「何読んでんの」
「貸してくれたやつじゃんよ」
「はーい」
気の抜けた返事。興味がなさそうな返事。
「これ、全然分からんわ」
「ふーん」
はたまた気の抜けた返事。興味が絶対ない返事。
「英語だし、意味分かんない。でもやたらと日本が出てくんだよね」
「意味わかってんじゃん」
「いや、TOKYOくらいは分かるでしょ」
「これ原作者日本人だから。それを英訳したやつだから」
「へ〜」
「気の抜けた返事するな!」
本が大好きな彼女は、顔を真っ赤にして、単純に怒った。
いや、お前に言われたくねえわ。と思ったけど口に出すのはやめておく。
「んで?どうだったのさ感想は」
「だからー分かんなかった!難しすぎて!」
「はあ〜?もういっつもそれで逃げんの」
「いや、今回はレベル高いって。やっぱナギは凄えー」
「嬉しくない」
「でも、俺一箇所だけ引っかかったポイントがあるんよ、まだ読み途中だけどね」
「え!どこ!」
喜怒哀楽が3秒ごとに変わる人間を俺はナギ以外に知らない。
子犬のような無邪気さに思わず抱きしめたくなる。
「この本さ、登場人物のセリフに鉤括弧無いじゃん」
「うおん!無いね!」
身を乗り出すナギ。
「そう、無い!…無いよな!」
「え、それだけ?」
「そ、それだけ」
ナギはブンブン振っていた尻尾を垂らして、げんなりとした。
「いいとこまでいくんだよなーいつも。それがまた腹立つ」
「マジごめん。俺の頭じゃ分かんないのよ。ナギだから分かるんだよ」
「じゃあ、ナギのこともよく分かんないんじゃない?」
「え?」
「本当のナギ知ってる?見たことある?」
「今のナギは嘘なの?」
彼女は返事をしない代わりに、とびっきりの笑顔を見せた。
「正解はね、鉤括弧があるセリフが一箇所だけある。でしたー!」
彼女が何事も無かったかのように話を続けたから、俺も何事も無かったかのように話を続けた。
「え!嘘!どこ?」
「314ページの34行目」
「即答じゃん」
俺はナギに言われるがまま、ページを捲った。
「『人って何で生きてんだろうね』…ここか」
「そう、凄い言葉だよね。この2人はなんかお互いに探り合っているような、求め合っているような、惹かれるべくして惹かれたようなそんな感じがするんだよね」
「普通に原作読みたいわ、もう日本語読ませて」
「あ、そっかごめん」
「なんかアダムとイヴっぽいというか…ロミオでは無いな」
「ほう」
「この言葉この本に何回も出てくるんだけど、ここだけなんだよね。鉤括弧ついてるの」
「へぇ…」
「ふふ…今のは本物のへぇ…だね」
「なんか意味あるよな絶対と思って、作者の人ってこういうところに意味持たせるもんな普通」
ナギが嬉しそうにこちらを見ている。
たたかいますか?仲間にしますか?と聞かれれば、僕は迷わずずっと一緒にいますと答えるだろう。
「I'm All Yours!」
急にそう叫んだ彼女は僕の胸に飛び込んできた。
彼女の心臓の鼓動が全身に伝わる。
「アイムオーーーールユアー…ズ」
顔を埋めながら本のタイトルを叫ぶナギ。
俺も負けじとナギの背中に顔を埋めて叫んだ。
「I'm All Yourrrrrrrrs!!!!!」
「ふははははっ、こしょばいーーー!」
俺はナギのものだし、ナギは俺のものだ。
俺は本当のナギを知っているかもしれないし、知らないかもしれない。
ナギも本当の俺を知っているかもしれないし、知らないかもしれない。
でもいいんだ。それで。
楽しい。この瞬間がとても楽しい。
私は生きてるんだ!と言わんばかりに胸いっぱいに息を吸って叫び、
大きく口を開けて笑う彼女を見て、俺は人が生きる意味が分かった気がした。