が空けたミュンヘンをすんなりと取れてしまったのだ。
ウィーンとミュンヘンを失った(仏)は陸軍をまた1つ解体することとなった。


1906年 春

当初、(独)本拠地ミュンヘンを一緒に奪還して(墺)にウィーンを気持ちよく返してもらう予定だったのだが、(独)が単独でミュンヘンを取り戻せてしまったことで状況が変わってしまった。(独)が(墺)にウィーンを返してやる理由がなくなってしまったのだ。

これは非常にまずい

盤面に余裕ができた(独)が今度は(仏)組んでセルビアに入った(独)陸軍を使って(墺)領内を侵略してくる可能性まで出てきてしまったからだ。

それをさせないための方法を必死で考える。

そこで作った理由が「今ならスイスを背にしている(仏)陸軍を(墺)(独)で囲んで逃げ場を封じることで倒すことができる」というものだった。

(独)にとってウィーンに比べれば大きくないメリットだが、何度もミュンヘンに入ってくる(仏)陸軍を強制解体できることは多少なりともメリットになるはずだ。ウィーンとミュンヘンをお互いに奪還するという元々の約束もあって(独)はここでも(墺)の協力要請に応じてくれた。本当にありがたい。


1906年 秋

一連の(独)との協力作戦で(仏)陸軍を3つも解体に追い込むことができた。
それと同時に長らく他国に奪われていたウィーンにもやっと入ることもできた。

イタリア半島では春のターンでナポリに進攻できたので(仏)アピュリア陸軍の包囲にかかる。海に逃げられないこの陸軍を倒すためだ。

その(仏)はアピュリア陸軍を(仏)イオニア海軍でギリシャに輸送することで半島脱出&領土獲得を狙ったが、(墺)エーゲ海軍の支援で(墺)ブルガリア陸軍が先回りしてこれを阻止。(仏)陸軍をイタリア半島に取り残すことに成功する。

この隙に(独)セルビア陸軍にブタペストを落とされてしまったが、ウィーンを約束通り返してもらったので、ここはグッと我慢。ワタクシも(独)の立場なら当然そうしたはずだ。


1907年 春

このターンの開始時に1907年の秋でゲームを終了することが告げられた。

(独)陸軍は本土防衛のため北上していくこととなった。(よかった)
すぐに(独)の色に変わってしまった領土の取り戻しにかかる。
そしてイタリア半島に残った(仏)陸軍に攻撃を仕掛ける。周辺海域に集まってきた3つの(仏)海軍の連携は強力だったが制海権を奪われつつもなんとか時間を稼ぎ、(仏)アピュリア陸軍の解体に成功した。


1907年 秋

1907年 秋 (墺)10拠点、(英)9拠点で迎えた最後のターン

(英)が1つでも領土を増やせば追いつき、(墺)が1つでも減らせば逆転もありえる状況。

(仏)海軍2つが連携攻撃できるナポリをしっかり防衛することと、(仏)イオニア海軍がギリシャに来るかもしれないのでこれにも対処が必要。

あとは(独)陸軍がワルシャワに向かってくれればブタペストを取り戻せるが、(独)は(露)陸軍が多いことを警戒して反応は微妙だった。

だがしかし、これまでの長い戦いをともに生き抜き、協力してもらえてきた(露)と(独)には最後の交渉時間でお礼を伝えた。

相棒のなかじさんと最後の作戦指示書を書いて結果を待った。

1907年 秋 行軍の結果
(露)が(英)からサンクトペテルブルクを奪還
(独)が(英)からベルギーを獲得
(墺)は沿岸都市の防衛に成功。セルビアとルーマニアを獲得。

(墺) 12
(英) 7
(仏) 6
(独) 5
(露) 4
(伊) 0
(土) 0

これにより見事

オーストリア・ハンガリー
(なかじ&エディフ)が優勝‼️
✨✨わーい\(*≧∀≦*)/やった~✨✨


感想

ディプロマシー3回目にして初めて優勝することができました。本当に嬉しい。プレイ中は大変なことがたくさんあって毎ターン生き残るのに必死でイギリスさんと話す時間もとれませんでしたw

今回は仲間に恵まれたことが本当に大きかったですな。相棒のなかじさんがいてくれたおかげで一番大切な1901年 春の交渉時間を同盟国との打ち合わせに費やすことができました。その成果が1年目の3増に繋がったと思います。

ロシアさんは最初からずっと同盟国としてオーハンを信じて力を貸してくれていました。何度もオーハンを裏切るチャンスはありましたがそれを選ぶことなく同盟を守り続けてくれたことに本当に感謝してます。

ドイツさんと協力しあえたことが今回の分岐点だったと思います。オーハンとロシアの間を3軍で貫かれた時は内心冷や汗が止まりませんでした。約束したことは必ず守る姿勢が格好よかったです。

フランスさんに約束を忘れられた時の清々しい物言いには笑うしかありませんでしたねw序盤から着実に勢力を伸ばし中盤でトップになったフランスとの全面戦争は正直避けたかったです。しかしやるからには徹底的に、ということで陸軍4つ解体はやり過ぎたかな

トルコさん 恨みもないのに真っ先に襲ってしまいました。正直申し訳なさで心苦しかったですが、各国の成長に出遅れてしまえば飲み込まれるこのディプロマシー。陸海軍ともに脅威となるトルコさんへ進攻させて頂きました。戦ったからこそ分かりますが限られた状況の中でも最大限の動きを見せていたトルコ軍には奇襲というアドバンテージがなければ勝てなかったと思います。

イタリアさん トルコさんとの連携プレイ見事でした。チロル不可侵があっても世界情勢を判断してすぐさま破る決断力とトルコ救出のために領土まで提供する作戦には度肝を抜かされました。ワタクシもあんな大輸送を一度はやってみたいです。


以上でディプロマシー合宿 エディフ視点の終わりとなります。

これを全部読んでくれる人とかいるのかなw

少しでも読んでくれた方々いかがだったでしょうか。
担当する国、担当するプレイヤー、その時々の判断で毎回のように展開が変わるディプロマシー。
非常にドラマチックで本当に面白いゲームです。
プレイ時間がとても長いゲームではありますが興味があればぜひメンバーを集めて遊んでみてください♪


それでは またね~♪



                エディフ


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