モノの言い方
皆んなギリギリ
休みの間対応出来なかったことがあった。
休みの間に指示が出ていたのと、
休み明けも時間がなく、対外的に優先順位の高いものをさばいていたら、
とても嫌な言葉でメッセージをとばされた。
(グループなので他人も見られる。)
産休多発。この1年で7人!
急に休みに入った人の後任も決まらず2人分こなしての休みだったから、こちらもギリギリ。
欠員状態だから、皆んなもギリギリ。
モノの言い方
恐怖政治をやっても、誰もついてこない。
ちなみに、それを言ったのは年下。
そしてその年下は、
『寝ないで仕事をしている』と言った。
そんなのは見れば分かる。
明らかに余裕なく、笑顔もなく顔も険しい。
昼休みだって、皆んな休憩できていない。(外にいる人は分からないけど)
席で食べながら仕事をしている。
在宅でも勉強会があったり、入電で休めない。
理由は違えど私だって夜の睡眠は中断されているし、その人は少なくとも親の世話はない。
まだ若い。
どんな働き方をするかは、各々の自由であり、その人が寝ないで仕事をするからと言って、私がそうする必要もない。
(と思えるようになった。以前は私もそちら側だったと思うから。)
そんな仕事をしても、後から自分にガタが来るし、そのせいで、余裕なくて他人へキツくなるのもいかがなものか。
他人への敬意
年上には敬意は払って欲しい、と思うのは昭和だから?
いや、年齢や性別、役職に関係なく、他人には敬意を払いたい。
自分が仕事をできると思っているのか知らないけれど、他人に対して、
『これを言われた人がどう思うのか?』
ということに思いを馳せられない人に上に立ってほしくはない。
(その人は出世したいのだと思う。)
出世したいのもその人の自由。
でもそんな働き方をして、健康を損ねたら出世もパーだし、味方も減ると思う。
(余計なお世話だけど)
力の発揮
人が足りていない状況。
各自が70%の力しか出せない組織
各自が120%の力を発揮する組織
どちらがいいかは明白。
人が力を発揮しやすい組織を皆んなで作り上げていくのがいい。
それを牽引しようとしている人が、ニコリともせず、他人に厳しい言葉を投げても雰囲気は悪いし、力を発揮しにくいと思う。
出来ないところに目を向けるのではなく、出来るところに目を向けるのも大事。
アサーティブ
その言葉を受けた私。
ものすごく腹が立った。
次に悔しくなった。
悲しくもなった。
なんでそんな言われ方をしなくてはならないのか?
少し考えてから、
『自分がされて嫌だったこと』を伝えることにした。
夏辺りから嫌だったのが、その言葉でもう我慢ならない!と思ったから。
堪忍袋の尾が
プチッ
と音を立てて切れた。
少なくとも私は嫌だ。
言い方を考えて欲しい。
ということを伝えた。
アサーティブを意識して。
今までなら我慢しただろう。
でも、アサーティブという考えを取り入れたら、我慢しない方法を取るようになった。
相手を尊重しながら、自己表現をすること。
難しいけれど、
相手も責めない
自分も責めない。
どちらかに偏るとどちらかが辛くなる。
やり取りの結果
その人も、
『悩みを抱え、誰も助けてくれない』『孤独』
ということを感じていることが分かった。
チャットのやりとりだったので、
『対面で話したい』と言われたので、『いつでもどうぞ』と伝えた。
彼の状況は昔の私みたい
働き過ぎていた頃、遅いから周りには誰もいないし、相談する時間もなく、いつ終わるかも分からず、また翌日増える仕事と孤軍奮闘していた。
どこかで線を引かないと、
引かない人にどんどん、どんどん仕事が来る。
自身の健康を守るのは自分しかいない。
(他人にそんな言葉を投げたりはしてなかったつもり。)
一度上司に『1人では無理だから、他の人とも分担したい。』と言ったら、
『馬鹿か、お前は。うちにお前以外に使えるやつは、居ないだろう。お前がやれ。』
と一蹴された。
それで諦めた。
思い出すと嫌な気持ちになるから、やめる。
(今思えばハラスメント発言たくさんあったけれど、疲れ切っているとそんなことまで考えが及ばない。
しかも訴えるのも勇気はいる。夜遅い時間だと目撃者もいないわけで。)
人に優しく、自分にも優しく
彼は本心か分からないけれど、
『誰からも何も言われないから、
私に言われて良かった』と言ってはくれた。
彼が私のこの行動で、
何か気づいて、
働き過ぎを解消して、
心にゆとりを持って、
笑顔を取り戻してもらいたい。
本当に優秀な人は、
他人にも自分にも優しく、
強い。
その強さは、他人を責めない。
大きく周りを包むもの。
中途半端な優秀さは、
害あって益なし。
人に優しくするには、まず自分から。
自分のコップに水がないのに、人に注いでもダメだ。
そんなことを思った日。