『おでんオデッセイ』って話めっちゃ気になる
電車に乗っている。
電車に乗っているだけでワクワクしていたあの頃の感覚にはもうなれないのだろうか。
『見てこれ、どんだけ行きたいねん』
LINEの文面。
この前合コンをしたばかりの男2人が、別の女2人と合コンをしているらしい。
世間的に言えば普通のこと。こういう些細なことが何気に痛い。かすり傷って何気に痛いし、紙でちょっと切った傷は、お風呂で確実にしみる。
『欲がすごいよね、欲が』
無表情でタイピングする。暗くなったスマホ画面に反射する煽りの顔が酷すぎて笑えた。
23歳。周りは就職先が決まっている人が大半、恋愛成就してる人大半、その他もろもろといったところであり、私は残念ながら諸々の部類に入る。
周りは、顔面凶器が3割、そこそこが6割、顔面狂気が1割といったところであり、私はそこそこに入っている(と思いたい。)
『今駅着いた!』
『おけうちも、もうちょいで改札』
幼馴染のミサキとは、幼稚園から同じで大学を離れた今でも月一で会うようにしている。あいにく、彼女は就職先は決まっており、恋愛がうまく行き過ぎており、顔面凶器である。刺激的な皮肉。
「うぃーーーーす」
「うぃあ」
まずは何故か抱擁での挨拶。海外のフランクな挨拶のようだが、1ミリも洒落てないところが私達らしい。
いつものように駅前の錆びた公園に向かう。最初の頃は居酒屋に足を運び、元がギリギリ取れるか取れないかくらいの飲み放題プランを楽しんでいたが、そもそもお互いお酒が強くないのを薄々気付いていた(しれっと無視してた)のと、やかましい店内で私たちの世界を邪魔されたくないが故に、この錆びた公園に落ち着いたという訳である。コンビニブランドの安い酒とおつまみを手にした私達は、鬼に金棒だ。
「かんぱーい」
「乾杯ぃ!」
「お疲れやで今月も」
「ホンマにお疲れ」
「マジ疲れた。面接落ちに落ちまくっててさ」
「面接ってマジでグロいよな。ほぼ運じゃない?面接官との」
「いやーほんまにそれなんよな」
「ハサミ(ミサキのあだ名、何故かこれに落ち着いた。店員さんに本当のハサミを探していると思われたことがある。)はさ、もう1社内定決まってるやん?」
「まあーな、でもまあ第一志望ではないしな」
「あっそうー、第三志望すら通ってない孤児がここにいるんやけどなー」
「うちが拾ったる」
「黙れ」
「あーあ。空から金降って来んかなー」
「スズキ(私の苗字。なんの捻りもないあだ名。とも言えない。)汚いで背中汚れる。」
大きな砂場に設置してあるベンチが定位置の私たち。私はもうなんかどうでも良くなってしまって、雨が降ってまだ時間が経っていない生乾きの土の上に大の字で寝転んだ。じわじわと湿ってくる背中。じわじわと滲んでくる星々。
「都会の光邪魔やわぁ。星全然見えへん」
「ほんまやな。全然や」
「そやあれ覚えてる?いつやったかな夏休みにさ、直島行って、流れ星見えたやつ」
「あーーー覚えてるよあれは忘れへん!笑」
「感動し過ぎて号泣したよな」
「ファンモンかけてな笑」
「あー戻りてえー。遊んで帰って寝るだけやったあの頃に」
「間違いない。戻りたすぎる。スズキがドッチボール無双してた時代に。」
「ドッチボールやりた」
「社会人だよー」
「ええやん社会人でも。子供心は忘れちゃだめよん」
「ええように言うな」
自分より優れている人を妬んでしまう癖がある私だが何故かハサミのことは1ミリたりとも妬んだりしないし、いつも出来杉くんに接する時に発生するモヤモヤみたいなものも、ハサミには発生しない。
「ハサミ」
「なにー」
「ハサミってかわいいよなー」
「告ってくれてんのありがとう」
「いや、本気で」
「え嬉しい」
「うん。腹立つ」
「腹立つんかい笑」
「はよ結婚しろよー、ほんで結婚式呼べよー」
「もちろん呼ぶに決まってる」
ハサミとの会話は、エンドレスに続く。それも中身のないやり取りが半分を占めていて、数秒おきに話題が変わる。子供の頃はそれが100%だったけれど大人になるにつれて、仕事の話や恋愛の話など、内容が変わっていくのが嬉しくもあり少し寂しかったりもする。でもハサミといるとあの頃の私にタイムスリップするような感覚になれるし、今の自分の立場を綺麗さっぱり消し去ることができるから、癖になるし、大好きだ。
「頑なに、寝転ばないですねハサミさん」
「汚れたくないんで。さーせん。」
それから私たちはいつものように、終電ギリギリまで話し込んだ。最寄駅が同じなのでそこまで同じ電車で向かう。
「なー見て、前の座席の人読んでる本」
「ん?なんやあんま見えへんタイトル」
「おでんって書いてへん?」
「ほんまや、書いてるわおでん…オデッセイ?」
「おでんオデッセイ?笑」
「パンチしかないタイトル」
「あープリクラとんの忘れた」
「流石に毎月はアホやって」
「確かに」
「スズキ、応援してるで」
「なんなん急に」
「スズキみたいな人、周りにおらへん。応援してる本気で」
「おう、ありがと。じゃあさ、ひとつだけお願い聞いて」
「うん何」
「男紹介して」
「もうええて!良い感じで終わりそうやったやん!」
「うちら、良い感じで終わることないから」
明日のことや、昨日のことや、はたまた今日の朝のことだってどうでも良くなるくらい、安心できる、本音を言える、泣ける、笑える、そんな場所が私には必要なんだ。『おでんオデッセイ』っていう本を図書館で借りてみることにしよう。
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