ユリと黒電話
「これ僕からのプレゼント」
「何これ」
「これで毎晩電話しよ」
「うっそなんで黒電話」
「うーん何でだろ」
「え?」
「すんごいロマンチックじゃん、相手のこと思ってダイヤル回すの。0、6、0って」
「まあね」
「それにさ、忘れてほしくないんよ僕のこと」
「こんなことせんでも忘れんよ」
「こんなことせな忘れる!」
「というか忘れられたくないの表現の仕方が変なんよ」
私の元に訪れたサンタクロースは少し変わっていた。
変わっていたけど、
確かに変わっていたけど、
そういうところがとても愛おしかった。
「キミのこの部屋にさ、黒電話ってめちゃ浮いてるよね」
「うん」
「めちゃ存在感あるよね」
「うん」
「だからこれ僕なの、僕の化身」
「ふふふ…うん」
「忘れたくなっても、嫌でも目に入るでしょ」
「うん、確かに」
「うん離れても絶対忘れんのよこうすれば。しかも多分、日本中で僕達だけだよ。黒電話使ってる好き同士」
「ふふ、好き同士って」
「うわーめちゃロマンチック最高」
「あなたらしくて面白い。ありがとう」
あなたは屈託のない笑顔で首を縦に振った。
「じゃあ私からはこれね、じゃーん」
「えこれ何!」
「ネクタイでーす!これで来年から新たなスタート、頑張ってください!」
「めちゃくちゃ嬉しいんだけど、ほんとに」
「これね見て、ここ、ここにさ、ほらちっちゃくモチーフついてんの」
「どれどれうわっ可愛すぎ」
「あなたお花好きじゃんね、だからそれにした」
「ありがとうーーーーー!!!」
そう言ってあなたは私の胸に飛び込んできた。
子犬みたいだなぁと思った。
「しかもユリじゃん!?これ」
「そう、ちょっと恥ずいけど私も、私を、忘れてほしくないなって」
「うん。そんなことしなくても忘れないけどね」
「そだよね」
「あのさ、ユリの花言葉って知ってる?」
「いや…知らないかも、自分の名前なのに」
「純潔って意味らしいよ、キミみたいだよね」
「ふーん…私って純潔?」
「純潔」
「いや心汚れまくってるって」
「ううん、キミは純潔なの。ネクタイありがとう大切にする」
「うん」
「なんか黒電話、無性に恥ずかしくなってきたかも」
「いやいやおもしろいし、嬉しいし、そんなところ大好きだから。ありがとう」
「よっしゃケーキ食べよっか」
「うん食べよ食べよ」
煌びやかなイルミネーションとか、お洒落なディナーとか私たちには要らなくて。
小さなアパートで黒電話とネクタイを渡し合って、コンビニで買ったケーキを食べるクリスマスが私たちには合っていた。
最上級のロマンチックだった。
初めて黒電話で電話をかけた時、
何故か無性に緊張した。
ダイヤルを回して、数字を一文字一文字確実に合わせていく。
「確かにロマンチックかも…」
電話のベルのけたゝましさは数回で慣れた。
ようやく慣れた頃にあなたはいなくなった。
私を置いていなくなったよね。
不安な日にもお腹は空くし、辛い日にも眠たくなる。
鏡を見たら私が笑っていた。
私が笑っていて、私が泣いていた。
あの夜、けたゝましく鳴り響いた電話をあなたはどんな顔で眺めていたのだろう。「ユリの花言葉って知ってる?」
そう言って笑ったあなたの顔。
「純潔って意味らしいよ、キミみたいだよね」
そう言って笑ったあなたの顔。
これ以上、苦しませないでほしい。
私はあなたに染まりたかったんだよ。
誰よりも純真無垢なあなたに。
雲みたいに白くて、少し柔らかい肌を感じるのが好きだった。
指は私よりも長くて、細くて、繊細だった。
ユリの花を愛でる横顔は、彫刻のように美しかった。
あの夜どれだけダイヤルを回したと思う?
からころ、からころ
からころ、からころ
からころ
さよならという言葉すら
伝えさせてくれないんだね
バカやろう、さよなら
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