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失われた私の古都

久しぶりの鎌倉。
行った場所は良かったけれど、
小町通の変わりように、未だ心が悲しい。

先日、美瑛の並木が伐採されたのも悲しかったが、

子供の頃から大好きだった鎌倉駅前の観光スポットの小町通りの変わりようが酷かった。

歩いていて楽しくなかった。

古美術商に入ったら、店主の方が、
『コロナでね、うちみたいなお店も50軒くらいあったのに今は20軒に減っちゃったよ。』
と教えてくださった。

『鎌倉彫のお店もあまり見ないような』と聞けば、
『鎌倉彫もなかなか厳しいらしいね。』とのこと。


鎌倉の小町通りは、子供の頃から馴染みがあり、高校、大学、社会人とずっと好きだった。

ふらりと行って、覗きたいお店があったけれど、10年くらい前に、少し雰囲気が変わったなと思った。

しかし、昨日の小町通りは、もはや私の知っている小町通りではなかった。

大分県の湯布院に行った時、賑わっている界隈に違和感を感じたが、コロナでお店が入れ替わって雰囲気が変わったと昔からのお店の方がおっしゃっていたが、鎌倉もコロナでお店が変わり、新旧のお店が全く噛み合っていない気がした。

どなたかがネットで、『竹下通りみたい』と書いていた。

竹下通りが悪いわけではない。
もともと若い世代が集まる場所というイメージもある。

ただ鎌倉の小町通りが竹下通りになっても、古都鎌倉には合わないなと思った。

古都鎌倉

この雰囲気は、少なくとも小町通りでは、どこへ?

小町通りでは、こんな工夫をしているけれど、

https://www.city.kamakura.kanagawa.jp/keikan/documents/komachi-sahou.pdf

今時点であまり効果はなさそう。

https://www.city.kamakura.kanagawa.jp/keikan/documents/komachi-sahou.pdf

軒のスペースがなくなって、確かにゆとりがない。
だから通りも狭く感じる。
建て替えたら新しくなるのはやむを得ないにしても色合いやら建物の外観がガチャガチャ。

鎌倉の小町通りは、大人も子供も楽しめる素敵な空間だったはずなのに。

おそらく祖父母が見たら仰天するだろう。

そんなわけで、私は小町通りを散策する気にならなかった。

昔のよき思い出が壊れてしまった。
ショック。

銀座も様変わりしたが、ここは定期的に行っているから少しずつ諦めと慣れでショックが弱かったのだと思う。

コロナ後初めて行った小町通りは、もはや別の場所に成り果てていた。

もちろん、私の好みの問題だから仕方がないのだけれど、もう少し何とかならないものかなあと思う。

昔の日本人の美意識が好き。
それが失われている気がする。

戦後、戦争に負けてから、
実は少しずつ少しずつ、
日本が失われてきたのかもしれない。

移転したコアンドルの看板
夕暮れの小町通り
(暗かったから露出上げて)

小町通りは残念だったが、まだ鎌倉には行きたいところや再訪したいところがある。

また時間を見つけて行きたい。
好きな界隈が変わっていないといいな。

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blanche
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