マヨイガ書店アルバイト日誌
「じゃあ行ってきまーす」
「いってらー…あれ?あの子今日なんだっけ?」
「バイトだって言ってたじゃん、本屋の」
「あぁそうだった、本屋ね」
「なんか小さい所だって言ってたからお姉ちゃんも大丈夫かねー」
「あの子昔から人見知りだからねぇ、大丈夫かな」
「冷やかしに行ったろっかな」
「やめなさい」
「へい」
少しだけでも使えるお金を増やしたくて、街のはずれの小さな書店でバイトを始めた。
時給980円、週2を2時間と3時間、主な業務内容は品出し棚の整理レジ。
ただ初仕事の日、店主から1つだけ妙なお願いをされた。
「この本屋には時たま変わった本を探しにくるお客さんがいてね、そういう本があるか聞かれたらタイトルか著者が分かったらこのリストから探して。どちらも分からなかったら内容を強くイメージしながら棚を探せば多分見つかるよ」
…正直一体何を言ってるんだろうと思った。
そして変わった本ってどんなのだろうとも気になった。
そんな事を思いながらちょっと変わったアルバイトが始まった。
純:街はずれの小さな書店でアルバイトを始めた高校生。人見知りで内気ではあるけど力仕事は少し得意。本は漫画を少し読む程度だけど友達が読む小説が少し気になってる。
•1冊目 『異星の食し方』
「よっと」
本屋って思ってたより力仕事だ。
確かに普段持ち歩く教科書だって重いもんね…
チリンチリン
「店長ー…あれ、いないのか」
「あ、いらっしゃいませー」
教科書の重みを思い出しているとバイトを開始してから初めてのお客さんが来た。
緊張していたが思ったよりはスムーズに言えた。
「おや、君は?」
「今日からアルバイトで入りました」
「あぁそういえば募集してるって言ってたな、まぁそんな繁盛してるような店じゃないから安心して」
「あはは…ありがとうございます、店長呼んできましょうか?」
「あー…いや君にお願いしようかな、この本屋については聞いてるかい?」
「えーっと…たまに変わった本を探しに来るお客さんがいるって…」
これお客さんに言っていいのかな…
「そうそう、それでちょっと探して貰いたい本があってね」
「あっはい、何でしょう」
「タイトルが『異星の食し方』っていうんだ」
「『異星の食し方』…はい、少々お待ち下さい」
「ゆっくりで大丈夫だから」
異星の食し方…とりあえずリストから探そう。
い…いせ…
あ、これかな。
えーっとこれはこっちの棚に…あったあった。
文庫サイズ…小説かな?
…
どんな内容なんだろう…
SF?グルメ?
気になる…
「こちらでしょうか?」
「そうそうこれこれ、懐かしいなぁ。昔持ってたんだけど手放しちゃってね、ここならあると思った」
「それは良かったです」
「じゃあお会計お願いするね」
「はい」
___
「ありがとう、店長にはミケが来たって言っておいてくれるかな」
「ミケ?ですか?」
「三毛猫のミケ、じゃあよろしく」
「あっはい、ありがとうございました」
ミケ…
まぁ伝えておこう。
…それにしてもあの本の内容が気になる。
『異星の食し方』
星を食べるの?
うーん…太陽はあの白っぽい橙から何となくオレンジ感は感じる、そうすると地球は青く色付けしたゼリーに抹茶ソースをかけた感じかな…
いや異星のグルメについてかもしれない。
異星人はどんな料理を食べるのだろう。
科学が発達していてこれ一つで栄養は完璧!みたいな完全食かもしれないし、意外と逆に科学が発達したからこそ踊り食いみたいなワイルドな生食が流行っているかも。
…お腹壊さないかな、医療も発達して大丈夫だったり…いや治さなきゃいけない時点で駄目では…
そもそも味覚は地球人と同じ?
異星人でイメージするのってタコ型だったり頭だけ大きい人型だけど、塩とか砂糖とかあるのかな。もしかしたら栄養素そのものを味として認識してたりして。
これはグルメ寄りの想像だけどSF方面で考えてみるとどうかな。
異星の食し方なんて大きいスケールのタイトルだし、星そのものを食べる異星人が出てきたり?こう…金属とか宝石を食べる種族だったり、それでお腹を満たすため星から星へ転々と…
え、こわ
自分で想像しておいて結構怖いな。
ストーリー的にはその種族との星を賭けた攻防戦?何かSFってそんな感じの宇宙戦争よくやってるイメージ。
…イメージだからわかんないけど。
あっ
ていうかそうじゃん、在庫あったら自分で買えばいいじゃん。
そう思ってリストを見たらあれが最後だったらしい。
しょうがない、他の本屋で探してみよう。
「さっき誰か来てた?」
「あ、店長。ミケさん?が来てました」
「あぁあいつか、何か買ってった?」
「多分小説を」
「そっかそっか、初仕事お疲れ。そろそろ時間だからあがっていいよ」
「はい、あの店長」
「ん?」
「『異星の食し方』って本わかります?」
「うーん…?どうかなぁ…仕入れたような気もするけど…覚えてないなぁ。ごめんね」
「いえ…」
何の根拠も無いけど、店長は本当は知ってる気がする。
こんなに綺麗に棚を整理して今時アナログの在庫リストを使うような人だ、多分…少なくとも仕入れたかどうかは覚えていそうだけど…
まぁだからといって特に何か言うわけでもないけど。
そして後日、この予感に関係しそうな事が発覚した。
本屋で探すも見つからず、ネットで調べてみたがかすりもしなかった。
友達に聞いてみるも
「知らん、海外の本じゃないか」
とだけ言われた。
著者も出版元もあの日確認したが結局実物は見つからなかった。
何だったんだろう…あの本。
•2冊目 『未来都市廃墟』
「最近こんな本もあるんだなぁ」
整理中にタイトルを流し見してた本には廃墟や工場の写真集があった。
そういえばテレビで工業地帯の見学ツアーなるものを見た気がする、好きな人は好きなんだろうなぁ。
チリンチリン
「あ、いらっしゃいま…」
入ってきたのはとても綺麗なお姉さんだった。
モデルみたいに手足が長くてスラッとしてて、髪は短めで宝塚の男役で出ていそうな風貌だった。
「…」
そのお姉さんは私をチラッと見たあと店内をぐるっと回っていった。
しばらく本棚とにらめっこしていたと思ったら急に私の方へ向かってきた。
正直怖かった。
「あの」
「は、はい」
声ひっく
「本、探してるんですけど」
「どのような…」
「未来の廃墟の写真集」
「…えーっと」
「悪いけどタイトルとかはわかんない」
「…探してみます」
これはあれかな、噂に聞くハズレ客ってやつかな…無茶苦茶言ってクレームつけてくるタイプの…
「(あの店長…)」
「(え、何どしたの)」
「(内容だけしかわからないような本ってどう探せば…)」
「(最初に言ったやつだよ、強くイメージしながら棚を探してってやつ)」
「(えぇ…)」
「(頑張って)」
「(はい…)」
本気で言ってるんですか店長…
うーん…とりあえずやるしかないよなぁ…
あるとしたら写真集の棚、その前に立って目を閉じ強くイメージ…
未来の廃墟…未来の廃墟…
未来っぽい建物の廃墟?
今の廃墟の未来?
廃墟の取り扱いの今後について?いやこれは写真集じゃない…
ええいこれだ!
「…えっ」
目を開き手にある本を見て驚愕した。
『未来都市廃墟』
いやもうこれじゃん。
というかやっぱり中身気になるなぁ…ちょっとだk
「まだ見つかんないですか」
やば
「すいませんお待たせしました、こちらでしょうか…」
「…」
「…」
「…これだ、これ買います」
「あっはい、ありがとうございます」
___
「どーも」
「ありがとうございました」
「…君何才?」
「え?17ですけど…」
いくら同性だからって個人情報出すのはまずかったなぁと後から思った。
「ふーん…僕と同い年か…ちなみに僕どっちに見える?」
「どっち…というのは」
「いやなんでもない、頑張ってね」
「え?あはい、ありがとうございます…」
同い年?あれで?というか僕?どっちって何?というか思ったより感じ悪くはなかったな。
頭爆発しそう。
そしてあの本なぁ…
写真集っぽかったけど…やっぱり未来の建物の廃墟なのかなぁ、表紙は未来っぽい建物のイラストが描かれていたし。
未来の建物ってやっぱ今のと材質とか違うのかなぁ、飛行船みたいに軽い素材で建物ごと浮かせられたりとか。
そうなると宙に浮く廃墟かぁ…それあれじゃない?ラ○ュタじゃない?
もしくは海に浮く土地を作ってそこに都市が出来たり。あれのタイトルにも未来都市ってあったし。
その場合は都市ごと廃墟かぁ…ゴーストタウンってやつかな…あの子見るのも嫌がりそうだなぁ…
うーんでも廃墟ってボロボロでコンクリート剥き出しだったりで暗いイメージが怖さを出してると思うんだけど、未来の建物って白っぽくて清潔な感じがするから意外と怖くないのかなぁ。あとあれかな、ロボットは残ってて動けなくなるまで綺麗にしてたり…
この話は悲しくなるからやめよう。
…未来でもそういう廃墟はどこかにはあって、そういう廃墟にロマンを感じる人がいて、写真集が出たりするのかな。
それとも街はロボットが管理してどんどん建造と解体が行われて、廃墟は言葉でしか残らなくて、好きな人は昔の写真集を楽しんだりするのかな。
確かに…思い出の場所が跡形もなく無くなっちゃうのは寂しいかもしれない。
「店長」
「はいはい」
「店長って建物とかにロマン感じたりします?」
「建物?あー…東京タワーを建設してた頃はあんなでっかいのがどんどん出来上がっていくのはわくわくしたねぇ、あれ1年半ぐらいで出来ちゃったんだよねぇ」
「…店長って何才ですか?」
「何才に見える?」
うっ
東京タワーって何年に出来たんだっけ…?
「…50くらい?」
「おっ意外と若く見られてんだなぁ、ふふふ」
またしても煙に巻かれた気がする…
この人は一体…
「竣工…1958年…?」
家に帰って調べてみたら60年以上前だった。
ということはとっくに還暦を超えてる…?
でもあの感じは…子供の頃の思い出というよりまるで…
「お姉ちゃん何調べてんの?」
「…今度東京タワー行こっか」
「え?」
•3冊目 『人生サポートAI制作指南』
「ヘイSiri」
ピポン
「明日の天気は?」
アシタノテンキハ、ハレデショウ
「店長iPhoneなんですね」
「昔からAppleなんだよね、何かかっこよくて」
「へぇ〜」
「あとSiriが可愛い」
「へ、へぇ…」
友達がiPhoneを使っていてSiriに話しかけている所をたまに見るけど、確かにちょっと面白そうと思った。
聞いたところ褒めると照れたりするし、ジョークも言ってくれるらしい。
このご時世、機械は可愛いものとなっているようだ。
チリンチリン
「いらっしゃいませー」
「…」
今日のお客さんは細くてとても背が高い男の人だった。
そして眼鏡の奥に鋭い眼光が見え少し怖い印象だったが、何というか…世間の荒波に揉まれ続けたんだろうな…とも思える目だった。
「ちょっといいかな」
「あ、はい…」
「技術書はどの辺りにあるかな」
「技術書…は向こうの棚ですね」
「どうも」
正直生きた心地がしなかった。
それにしても技術書か…全然知らない世界だなぁ。
あぁでもそれこそプログラミングの本とかそこに入るのかな、頑張ればSiriみたいなの作れるのかな。
「これを」
「はい、えー…」
手渡された本には
『人生サポートAI制作指南』
と書かれていた。
…
…疲れてしまったんだろうか。
…世間怖い。
___
「ありがとうございました」
「どうも」
「あの」
「何か?」
「…いえ、すいません何でも無いです」
「? そう…」
しまった、余りにも不憫に思ってしまってつい声をかけてしまった。
いくら何でもいきなり知らない店員に「お身体大事にしてください」なんて言われたらそりゃ不審に思う。しかも本屋のぞ。
代わりに去りゆく背中に「お疲れ様です」を送った。少しでも目元が緩むといいな。
そういえば今回は探さずに済んだけどそういうパターンもあるんだ…
皆自分で見つけて欲しいな…話しかけられるのも緊張するし、探して見つからなかったらそれはそれで嫌だし…
それにしても人生サポートAIかぁ…
でも今でも結構人生サポートしてくれるAIはあると思う。それこそSiriなんかは天気も教えてくれるし近くのおいしいお店も教えてくれるし。
うーん…でもわざわざ人生サポートAIなんて書くぐらいだからそういうんじゃ無いんだろうなぁ。
揺り籠から墓場まで…?
でも赤ちゃんのサポートって何…?赤ちゃんが何を求めてるかお母さんに教える…だとそれはどちらかと言うと本人と言うよりはお母さんのサポートだし…
それにAIってことは実物は無いから物理的なサポートは出来ないだろうし…
えー…?
あ、でもそうか、脈とか熱とか測って健康状態のチェック…とかならサポートに入るかな?どうかなぁ?わかんないなぁ?
そんな感じで成長していって小学生とかになるとどうかな。
やっぱり勉強のサポートは出来るんだろうなぁ。あとはいろんな質問の回答から適正のありそうな能力を割り出してそれを活かせる習い事とか勧めてくれるとか?
それを応用してその能力を活かせる職業に就ける人生設計を逆算して志望校の選別…おぅ…
なんかそういう世界観表す言葉あったよね…ディス…なんとか…
いやーやだぁ。
自由に選ばせてくれぇ。
あれだ、どういう方向性にしたいか都度都度で変更できればいいんだ。
だから「そこそこの自由コース」とか「掴み取れ!金!コース」とかそう言う感じで一番望む人生観で設定出来ればいいんじゃないかなぁ〜…?
いやでもそもそもあくまでもサポートだから別に無視してもいいんだろうけど…何となくこうだと良いよって言われると気になってしまうと言うか…流されそうだなぁと言うか…
「…?」
そんな事を想像しながら技術書の棚を見てたら気付いてしまった。
技術書ってようは今確立している技術を解説している本って事だよね…?
つまりあの本に書かれている人生サポートAIは…
この世に存在している…?
「やっぱり無いよなぁ…」
調べてみたが当たり前のようにかすりすらしなかった。
今思うとあの人、もしかしてそういう分野の研究者だったのかな。
そう考えるとあの風貌も何となくわかる気がする…
「ねぇ」
「おん?どしたん?」
「そのSiriって私も使える?」
「これの?この子は私の声にしか反応しない賢い子なのだよ〜」
「そっか…」
「何か代わりに話してあげよっか?」
「いや…いいや」
「ん〜?純はiPhoneじゃないんだっけ?」
「うん、高いし特に拘りも無かったから」
「iPhoneはいいぞぉ、特にカメラ」
「よく自撮りしてるよね」
「新鮮な素材が撮れるから鬼爆盛り出来る」
「ふーん」
「興味無し寄りの無しじゃん」
「撮られるの少し苦手…」
「でもたまに妹と撮ってるじゃんね」
「まぁ…あの子と一緒なら…」
「かー!てぇてぇか!?」
「へへ」
次機種変するならiPhoneも選択肢に入れようかな。
•4冊目「神の故郷、神の墓地」
「あなたは神を信じますか?」
「あの…えっと…」
「我々と共に神を崇め
「結構です!」
こういう時とっさに体が動いてくれる質で良かったと思う。
正直自分は内気だし気弱な方だと思うからああいうのは正直心苦しい、断るのも何か申し訳ないし。
…まぁ断っちゃうんだけど。
「はぁ…はぁ…」
「え、どしたの。追われてる?」
「いや…ちょっと宗教の勧誘っぽいのに捕まっちゃって…思わず逃げて来ちゃって…」
「あぁ…確かに声かけやすそうだよね、速水さん」
「…それは褒め言葉で良いんですよね?」
「よく働いてくれてるバイトさんを悪くは言えないなぁ」
絶対
「ぼーっとしている」
とか
「気弱そう」
って意味含んでそう…
まぁそれはともかく、早く仕事に入ろう。
今日も自分で本を見つけてくれますように。
「おねーさんのおすすめってなんかあります?というかおねーさん可愛いっすね」
今日の仕事を始めて最初のお客様が店員のおすすめを要求してくるのは流石に想定していなかった。
…嘘でしょ?
こういう本っていうのでも無い。
この本っていうのでも無い。
私のおすすめ?
いや本そんなに読まないし読むとしても漫画だしやばいどうしよういっそ漫画でも勧める?
「おすすめ…どういったものが良いでしょうか…小説とか漫画とか…」
「そうだなぁ…じゃあ小説が良いかなぁ?頭良さそうに見えるかもだし?」
よし
いやよしじゃないのよ、小説なんて読まないでしょ貴女。
やばいどうしようここは店長にヘルプを…
「…」チラッ
「?」
「…」チラッチラッ
「( ̄ー ̄)b」
嘘でしょおおおおおおおおおお!?
いやサムズアップじゃないのよ!伝わってないにしても状況確認でこっち来てよおおおおおおお!!
「…少々お待ち下さい」
ええい、頼れるのは己自身のみ。
そして協力してくれるのはこの棚さんのみ。
今回の要望は"小説"と"私のおすすめ"、おすすめと言っても私自身がどんな物が読みたいかすらまだ考えついてないけど…
今回もどうか当たりを引けますように!
南無三っ
「…っ」
目を閉じ意識を集中させ腕を伸ばし手に取ったその本は
『神の故郷、神の墓地』
…神も仏も棚も死んだのか。
いやあの若干チャラそうな見た目…いや外見で判断するのは早計だけど…いやでもあの話し方は中身もチャラそうだけど…こんな重そうなタイトルをそもそも読もうとしてくれるのか。
そう考えてあくまでも本を探しに来た客として対応している私の馬鹿真面目さに苦笑いをしそうになってしまった。
いやだって…
あれナンパでしょ。
今更だけど。
「こちらはどうでしょう」
「お、いーじゃーん。じゃあそれで」
「はい…」
___
「ありがとねー読み終わったら感想言いに来るから、あとこれ俺の連絡先ね」
「はぁ」
「じゃね〜」
疲れた。
しつこく言い寄って来なかっただけましか…
ああいうのは経験が無くは無いけどバイト中だと逃げ場が無いから困る…最悪店長に助けて貰おうかとも思ったが意外と察しがよろしくないようでいざの時に大丈夫かと若干不安になる。
で、恒例の…恒例の?想像タイムになりますんけども。
『神の故郷、神の墓地』ねぇ。
神様の故郷となるとそれは神社がある場所になるのかな。
でも稲荷様とか全国各地にあるのはどうなるんだろう、いわゆる総本山っていうのが実家になるのだろうか。
あ、でも日本の神話に出る神様ってこの世界の生まれじゃないんだっけ?友達に聞いただけだからうろ覚えだな…
というか神道やキリスト教は神様っていうけど仏教は仏様じゃん、違いがよく分からないけど…亡くなった人を仏様って言うから元は人っていう違いなのかな。
若干話が逸れたけど、神様の故郷は神社だったり別の世界だったりだとして、墓地って?
そもそも神様は死ぬのだろうか。
キリスト様は磔にされてから復活して…どうなったんだっけ?でもそこからどうこうってのは聞いたことないから死んではないんだろうけど。あれというかキリスト様も元人じゃん。
うーん…そもそも宗教知識が少ないから想像の幅が限られる…そもそもタイトルが私には難解すぎる…
いっそ主人公は人間っぽい存在と考えてみよう、日本の神様は人臭いとも聞くし。
奇跡みたいなすごい事が出来る人として、故郷で特別な力を授かって生まれ育ち、その力を使って人々を救う旅に出て、その話はその土地ごとで語り継がれて、それでも主人公は人だから最後は死という強大な存在に抗えず亡くなってしまう、でも亡くなった土地に残る魂を慰めようとかつて救ってきた人々が立派なお墓を作って…
…?
これ…どこかで聞いたような…?
2週間後
チリンチリン
「いらっしゃい…ま?」
そこには神主さんや巫女さんが着るような袴とお坊さんが着るような袈裟の合の子のような格好をした人が立っていた。
「あぁお久しぶりです」
会った覚えがない。
「この間はあのような素晴らしい本を教えていただきありがとうございました」
会った覚えが
…本を教えた?
「あの本で私は心を改めました。この世の生きるものは美しいと学ばせていただきました。今日はそのお礼に伺わせていただきました」
「は、はぁ」
「こちらは私が信仰する宗派の護符です。こちらがあれば悪しき者から守ってくださいます」
「はぁ…」
「悲しいかな、世界が美しくともそれでも心が荒れてしまう者がいます。私達はそのような方に手を差し伸べるのが使命でして、貴女ももしよかったらその使命を果たしてみませんか?」
「申し訳ないけど、うちのバイトさんをヘッドハンティングするのは控えていただきますよ」
不覚にもかっこいいと思ってしまった。
ちょっとだけ。
あとごめんなさい察しが悪そうとか思って。
「これは申し訳ありませんでした、無理強いは良くないですね。ではこちらだけでも受け取っていただけないでしょうか、我々のお宮の場所が書いておりますゆえ…」
「本買わないなら帰っておくれ」
「お邪魔して申し訳ありませんでした、それでは」
そうして彼は去っていった、完全に別人だった。
「すいません助かりました…」
「速水さん連れてかれるとお店としても困るしね」
「…ところでこれ本当にちゃんとしたお守りなんですかね」
「まぁ…大丈夫じゃない?あれだったら私が処分しておくけど」
「いや…ちょっと友達に聞いてみます」
「友達?」
「詳しいというか…そんな感じの子なので何かわかるかも…」
「それでどうだった?」
「う〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん…」
後日、その詳しい友達に見せるともっとよく調べたいと申し出てきたので一旦預かってもらった。
「何と言えばいいんですかね…?お宮さんの親戚にも見せてみたんですが…」
「うん」
「確かに力は薄くですけどあるみたいなんですよ、ちゃんと陽というか善というか…ただ…」
「…」
「そこそこ古い力のようなのですけど、出自がわからないんですよね」
「生まれって事?」
「神の力ってある程度…例えるなら色とか形とか決まってて、それは外の国でも同じらしいんですよ。でもこれはその親戚も覚えが無いって…」
「えぇ…何それ」
「逆に新興宗教なら新しい力なのでわかるはず…とも言ってました…まぁ宗教は文化の数だけありますし」
「そっか…」
「ただ守ってくれるっていうのは本当みたいなので持ってても大丈夫そうではありますけど…どうします?」
「…店長にあげようかな、繁盛するように」
「そうですか」
「ありがとね、色々調べてもらって」
「いえいえ」
「ところでさぁ」
「はい?」
「…奇跡を使える人が人々を救うたびに出て、最後は死んじゃうけど救った人達が立派なお墓を建てる的なストーリーに心当たりある…?」
「何ですかそれ?」
「いやっ…やっぱなんでも…」
「…ふわっとざっくりと大まかに若干当てはまりそうなのはありますけど」
「え?」
「…新約聖書ってそんな感じじゃありませんでした?」
「…」
…え?
•5冊目「1万回引越した人」
「いやー引越し大変だったわ」
「え!?転校するの!?おい聞いてないぞ!」
「じゃあ何でアタシここにいるんだよ…学校は変わんないよ」
「うぇぇぇぇぇ〜い」
「うぇーい」
「引越ししたの?」
「おう、古いとこで改装の話とかもあったらしいからならいっそって感じで」
「へぇ〜、いい感じ?」
「まぁまぁかな、洗面台の鏡がそこそこでかいのはいいな」
「はえ〜」
引越しかぁ。
小さい頃に今の家に引越したけど全然覚えてないな…
今の家は愛着あるけどずっとあそこにいるって訳にもいかないだろうし、1人暮らしだって1回ぐらいはやってみたい…
いや嘘かもしれない1人寂しいかもしれない。
「お疲れ様でーす」
「はいお疲れー…そういえばその制服って鶴桜だっけ?」
「そうですよー」
「あそこの桜なかなか立派でいいよねぇ、春はあの辺り歩くの好きなんだ」
「そうなんですねー」
そんな事を話しながらバイトの準備をする。
今日も自分で本を見つけてくれますように…
「あっ」
「!?」
「ちょちょちょちょちょ」チリンチリン
「えっえっえっえっえっ」
「その本!」
「はい!」
「その本下さい!」
「えっあっはい!あざます!」
___
「いやぁすいません大きな声出してしまって」
「いえ…」
「自分近々引越しする予定で、それで参考になる本とかあるかなーって思って」
「あぁ〜…そうなんですね…」
「そしたらお姉さんがたまたまバッチシな本持ってたので」
「そう…そうですか…」
「というわけで!あざっした!」チリンチリン
「ありがとうございましたー…」
疲れた…!
この間のチャラ男みたいなタイプじゃなくていわゆる好青年って感じで印象は良かったけど…
何よりエネルギーが決壊してるんじゃないかってぐらい溢れてた…
見た感じ若いし大学生とかなのかな…上京で1人暮らしとか?
完全にイメージだけどダンベルとか箱に詰め過ぎて業者の人困りそう。
でもまぁ良さそうな本が見つかったようで良かった。
あれ小説の棚に並べる予定の本だったけど。
…やっべぇー。
絶対言った方が良かったよね…?
多分引越しの時にこれは自分で持ってった方が良いとか、こういう書類が必要になるとか、そういう情報が書かれた本が欲しかったんだよね…!?
引越しストーリーじゃないよね求めてるの…!?
まぁ…しょうがないか…売っちゃったし…
というか少しも確認しなかったのも流石に…
で、今回売れた本
「1万回引越した人」
なんか似たようなタイトルの絵本あったよね?あれは猫?
うーん…そういうエッセイ本なら何となく中身が分かりそうだけど、小説となると物語として起承転結があるわけで、そうなるとただ1万回の引越しの様子を描写するってのもちょっと起伏に欠けるし…
そもそも1万回って現実的…?
人生80年として…スマホ…365日×80年=29200日で…まぁこの時点で無理って分かるよね…2〜3日で引越しする事になるし。
引越しって概念を拡大解釈すればいけるかな?バックパッカーみたいな人でホテルやテント生活で転々とすれば…いやでもそもそも10代からそれしてないと足りないよね。うーんやっぱり現実的じゃないか…
今回はなかなか難題だなぁ…
そもそもジャンルは旅行もの?でいいのかなぁ、ここの本へ…変わったの多いし単純な旅行ものとも予想しづらい…
まさかミステリーもの?1万回引越ししたことある主人公がその経験を活かして謎解きしていく…いや、意外といけるか?最近バイト始めた影響で本屋さん行くようになったけど意外な職業が主人公のミステリーもの見るし、化学系の教授とかスープ屋さんとか…
でも1万回引越した経験って何に活かせるんだろう…間取りとか…引越しにかかる時間を利用したトリックとか…あまり考えたくないけど事故物件の心霊現象が原因の事件と思われたら実は物件自体の特徴を使った巧妙なトリックとか…
わかんない…ミステリーは専門外だよ…あとこれは引越し関係無い。
もしくは…何度も人生を繰り返して何度も引越しをして、いろんな家のいろんな思いを継承していって、その記憶を使って最後にいろんな人生が詰まった家を完成させる…的なハートウォーミングストーリー…
これはいけるな。
…何がだろう。
でも殺人事件みたいな物騒な話よりはこっちみたいな暖かくなれるお話の方が好みだなぁ。小説だしいろんなジャンルがあるだろうしこういう可能性もあるよね。若干昔見た何度も転生するわんこストーリー的な雰囲気は感じるけど。
そういえば薄っすらな記憶だけど、今の家に越した時はやっぱり新鮮な空気を感じてちょっと落ち着かなかった記憶があるなぁ…妹も昼は暴れてたけど夜は大人しくなってたし。
「あ、そうだ速水さん」
「はい?」
「ちょっと郵便受け見て来てくれない?今ちょっと手が離せなくて」
「はーい」
ガコッ
「…」
「取って来ましたー」
「ありがとうねー、今日大事な手紙が来る予定だったから」
「これですかね?親展ってはんこがある」
「そうそう、そこ置いといてくれる?」
「…あの」
「ん?」
「このチラシ貰っていいですか?」
「…物件のチラシ?興味あるの?」
「まぁ」
「いいよー、僕はもうここが愛着あって離れたく無いんだよね」
「結構年季入ってそうですけど」
「僕と同い年だったかな」
「具体的には?」
「人の年齢聞く時は自分から言わないと」
「17です」
「若くて目眩がしそうだよ…」
「それで店長は」
「答えるとは、言ってないかな」
「む」
前も聞いたけどやっぱりはぐらかされた。
案外若いけど老けて見えるから隠したいのかな…
相変わらずよくわからない人だ。
「…」
「何アンタ、物件のチラシなんか見て」
「将来家出たらどんな家がいいかなーって」
「えー家出ちゃうの?」
「1回ぐらいは1人暮らししたいかなーって」
「アンタ料理出来ないでしょ、そんなんで生きていけんの?」
「どうにかするわい」
「それにアンタぼーっとしてる事あるし…鍵とか閉め忘れたら本当に危ないんだから…」
(寂しいならそう言えばいいのに)
•6冊目「Para você que leu isso」
「Ah,Excuse me?」
「は、い、いえす?」
「Where is 〇〇station?」
「〇〇?あー…えーっと…」
私はたま〜に道を聞かれるが、外国人に聞かれると
「ちゃんと道順を伝えられたかな…」
という、日本人に聞かれた時とは少し違う不安感が忍び寄ってくる。
リスニングなら多少なりとも出来るが、自身の性分もあってスピーキングは苦手だ…
「…OK?」
「OK!Thanks so much!」
「のーぷろぶれむ…」
「Bye!」
「ばい」
発音は緊張のせいという事で許して欲しい。
「お疲れ様でーす…」
「今日はどうしたの」
「外国人に道聞かれて…」
「あぁ、答えられなかった?」
「いえ、まぁ喋れたは喋れたんですけど…あれで大丈夫だったかなぁっていう言語的な心配が頭をぐるぐると…」
「なるほど…まぁ大丈夫でしょ。また迷ったら聞くんじゃない?」
「なんかそれはそれで…」
「気にしない気にしない、ほら仕事初めて下さいな」
「…はい」
学校の英語の試験は別に悪い点数ではないのだが、こればかりはもう極単純に人見知りによる緊張のせいなのだ。
だからあの人が無事に駅に辿り着けている事を願うばかりだ。
そんな事を考えながら仕事を始める。
「…?」
店の扉はガラス戸なので外の様子が見えるのだが、今日は妙に外国人が多いように思える。
「店長」
「はい?」
「今日なんか外国人多くないですか?」
「あー、そういえばなんか多いような気もするね。近くに有名なお店でもあるんじゃない?」
「この辺りってそんなお店ありましたっけ?」
「最近はネットで意外な物が話題になったりするじゃない?そんな感じじゃないかなぁ」
店長は見た目年齢によらずネットにも精通しているらしい。
確かに最近は一般人でもインフルエンサーなる称号があれば人々に多大な影響を与えられる。その力があれば自分の好きな物を好きなだけ広められる。
私はそんな力が例えあったら、少し恐ろしくなるかもしれない。
知らない人に規模のわからない影響を与える、それはどうにも怖い気がする。
それに遠くの知らない人よりも、近くの友達と共有したいかなぁ。
カランカラン
「いらっしゃいませー」
「…」
入って来たのはだいぶ歳をとったであろう外国人の方だった。
これは…まずい気がする…
「(店長…外国のお客さん来ちゃったんですけど…流石に英語の接客とか私出来ませんよ…?)」
「(僕の方が出来ないよ…なんとかボディランゲージとか駆使して頑張って…)」
えぇ…
「…」
その人は随分熱心に棚を見ていってるようだった。
ただその顔は、どこか焦っているというか、無くし物を探しているようでもあった。
「あー…Can I help you?」
「え、アー…日本語、デキます、少し」
(ほっ)「えっと、何か本を探してますか?」
「あー…」
「タイトルとか…ジャンルとか…」
「…ベチナ…ベチナが残した本を…探してイマス…」
「ベチナ?」
「ベチナ…ワタシの…エー…amiga íntima…」
「アミー…えーっと…少し待ってください」
アミーガ インチマ…
スマホが真に活躍するべきはこういう時だよねっ。
…あった!
「…親友?」
「ソウ!親友!」
「親友さんが残した本を探している?」
「ハイ…」
「うーん…少し待っててくれますか?」
「…」
親友のベチナさん?が残した本?
つまり中古本という事だろうか…でもこの本屋は…
「店長…」
「うん…少し聞こえてたけど、うちは中古本は扱ってないんだよね。古本は多少あるけど…」
「ですよね…」
「…まだこういう例で試した事ないけど…速水さん、あれお願い出来るかな」
「え、大丈夫なんですか」
「何とも言えないけど…速水さんは相性いいみたいだから」
「えー…まぁ力になってあげたいのでやってみますけど…」
「ごめんね」
うーん…
人が残した本を探す…
この棚はそんな事も出来るのだろうか…
でもあんな辛そうなお爺さんをほっとくというのも心苦しい…
多分あの雰囲気からすると親友さんはもう…
だからどうか棚さん、力をお貸しください。
ベチナさんがあのお爺さんに残した本を。
「っ…」
本のタイトルは
『Para você que leu isso』
…
読めない…でもこの言葉、どっかで見覚えが…?
「これ…でしょうか?」
「あ」
「えっと…」
「アァ…コレ…」
「…」
「ベチナ…」
お爺さんはそこで泣き崩れてしまった。
子供のように嗚咽をあげて涙を流していた。
ただその表情は、どこか優しいものになっていた。
「アリガトウ…アリガトウ…」
「いえ…探し物が見つかって良かったです」
「そうだ、お金…」
「お代は結構ですよ」
「店長?」
「デモ…」
「それはお友達の方の物だったんでしょう?どうしてうちにあったかはわかりませんが、そんな大事な物でお金は取れませんよ」
「…」
「大事になさって下さい」
「…アリガトウゴザイマス」
「いやー見つかって良かったねぇ」
「そうですね…」
「しかしすごいねぇ速水さん、何でも見つけちゃうね」
「…」
「速水さん?」
「えっあぁ…はい…」
「どしたの」
「…どんな本だったんだろうって思って」
「あぁ…」
『Para você que leu isso』
そもそもタイトルからして読めないので今回ばかりは想像しようにもどうしようも出来ない。
親友さんが残した本という線から考えようとも思ったが、上手く線が結びつかない感じがした。
やはりタイトルが読めない事には…
「ただいま…」
「あ、お姉ちゃんおかえり。あのさぁ」
「何よ」
「スマホ見てないでしょ、お姉ちゃんに連絡つかないーってアタシにも連絡来てたよ?」
「え?」
「バイト中じゃないかなって言っといたけど」
「あぁ…ごめん」
「あとで電話してあげなね」
プルルルルル
「あ、もしもし?」
『あ!ジュン久しぶりー!バイトしてたんだって?』
「うん、バイト中だったから出れなくてごめんね」
『いいよーこっちこそゴメンネ』
「それでどうしたの?」
『あのねー、〇〇ってお店知ってる?』
「あー…バイト先の近くにある」
『ほんと!?詳しい場所もわかる?』
「うん」
『じゃあ教えてくれない?場所わかんなくて困ってたの』
「どういうお店なの?」
『えっとね、アクセサリーのお店かな』
「ふーん、じゃああとで地図描いて送るね」
『アリガトー!』
「…あ、そうだ。代わりといってはなんだけど…」
『なーにー?』
答えは意外なところから降って来た。
中学時代のブラジルから来た友達にあのタイトルを見せたところ、なんと読めるというのだ。
どうやらポルトガル語のようで、つまりあのお爺さんはポルトガルか、もしくはブラジルの人の可能性が高かった。
彼女から教えてもらったあのタイトルの日本語訳は
『これを読めた貴方へ』
…
…どういう事?
友達が形見として残した本のタイトルにしては明らかに妙だ。
矛盾している。
形見として残すならば…本なら尚更読めなければ意味が無い。
しかしタイトルから察するにお爺さんは恐らくポルトガル語が元々わからなかったはず。なのに友達はわざわざ読めない言葉でタイトルを綴った。多分、中身も。
う〜ん…情報を整理すると
・本はポルトガル語で書かれている
・つまり親友のベチナさんがポルトガルかブラジルの方
・そしてタイトルから考えるとお爺さんはそれ以外の国の方
…なんだかミステリー小説を読んでる気分だ。
でもシンプルに考えるならば、異なる国の二人が出会って親友になり、そして亡き後に親友にあの本を託した…と考えるのが自然な気がしてきた。
そうだ、経緯としてはこんな風に考えればいいんだ。
問題は中身だけど…
「…」
いや…これは踏み込んではいけない領域な気がする。
あの本は…亡くなった後でも二人を繋ぐ、大事な糸の一本なんだろうと思うから。
それにお爺さんはあのタイトルを見て涙を流していた、つまりあれをちゃんと読めていたのだ。
きっと、親友の言葉がわかるようになりたいと頑張って学んだのだろう。
それだけわかれば、見つけた本人としては十分に思える。
『モシモーシ、ジュン?』
「はいはーい、あのお店はちゃんと行けた?」
『ばっちし!いいネックレス買っちゃった〜』
「それは何より」
『ジュンも行ってみたら何かいいもの見つかるかもよ?』
「じゃあ今度行ってみるね」
『あ、でも休日すごい混んでるから気をつけてね』
「え?」
『私もネットで見て気になったんだけど、今すごい有名になってるみたい』
(店長が言ってたの、本当だった…)「すごいね」
『でもキレイなのいっぱいあった、さすが有名店』
「へ〜…あ、話変わるんだけどさ」
『うん?』
「…もし私がポルトガル語学びたいって言ったら嬉しい?」
『ええええええええええええ!!!!????すんんんんんんんんんんんんんんんごい嬉しい!!!!!!!!!!!!』
「耳が…」
『いっぱい教える!!Que alegria!!』
「えーっと…今のはどういう意味?」
『えっとねー…
外国の方が片言ながらも話してくれる日本語がなんとなく好きだ。
多分、どの国でもその感覚は同じで、親友さんもそんな気持ちであの本の送ったのかも知れない。
•7冊目「ひとのきもち」
「お?」
ワンワン!
「あ、こら!」
「おうおう…よしよし」
バイトに向かう途中、散歩中のわんこに遊んでとせがまれてしまった。大きな…バーニーズマウンテンドッグだったかな?に。
「すいません…この子普段はお利口なんですけど…」
「いえいえ大丈夫です、私なんでかすごく懐かれる体質みたいで…わんこ好きなんで逆に嬉しいんですけどね」
クーン
「よしよ〜し、遊びたいのかな?でも私用事あるからごめんね〜」
ワン!
「すいませんでした」
「次に会ったらまた撫でていいですか?」
「はい、ぜひ撫でてやって下さい」
「ありがとうございます、それでは。じゃね」
ワン
犬は好きだ。
好きなら好き、嫌いなら嫌い。嬉しいなら嬉しい、悲しいなら悲しい。
いつでも感情を素直に表現してくれる、そんな姿が愛らしく微笑ましい。私は少し感情表現が苦手な部分もあるのでもしかするとそんな姿に一種憧れがあるのかもしれない。
あまり関係ないが、私の双子の妹は犬っぽいとたまに言われるし私も思う。
なんというか、素直なのだ。
「お疲れ様で〜す」
「お疲れ…今日はなんだか機嫌が良さそうだね」
「かわいいバーニーズに会ったもので」
「バーニーズ?」
「大型犬でして…こんな」
「うわぁ大きい…怖くない?」
「まぁ確かに威圧感はありますしパワーもすごいですけど、犬には変わりないのでちゃんと対応すれば大丈夫ですよ」
「ふーん…」
「…店長もしや猫派ですか」
「まぁ…そうだね」
「うぬぬ…」
「猫はいいよぉ、見てて飽きないs」
「仕事の準備してきまーす」
「あれ」
話が長くなりそうだったので逃げた。
猫派の人って…いやこれは言ってはいけない…他人は鏡だと誰かが言ってた気がする。そもそも人の悪口は良くない。うん。猫も可愛いのは事実だし。
チリンチリン
「いらっ…えっ」
入口から入ってきたのは犬だった。
間違い無く、犬。
犬。
…犬?
ヘッヘッ
「…」
ピンッと立った耳、勇ましい立ち姿、くるりと巻いた尻尾…間違い無く
「柴犬だ…」
「どうしたの…うわ犬!?」
「柴だぁ〜!」
ワン
「よしよ〜しどしたの〜?」
(あんな速水さん初めて見たな…)
「首輪ついてるから飼い犬かな…それにこのリュックなんだろ、中身見てもいい?」
ストッ
「おすわりしてくれてありがとね〜」
「随分利口な犬だね…言ってる事理解出来てるのかな…」
「中身は…お財布と…メモ?」
「メモ…もしやおつかいじゃないよね…?」
「…そうかもしれないです」
「え」
リュックの中に入っていたメモには
『「ひとのきもち」という雑誌を1冊お願いします。代金は財布に入っております。』
と書かれていた。
これをこの子に持たせたということは…
「おつかい…だね…」
「おつかい…ですね」
…
「うーん…まぁいいか、ちょっと探してくるから速水さんはその子見といてくれる?」
「わかりましたー」
「雑誌はー…」
そういって店長は本棚の迷路に潜っていった。
その間この子と戯れることにした。
「よ〜しよしよしよし…」ワシワシ
…
しかしまぁ随分大人しいというか、されるがままというか、人馴れしているとも感じるがどちらかと言うと…遊ばせてあげてる的な雰囲気を感じる。
…もしかして下に見られてる?
「…ねぇ」
?
「どこから来たの?」
ワンワン
「…この辺りは知ってるところ?」
ワン
「今日はおつかい?」
プイッ
「え」
ペロペロ
「わっ、もーくすぐったいよー」
ワン
「名前は何ていうの?」
ズイッ
「首輪?あぁ書いてある…『伊勢丸』…渋い名前だね」
ドカッ
「あで…ごめんごめん、かっこいい名前だよ」
フンス
(でも可愛いなぁ)
「あったあった、ようやく見つかった」
ワン
「はいはい今お会計しますからねー」
「これ財布です」
「ありがとう、じゃあお代金いただいて…よし、じゃあこれ入れてあげて」
「はーい、またリュック開けるねー」
ストッ
「…よし!もう行っても大丈夫だよ」ポンポン
ワンワン!
そういって伊勢丸くんは器用にドアを開けて出ていった。去り際こちらを見て、猫が背中を伸ばすように上半身を下げる動きをした。
まるで、お辞儀でもしているかのようだった。
「可愛かったなぁ…」
「今更だけど速水さん、犬好きなの?」
「大好きです。うちは飼えないんですけど、親戚の家で飼ってて毎年お盆に会うのが楽しみなんです」
「ふーん、そっか」
「…ちょっと思ってたんですけど、もしかして店長って猫派以前に犬苦手ですか?」
「うーん…まぁ…そうだね…昔追っかけられた事があって…それからちょっとね」
「そうなんですか」
「お社のにちょっかい出したのはさすがにまずかったなぁ…しかも2匹いたから…」
お社?2匹?
狛犬代わりに神社で飼っていたのだろうか…
でも馬はテレビで見たことあるけど犬は聞いたことないな…ぜひ行ってみたいな
「どこの神社ですか?」
「え?ああ…多分もう無くなっちゃってると思う、随分昔の話だし」
「そうですか…」
「はいはい、仕事に戻って」
「はーい」
今日はいい1日だ…
バーニーズは大型犬の中でも特に大きいからなかなか見かけないし、伊勢丸くんはすごく利口でまるで話せてる気分になれたし…妹に自慢しよっと。
きっと悔しさで悶えるだろうな…ひひひ。
…
ほとんど忘れかけていたけど、伊勢丸くんが買ってった雑誌、『ひとのきもち』。
あれは…心理学とかメンタリズム?系の雑誌なんだろうか。心理学とかも詳しく無いからよくわかんないな…
…わかんないけど、『いぬのきもち』とか『ねこのきもち』って雑誌があることを考えると…人じゃない種族が人の気持ちを理解するための情報が載ってるってこと?
人間から見ると、犬はまだわかりやすい方だけどそれでも言葉による意思疎通ができない分伝わらない事はいっぱいある。だから行動とかを研究してその結果を雑誌とかで発信してコミュニケーションの一助としてる。
もし…もし犬とかペット側も同じような事を感じてて、人ともっとコミュニケーションを取りたくてああいう雑誌が広まってるとしたら…
…
いや、勢い余って変な事考えてた…
そもそも読めるのかな…
まぁ…シンプルに考えて、人が人の気持ちを理解しやすくするための情報誌…みたいな感じだろうな。最初の考えの心理学系の雑誌って線が一番近い気がする。そもそもおつかいなんだから人が読むんだろうし。
いや…うーん…でもここにある本だしなぁ…そんなに単純な話でも無い気がする…のは少し毒され過ぎかなぁ…?
でも…うーん…
こんなに変に引っかかってるのは多分、伊勢丸くんの妙な利口さ。どうにも人の言葉を完璧に理解してるとしか思えない反応だったんだよなぁ…
喉の構造の問題で話せないけど文字や言葉が理解出来ているとしたら、あの雑誌を読むぐらいはなんてこと無いのだろうか。
そうだったらいいなぁ…ぐらいの妄想だけど。
「…って事があったの」
「ううううう…アタシも伊勢丸くん会いたい…」
「ふふん」
「お姉ちゃんのバイト先の本屋行けば会える?」
「さぁ…あれから来てないし」
「なんだぁ…」
「…あ」
「ん?」
トコトコ
「柴…」
「ほんとだ、可愛いなぁ」
ワン!
「お、うーしよ〜しよしよし」
「もー…すいませーん」
「いえいえ〜元気ですね〜」
「…」
なんとなく…伊勢丸くんに似ている気がする。
でも模様をはっきり覚えてるわけではないからなんとも…
「名前なんて言うんですか?」
「出雲って言います」
「出雲?神社のですか?」
「そうですね」
「おーかっこいいじゃーん」
ワン!
違う子だった
…違う子だったけど
「じゃーねー出雲ー」
「それではー」
チラッ
「?」
パチッ
「!?」
ウィンクされた気がするのは、気のせいだろうか。
•8冊目「普通の本」
「ありがとうございましたー」
チリンチリン
ここは私のバイト先である本屋『マヨイガ書店』。
時々変わったお客さんが変な本を買いに来るのが特徴だが、基本的には普通のお客さんが来て、他の本屋でも見るような普通の本を買っていく。
まぁそもそもそこまで繁盛してるお店というわけでも…ないのだけど。
なので売上の内訳的には普通の本が8割、変な本が2割…といったところかな。頻度でいうと、半月に1回変な本が売れる…といったところ。
…つまり何が言いたいのかと言うと、ここは想像してるよりかは普通の本屋なのだ。
少し古い内装で、店長が若干怪しいだけの、普通の本屋。
別の日
「…」
「今日は暇だねぇ」
「人来ないですね」
「どうしても暇だったら売り物の本読んでいいよ」
「え、いいんですかそれ」
「いいよいいよ、勉強だと思って」
(漫画読みたい…)
「漫画もいいけど小説も面白いのあるよ」
(読まれた!?)
「まぁ好きに読んで」
「はーい」
ふむ。
さてじゃあご厚意に甘えて、何を読もうか。
今読んでる漫画の新刊はまだ先だし、既に読んだのをまた読むのも何だし…
写真集なんかいいかなぁと思ったが、世界のお城や仏像とか渋いテーマが並んでていまいち興味を惹かれる物が無かった。
雑誌のコーナーを回ってみると、街巡りがテーマの雑誌があったので少しめくってみる。すると美味しそうな和菓子のお店が紹介されており、思わずよだれを垂らしそうになったので慌てて閉じた。
これは危険だ…おいそれと読んでいいものではなかった…
小説…と言ってもどういう物があるかいまいちわからない。それこそ教科書で読んだ夏目漱石とか太宰治とかしか…店長に聞いてみようか。話が長くなりそうだけど、まぁ今は逆にちょうどいいかもしれない。
チリンチリン
あらま。
「いらっしゃいませー」
「どうも〜」
入ってきたのはワイシャツにジーンズととてもシンプルな格好の女性だった。化粧はほどほどで清潔感があって素直に綺麗な人だけど、何となく印象に残りづらいとも感じた。
「どんな人だった?」と聞かれても、そこらに何人も歩いてそうな特徴しか思い出せなさそうな。
「ん〜」
「…」
さて今回はどんなパターンで来るだろうか…
もう動揺しないぞ。
「これお願いしまーす」
「あ、はい」
ん?
___
「ありがとね。バイトかな?」
「はい」
「そっか、頑張ってね」
「あ、ありがとうございます」
「それじゃ」
チリンチリン
…
ん〜?
なんか、普通のお客さんだった。
「…」チラッ
『普通の本』 ¥2200
いや違うわ。普通じゃないわ。
いや普通じゃないわけでは無いんだけど…う〜〜〜ん…
いや普通の本って何なのよ!?
例え中身が普通だったとしてもタイトルに『普通の本』とは書かないでしょ。そもそもジャンルが一切わからない…
というか妙に高い…
サイズ的には普通の雑誌ぐらい。でもそれにしては表紙がさっぱりしてたしページ数がそこそこあったにしても高い気がするし。
逆に高い本って何がある?
例えば写真集。
例えば学術書。
例えば…
「ん…」
『最新ダイエット論 そのダイエットは逆に太りやすい!?』
「…店長」
「ん?…速水さんもそういうの気にするんだね」
「え?あっいや違います!」
「違うの?年頃の女の子だしやっぱ気になるのかなぁって…あ、ごめんこれセクハラになっちゃうか…」
「だから違います!これ!こういう本ってなんてジャンルなんですか!?」
「あーそういうのは…実用書かな?」
「実用書?」
「簡単に言えば実用的な本かな。メンタルの整え方とかビジネスに役立つような話術の本なんかもあったかな」
「はぁ…」
「僕もたまに読むよ。人は生涯学生だからね。」
実用書…
値段的にもサイズ的にも近いっちゃあ近い。
そうなると『普通の本』とはつまり、
『普通(な人へ)の本』
もしくは…
『普通(になるため)の本』
…
いやいやさすがに。
とはいかない気がするのはもうわかってる。今までの経験上買うお客さんと買われる本には関係性がある…気がする。たぶんきっとめいびー…
そうなると今回買ってったのは綺麗だけど印象に残りづらい"普通"なお姉さん、そして買われた本は『普通の本』。普通なら普通な人向けという意味であのお姉さんは買ってったと考えられるけど、逆に普通になるためという意味であの人が買ってったとすると…そうかわかったぞ!あのお姉さんは某国のスパイでこの国に溶け込み、任務を遂行しやすくするためにあの本を買ってったんだ!となるとあの逆に不自然とすら思える普通な印象も…
「速水さーん」
「あ、はい」
「これ、棚に並べといてくれる?」
「了解です」
…
正直この妄想、ちょっと楽しくなってきてる。
それにしても…普通ってなんだろう。
平均的、一般的、普遍的…
どれも言葉としてあるけど、それを人間に当てはめようとすると途端におかしくなる気がする。
私は…どうなんだろう。
妹は空手を10年ほど続けてるし、友達は黒目が特徴的なお嬢様の子に、天然茶髪碧眼のちょっとだけ不良な子、それにギャル…
それに比べれば私はまだ普通だと思う。
…
ほ ん と う に ?
(速水さん…棚の前で止まっちゃってるけど、やっぱり体重気にしてるのかな…迂闊に言うんじゃなかったなぁ…)
後日
「ねぇ…」
「どうしたんです?」
「昨日からお姉ちゃんがおかしくなっちゃったんだけど…」
「う〜ん…う〜ん…」
「悩み事でしょうか…?」
「うい〜す飴食べる?」
「食べる」
「ほいメロン味」
「ん〜♡」コロコロ
「…」
「あれ?」
•9冊目「夢へ回帰するその瞬間僕達は思い出す現実は脆く夢は堅固その境界線は今に崩れこの生きる世界はプリン
「…ンガ」
「あ、起きた。休みだからって昼過ぎまで寝るのやめなよ…」
「…うるさい」
私は寝覚めが悪い。
とにかく悪い上にロングスリーパーだ。平気で10時間とか寝る。そのくせ寝起きは地獄テンション。以前、学校がある日に寝坊して妹が無理矢理起こそうとしたところ蹴りが飛んだらしい。
…本当にごめん。
「というか今日バイトあるんじゃないの?」
「…ん」
「ほら頑張って」
「んんん〜…」
「寒いなら温めてあげるからッシァオラァ!」サスサス
妹が聖人すぎる。
「…おはようございます」
「おや、おはようさん。休日出勤の日はいつも眠そうだねぇ」
「朝…というか寝起きがめちゃくちゃ弱くて…」
「低血圧?」
「そんな感じです」
「体質なのは大変だねぇ、陽の光浴びても駄目?」
「目が開くだけです」
「なかなか重症だね…二度寝とかよくあるでしょ」
「そうですね…最大で五度寝とかしたことあります」
「わぁ、それ夢すごい見たんじゃない?」
「んー…よく覚えてないです」
夢
夢を見てもその日のうちに忘れてしまうことがほとんどだ。見たことすら覚えてない時もある。
でも時々、妙に記憶に残っていたり、ふとした時にこんな夢を見たようなと頭を過ったりもする。
例えば知ってる人が出てくる夢。クラスメイトだった人、道場で一緒だった人、友達だった人。
そんな夢は頭に残りやすい気がする。何をしていたかまでは覚えてないけど…
あと例えば…強烈な肉体的、精神的な衝撃を受けた夢。
筒状の金属の上(パイプ?)を自転車で何とか走っていたけど落ちてしまってその衝撃で起きたり、大きい蛾か蜂か何か虫が急に顔に飛んで来る夢で飛び起きたり…その時は手で払おうとして隣にいた妹の顔を掠めてしまった。マジでごめん。
覚えてる夢と言うとそのぐらいだ。
夢を見ている時は記憶に刻まれてる感覚があるのだけど、起きたら霧が晴れるように消えてしまう。
夢って不思議なもんだ。
「ふぁあ…」
「…流石にお客さんの前ではあくびしないでね?」
「スイマセン…」
「あくびは鼻の頭を指先で軽く叩くと収まるらしいよ」
「ふぁい…」
ねみぃ
チリンチリン
「いらっしゃいませー」
「ハァ…ハァ…」
うわ、すごい隈…
入ってきたのは学生…恐らく中学生の女の子だ。
ひっつめ髪で細いフレームの眼鏡、いかにも勉強が出来る委員長といった印象だが、その目元には酷い隈があった。受験勉強で徹夜でもしているのだろうか…私の友達にも不健康そうな子がいるが流石にここまででは無かった。
「あのすいません…」
「はい…」
「…」
「…お客さん?」
「…はっさ、参考書どこですか!」
「さっはい、参考書はそっちの2列目…です」
「どうもです…」
半分意識飛んでるよあの子…これやばいよ…
どうしよう…無理矢理にでも休ませないと倒れちゃうよ…でもいちバイトがそんな口出しなんて出来ないし…どうし
バタッ
「は?」
「…」
「えっ!?ちょっと!大丈夫!?ねぇ!」
「どうしたの?」
「店長!この子が倒れちゃって!」
「えっ!?とっとりあえず奥に運んで!救急車呼ぶから!」
「はい!」
言わんこっちゃない!
急いで女の子を奥の部屋に運び、横に寝かした。
そんな状態で勉強しても頭に入らないだろうに…
「救急車すぐ来るって」
「はい…」
とりあえず一旦落ち着こう。
女の子の息は少し荒い、大丈夫だろうか…
…そういえば
「あるかな…」
応急手当の本に何かヒントがあったりしないだろうか…
基本的には怪我の手当てがメインだろうけど
「これかな…うわっ」
ガタッバサバサ
しまった、何冊か落としてしまった
こんな場合じゃないの…に…?
「…何これ」
落としたうちの一冊に目が止まった
表紙が妙に黒い…
黒いと言うか…何かびっしりと書かれている…
目をこらして読むと
『夢へ回帰するその瞬間僕達は思い出す現実は脆く夢は堅固その境界線は今に崩れこの生きる世界はプリン
「…何これ」
明らかにジャンルが違う本だった。しかも滅茶苦茶タイトルが長い、作者すらどこに書かれているのかわからない始末だ
とりあえず元の棚に戻すために軽く中身を確認しよう、これではジャンルすらわからない
「…」
…見れるのかなぁ
今までの経験から、中身を見ようとすると必ず何かしら起こって表紙をめくれなかった
今回もそうなんだろうとは思うが…
「…まぁどっちでもいいや」
どちらにしても私がもやっとするだけで害は無い
ならやるだけやってみればいいかと思い、表紙に手をかける
「…」
ペラッ
「…」
「…は」
これは…この本は…
そんな…
このげんz あ?
な この かn せか ゆ
蜷帙↓縺薙�譁�ォ�縺瑚ェュ繧√※縺�k縺ェ繧峨�縲∽ク也阜繧貞ー代@謌サ縺昴≧
縺薙�譛ャ縺ッ莠コ鬚ィ諠�′隱ュ繧薙〒濶ッ縺�黄縺ァ縺ッ縺ェ縺�
縺薙l縺ッ謌代i縺瑚ヲ九▽縺代◆譎らゥコ縺ョ遘倩。薙r險倥@縺滓悽縺�
縺�縺九i
蜷帙�螟「繧定ヲ九※縺�◆
莉頑律縺ッ縲√◎繧薙↑譛昴r霑弱∴縺溘�縺�
「…ハァッッッッ!!??」ガバッ
「なぁあああ!!!!????」
「はぁ…はぁ…」
「何!?何お姉ちゃん!?」
「…ぁえ?」
「えじゃないよ!!はぁ…びっくりした…」
「…なんか、とんでもない夢を見ていた気がする」
「あぁ夢…?どんなの?」
「…え?わかんない…」
「えぇ…?まぁ夢ってそんなもんか…」
「…今何日何時?」
「…大丈夫?」
今日はバイトがある日、お昼の少し前程の時間だった。身支度をして遅い朝食を食べながら思い出そうとする
何か、何かとんでもない夢を見ていた気がする
世界が根本からひっくり返ってしまったような衝撃だけが、体にじっとり残っていた
「おはようございます…」
「おや、おはようさん。休日出勤の日はいつも眠そうだねぇ」
「朝…というか寝起きがめちゃくちゃ弱くて…」
「低血圧?」
「そんな…ん?」
「え?」
「…何か前にもこんな話しませんでしたっけ?」
「そう?眠そうとは前々から思ってたけど」
「そですか…」
「じゃあ今日もよろしくね」
「はい…」
チリンチリン
「いらっしゃいま…」
「…」
何だろうか、この感覚
あの子に見覚えがある
…いや、気がするだけ?
何か気持ち悪い感覚…
「これ、お願いします」
「はい」
___
「ありがとうございました」
チリンチリン
また変な本買ってったなぁ…
文字がびっしりの表紙、作者読めるのあれ?
…まぁいっか
夜、この変な感覚を調べたらデジャヴと言うらしい
これがあのデジャヴかと思いながら、今日も妹と共に横になる
おやすみ
明日は頑張って起きてみるよ
•10冊目「閑話休題」
「お疲れ様で〜す」
「はいお疲れさん、今日もよろしくね」
「はーい」
最近、バイトを雇った
特別人手に困っていたわけではないが、歳のせいか本を運ぶのがしんどい時があった。あまり歳のせいにしたくはないが、強がって体を壊しては元も子もない
「速水さん、これ棚に並べといてくれる?」
「了解でーす、よっと」
彼女がバイトの速水 純さん
少し人見知りでマイペースなところはあるが、真面目で何より力持ちだ。本の山を容易く持ち上げてしまう
聞いたところ、昔は空手をやっていたらしい。とある事情で今はやめてしまったが、双子の妹さんと一緒に今でもトレーニングは続けているらしい。なるほど、通りで真面目で力持ちなわけだ
まさしく欲しかった人材だ
「そういえば速水さんって何でうちで働こうと思ったの?」
「え?あの〜…履歴書にも書いたんですけど…」
「あれ、建前でしょ。大丈夫、真面目に働いてくれれば理由なんて何でもいいよ」
「えー…あー…家と学校から近いのと、まぁ、おやつとか…」
「おやつかぁ、まだまだ育ち盛りだからねぇ」
「うぇあー」
「知り合いの子供が学生だった時もすごい食べてたって言ってたなぁ。運動してたとかで」
「あ〜、クラスの野球部の子とか弁当箱でっかいですね」
「そうそう、そんな感じ」
最初は緊張してたようであまり話してくれなかったが、慣れれば結構人懐っこいタイプの子のようだ。それに肝が座ってるというか、結構気が強いタイプなのかもしれない
なかなか面白い子だ
〜別の日〜
「んー、これ仕入れてみるか」
とある日の昼下がり、来店者もいないし速水さんもいないしで暇を持て余していた
1人は嫌いではないが、退屈なのは好きではない
暇を潰すべく次に仕入れる品を見ていたところ、
チリンチリン
「店長いるー?」
「あぁお前か、どうした?」
「本屋に来たんだから本を探しに来たんだよ」
「おう、好きに見てってくれ」
お客が訪れた
と言っても古い知人なので、半分だけお客と言ったところだ
私は彼を"ミケ"と呼んでいる、そういう奴なのだ
「新作入ってないのか?」
「今それを考えているところだ」
「あぁそうだったのか、まぁ店長が選ぶのは間違いないからな」
「褒めても割引は無いぞ」
「なんでい」
「でもまぁ欲しいのがあったら言ってくれ。余裕があれば仕入れてもいいぞ」
「本当か?考えとくよ」
「そうしてくれ」
彼は少々面倒くさいところはあるが、付き合いも長いし、よく本を買っていってくれる
何だかんだ悪い奴ではない
チリンチリン
「いらっしゃ…あれ?」
「ど、どうも」
ミケと他愛も無い会話をしていたら、バイトの速水さんが来た
今日は出勤日では無かったはずだけど…
「速水さん?どうしたの、忘れ物?」
「いえ、えっとその、普通に本を買いに…」
「あぁそうなの、ゆっくり見てってね」
「はい」
単純に買い物に来たようだ
しかし自分で言うのも何だが、速水さんのような子は街中の本屋の方が欲しい物が見つかりそうなものだけど…
「お、また会ったね。バイトちゃん」
「え?あぁ、どうも」
「元気にしてた?店長からパワハラ受けてたりしてない?」
「あはは…大丈夫です」
「おい困らせるんじゃないよ」
「はっはっは」
まったくこいつは
しかし…自分はそのつもりが無くても、相手がどう思ってるかは分かりようが無い
まぁどうしようもないからこそ、教訓や誠意を持って接するしかない。「自分が嫌なことを人にするな」っていうやつだ
それはそれとして
「んー…」
…速水さんって何を読むんだろうか
以前聞いた時は漫画を少し読むぐらいだと言っていたが、他の本にも興味が出てきたのだろうか
それならば老婆心ながら色々オススメしたいところではあるが、自分ならではのインスピレーションというのも大事だ。本とは出会いであり、一期一会なのだ。うん。
「バイトちゃんには割引してあげるのか?」
「そうだな…店員割引ぐらいはするかな、あとは学割?」
「甘いな〜」
「若い人が本に興味を持つのは良いことだ。それに単純に嬉しいしな」
「だって、バイトちゃん」
「…」
「あらま、集中力すごいね」
「邪魔してやるな」
「はいよ」
さて、あの子はどんな世界に興味を持つのやら
〜数分後〜
「あの」
「ん?」
「ちょっと聞きたいんですけど…」
「何でも聞いていいよ」
「…」
どうしたんだろうか、思い悩んだような顔をして
「…変な本って、どこにあります?」
…
「…変な本?」
「あの…たまに売れるじゃないですか、変なタイトルというか、内容がよくわかんない本とか…」
「うん」
「そういう本を…読んでみたいな〜って…」
…なるほど
そういえばそういう本を求めに来るお客の対応をたまにしてもらっている。そういう本に興味が湧くのも無理は無いだろう。
しかし、この子は"求める本"を心に持っていない。
そうなると"ここ"は多分…
「そうだねぇ…」
棚の前に立つ
次にイメージする
変な本
そして棚に手を伸ばす
手の内にあったその本は
『変な家』
…そうなるよね
「これとかどう?」
「これって…」
「なんだっけ、元々ネット記事で有名になって続編が書籍化されたらしいんだよね。ミステリーなんだけど結構面白かったよ?」
「その…」
「ミステリーはお気に召さない?」
「…いえ」
「そっか」
明らかに不服そうな雰囲気だった
まぁ仕方ない、自分が求めていたイメージと違うのだから
「じゃあおつか…あ、ありがとうございました」
「またバイトの日にね」
「はい」
「またねバイトちゃん」
「は〜い」
〜
「なんだ、売ってやらなかったのか」
「あの子は求める本を持っていなかったからな」
「求める本ねぇ、まぁ確かに俺もそうだったな」
「"ここ"はそういう場所だからな」
「そうだなぁ。あ、そうだ」
「どした」
「仕入れて欲しいの思い出したんだ、あれあれ」
「どれだよ…」
ここはマヨイガ書店
他の本屋では見つからない本を求めにお客はやってくる
彼らはどこからやってきて、どんな本を求め、それから何を得るのか、それは私にはわからない
ただ共通してるのは、皆それが見つかって安堵するのだ
物を売る身としては、それだけで良いのだ
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