「ハートブレイクショット」

薄れゆく意識の中で

初めて湧き出た感情が見えた

熱く 激しく そして 暖かい

これは私が知るはずのなかった感情だ

いつもどす黒い何かに襲われた私の心では知るはずのなかった

どこまでも純粋で どこまでも透明な

今あの感情を言葉で表すなら そう あの言葉だろうな


短めの黒髪 良く鍛えられた体躯 凛とした目

そんな彼女と一対一で小細工無しの喧嘩

互いの決め手 最後の一発

崩れ落ちる二人の体

薄れゆく意識の中で

私は彼女に

恋をした


その拳を握らず開いてみせて

「お、元気そうじゃん!この間はちょっとやりすぎちゃったね、ごめんね」

そういう彼女も顔や手に絆創膏を貼っていた、その傷は私が付けたものだったが彼女は気にした風もなく話しかけてくる
そのうえ謝罪までしてきた
どんな神経してたら喧嘩をふっかけてきた相手に謝れるのだろう

「別に」
「いやでも強いね、なんかやってたの?」
「何も」
「マジか、それであんな強いのか…ちゃんとパンチの練習とかしたらアタシ勝てんかもなぁ…」
「…」
「ちょっと透ちゃん…そっとしてあげようよ…」
「え…でも…」
「気を遣われるのは鬱陶しいだけだ、ほっといてくれ」
「いやアタシが話したいだけだし」
本当にどんな神経してるんだコイツ
「ごめんね…ほら行こ」
「えー…じゃあまた後でね」

この日からクラス唯一の双子の妹、透は絡んでくるようになった
何が楽しくてそうしてくるのかはわからないが、事あるごとに話しかけてくる
どうしたものか

「そういえば出会っていきなり殴り合いだったから自己紹介してなかったね、アタシは透、でこっちがお姉ちゃんの純ちゃん。双子だけどね。」
「よろしくね」
「そんでこっちがつくちゃんこと木菟森ちゃん」
「どうも、お見知りおきを♪」
「いや知ってるよ同じクラスなんだから…」
「だってきーちゃん人に興味なさそうじゃん…」
「…ちょっと待てなんだそのきーちゃんての」
「え、あだ名」
「やめろ」
「いいじゃん仲良くなったんだし」
「やめろ」
「いいじゃん!」
「しかも仲良くなった覚えはない」
「ええ…あんな殴り合って?」
「どこを判断基準にしてんだお前」

「喧嘩するほどってやつですかね?」
「そういうやつでいいのかなぁ…?」

別に無視してもよかった 他のやつと同じように
でも、どうせ他のやつと同じで同情なんだろう、とは思えなかった
さすがに殴り合って今更同情も無いだろう、というのが建前
本音は
うざかったから言い返してやりたかった
それと
別に特別悪い気はしなかった
気がする

それだけ

決してそれ以上のことは、無い

「お昼食べよー」
「きーちゃんって普段何してんの?」
「背高いよねーハイキック映えそう」

こんな調子で毎日絡んでくるもんだから面倒ったらありゃしない

「お前さぁ…」
「お?」
「独り言が趣味なのか?」
「そんな趣味あるの?少なくともアタシは無いけど」
「お前私が答える気無いのわかってるだろ」
「まあ喋ってればいつかは答えてくれる気になるかなーって」
「…お前昔から人の話聞かないって言われるだろ」
「…言われたことあるっけお姉ちゃん」
「まあ…たまに突っ走ることあるから…あるんじゃないかな…」
「だそうです」
「「だそうです」じゃねーんだよじゃあ聞けよ」
「善処しまーす」
「はぁ…」

「やっぱり喧嘩するほどなんとやらでは?」
「確かにきーちゃんの性格的に無視すればいいってのはわかってそうだけど…」
「そこを無視しないあたりがなんとやらなんでしょうね♪」
「根は素直なんだろうなぁ…」

…わからない
こいつが何をしたいのか
どうでもいいはずなのに 気になる
だから無視できずにいる
他の奴らと同じではない、何かがこいつにはある
何かが何なのか わかる日は来るだろうか
最近は毎晩そんなことを考える

…隈がひどくなる一方だ


拳から生まれたもの

「ねえ…」
「あ?」
「隈…前より酷くなってない?」
誰のせいだと思ってるんだ
「悩みあるなら聞くよ?」
「別に無い」
「じゃあ夜更ししてんの?睡眠はフィジカルにもメンタルにも重要だよ?」
誰のせいだと
「ほっといてくれ」
「うーん…強情だなぁ」

どうにも調子が狂う
ムカつくのか落ち着かないし思考が上手く纏まらない
おまけに一挙手一投足が目について仕方がない
…直接言っても聞かないなら外堀からいくか

「え?透ちゃん?」
「どうにかしてくれ、お前の妹だろ」
「いやぁ…透ちゃんも心配して言ってるんだと思うし…ね?」
「それを余計なお世話っていうんだまったく…
あいつと話してるとどうにも落ち着かないんだ、おまけにいちいち目につくから考えも纏まらん」
「…ん?」
「なんだよ」
「いやなんでも…まあとりあえず言ってみるよ」
「頼むぞ」

「って事があったんだけど」
「ほうほうそれはそれは」
「んー…」
「何か気になることでも?」
「…きーちゃんさ、そういう割にはあんまり怒らないよね」
「もう諦めてるんじゃないですか?」
「それにしては…いややっぱり気にしすぎかも、忘れて」
「そうですか?」
「うん…」

「zzz」
「あれ寝てる」
「やっぱり寝れてないんじゃないかな」
「んー」
「…手触ってどうしたの?」
「…思ったより指とか細いなあって、あの時に手痛めたんじゃないかなって…」
「もうだいぶ良くなったんじゃないかな」
「…掌底教えるか」
「ん…」
「あ、起きた」
「…?」
「手細いね」
「…ッ!?」
「?」
「な…!?」
「エ、あ、ごめん、勝手に触られるの嫌だった?」
「…なんでもないッ」
「え、いやごめんって!悪かったって!」
「なんでもねえっての…」
「…」

なんだ今のは
手が痺れて熱い
心臓がうるさい
頭の中が滅茶苦茶だ
どうなっているんだ 私は

「いやー…あれはー…えー…?」
「今日はMPを下げる踊りでも習得するんですか?」
「え?あいやそうじゃないけど…」
「じゃあ牛鬼さんですか」
「んー…まあそうなんだけど」
カクカクシカジカクロフタゴ
「成程、怒らなかったと」
「ん~~~~~~~~?」
「しかも妙に顔が赤かったと」
「えぇ~~~~~~~?」
「その上その日に限って口を利かなかったと」
「なんなの~~~~~?」
「恋じゃないですか?」
「そうだよねぇ~~~… …え?」
「指先で送る君へのメッセージですよ」
「それは…ちょっとわからないけど、…恋?」
「まあ少なくとも好意の類では?」
「…好意」
「事実はどうかわかりませんけど、やはり悪いようには思ってないんじゃないかと」
「そうかぁ…」
「素直になれないだけか、はたまた自分で気づいてないだけか
 困った人ですね♪」
「…」

「お姉ちゃんどしたの?」
「…え?」
「ぼーっとしちゃって」
「ごめん…きーちゃんのことでちょっと」
「きーちゃん?そういえば前より話してくれるようになったよねー
何か最初はうざがられてるかなーとも思ったんだけど、ちゃんと答えてくれるし本当は話し相手欲しかったのかなーって」
「…ちょっと素っ気無い感じもあるけどね」
「それは多分話すのが慣れてないからじゃないかな、自分から話すタイプじゃなさそうだし」
「それもそうだけど…それにしてもって感じはあるけど」
「んー、仲良いのにそっけない…?もしや好きなのか?」
「え!?」
「じょーだんじょーだん」
「グ…」
「でもなんかそういう話よく聞くじゃん?好きな子にいたずらするとかツンツンするとか、素直になれない感じ」
「…そういうのってどうすれば素直になってくれるかな」
「えー?アタシはそういうのよくわかんないからなぁ…正攻法弩ストレートに聞くぐらいしか」
「…あの時もそうだったね」
「あの時…あーお姉ちゃんの時?あれはどっちかと言うと言葉より拳を投げかけたと言うか…」
「でも…うん、嬉しかった」
「ほら正直に言ってくれるようになった」
「…そうだね」
「こっちを信じてもらう以上に相手を信じてまっすぐ話せばきっと聞いてくれるよ」
「いいこと言うじゃん」
「よせやい照れるやい」
(相手を信じてまっすぐ…)

「…聞こう」
「え?」
「多分…今きーちゃんの転換期なんだと思う、大きな心の転換期、私も似たような感じだったから少しわかるの」
「恋したんですか?」
「その時は透ちゃんと大喧嘩して吹っ切れた感じだけど…きーちゃんの場合はそうなんだと思う」
「そういうものですかね?」
「それを…確かめる」
「どんな方法で?」
「真正面から正攻法で」
「…純さんたまにそういうところありますよね」
「そうかな…」
「意外とド根性あるというか…腹が据わっているというか…」
「まあ…友達をどうにかしてあげたいってのもあるから」
「しかし大丈夫ですかね…怒りそうですけど…」
「多分…なんとなく自覚はあるんじゃないかと思う…この前の事もあるし…」
「まあ純さんは人を見る目ありますから大丈夫だと思いますよ」
「あるかな…」
「はい♪ だって私と友人になったんですもの、大丈夫ですよ♪」
「うん…?うん…がんばる」
「骨は拾いますので安心してください♪」

その夜 夢を見た
あいつに技を教わってた
私に似合うと言ってたハイキックだった
少し練習して、実際に出してみた
あいつはかっこいいと言ってくれた
私は

「…私は…どうしたんだ」

目が覚めたときにはもう憶えていなかった
ただ
とても心が落ち着いていた
あいつと出会ってからは、顔を合わせばイラつくが
朝の寝覚めは悪くなかった
それはそれで気に食わなかったが

「きーちゃんってさ、透ちゃんの事どう思ってる?」
「なんだ急に、…うざいだけだよ」
「多分…いやわからないけど…もしかして好きだったりする…?」

…寝覚めは悪くなかったんだが


この血は返り血ではない

…なんて言ったこいつ?
好き?私が?アイツを?

「…何だって?」
「きーちゃんさ…無視すればいいのにって自分で思ったことない?今まで気に入らない時はずっとそうしてきたんじゃない?」
「それは…」
「前に手触られた時もさ、別に怒ってないみたいだったように見えたから…だから好きかどうかはわからないけど、それに近い好意はあるんじゃないかな」
「…」
「…急に変なこと言ってごめんね、でもきーちゃんの心のつっかえがあるとしたらそれなんじゃないかな」
「…違う」
「え…」
「そんなこと…ない」
「…そっか、でも話したいことがあったらいつでも聞くから」
「…」

好き
考えたこともなかった、万に一つもそんなことは無いと思ってた

人の考えていることがわからず、怖くてたまらなかった
だから無視するか、必要なら殴って黙らせてきた
だから無視できず、殴り合いしても絡んでくるアイツの考えてることが今までで一番わからなかった
ただこの言葉がしっくりくるのは否定できない
熱くなるのも、心臓が早くなるのも、手を触られて妙な感情が湧いたのも
全てはこれのせいだと考えれば納得できる
ただ、そんなの認めたくない
アイツを…好きだなんて

「うわ…」
あれから更に眠れなくなった、隈どころじゃない
もはややつれてきてる
これじゃアイツがますます突っかかってくることが見えてるのに…

「うわ、顔色悪いけど大丈夫なの?」
「…」
適当にあしらいたいが、流石にそんな気力もない
というかあの事が頭をよぎって仕方がない
「なんか甘いもの食べる?飴ならあるけど」
「…うるせえ」
「というかキツかったら保健室行ったほうがいいよ」
「うるせえ」
「…ごめん、飴置いとくから」
違うんだ、そう言いたいんじゃない
もっとうまいあしらい方があったはずなのに
…なんでうまくあしらう必要があるんだ
今まで通り適当に無視すればいいだろ
頭が滅茶苦茶だ

「どうなってんだ私は」

あれからというものアイツが変に心配してくる
それどころか姉と木菟森のやつも心配してくるようになった
ほっといてほしいのに、なんでかまってくるんだ
どいつもこいつも どうして
そして一番腹が立つのが
それをそれほど悪く思ってない私自身

「はぁ…」
あいつらから逃げるために屋上に来た
簡単なことだ、物理的に距離を取れば良かったんだ
これで少し落ち着いて考えられr
「あ、いた」
…は?
「つくちゃんが言った通りいたよー」
「いましたか、ここか校舎裏と思っていましたが」
どうしてこいつらは
「お前ら何のつもりだ」
「一人になりたいんだろうとは思ったんだけどどうしても心配で…」
「ほっといてくれよ…」
「そんな隈作っといて心配するなって方が無理だよ、話して発散するのも動いて発散するのも付き合えるからさ、手伝うよ」
「いいから…」
「ねえきーちゃん…」
「いいって言ってんだろ!!」
ああ、今回ばかりはこうしたくなかったのに
今まで胸ぐら掴むような事がなかったわけではないけど
コイツだけは 平和に終わらせたかった
「ちょっお姉ちゃん!」
…驚いた、まさか姉が横槍を入れるとは
腕がもがれそうだ…
「また透ちゃんに手を出すなら、今度は許さない
だから手を引いて、お願い」
「…ッ」
「あっ、きーちゃん!」
もう限界だった
もう顔も見たくない
その健康的な肌も 跳ねた黒髪も 凛とした瞳も
頬を流れるものと一緒に その記憶も流し落としたかった

「どうして…どうしてこうなるんだ…」
気づいたらアイツと喧嘩した校舎裏に座り込んでいた
どこまでもアイツに振り回されっぱなしだ
もう、狂いそうだ
「やはりこちらでしたか」
「…木菟森」
よりによってこいつか…
「少しは落ち着きましたか?」
「…落ち着くも何も無い」
「そうですか」
「…」
「透さんって、最初は人見知りして慎重に近づいてくるくせに慣れたら警戒心0でベタ甘で懐いてくるの、まるで犬みたいですよね」
「…」
「でもこっちを信頼して心を開いて懐いてくれるのは悪い気分はしないんですよね、特に私なんかは近づきがたいタイプでしょうし」
「…自覚あったのか」
「はて、何のことでしょう …多分あの子の生まれつきのスキルなんでしょうね、大丈夫だとわかったら今度はこっちから信頼の証として距離をだんだん詰めていく、そうして友達を作っていったんでしょうかね」
「…」
「そして貴方もその一人ですよ、あの子はわかってるんですよ、牛鬼さんが芯からの悪では無いと、信頼の証を示すに値する人間だと」
「…そんなこと言われたって、私には何も出来ない」
「…牛鬼さんってやっぱり何でも小難しく考えるタイプですよね?」
「グッ…」
「もっとシンプルに考えましょう、透さんは牛鬼さんと友達になりたいと考えている、今までの会話もおそらく難しいことは考えていない、本音でしょう
なら牛鬼さんも難しいことを考えずに本音で思っていることを言ってみればいいんじゃないですか? 例えば手を触れられてドキドキしたとか」
「なっ!?テメエ!それをどこで!」
「「ドキドキしてない」とは言わないんですね、意外と可愛い所あるじゃないですか」
「ウグ…してねえよ…」
「そういう所が透さんも気に入ったんでしょうね、試しに手を触れられた時の感想でも言ってみてはどうでしょう?照れつつも喜ぶんじゃないですか?」
「…」
「…まあ冗談はこれぐらいにして、会話をして自らの情報を発信するのはとても重要です、古来より人はそうしてコミュニケーションを取って生きてきました、その末裔である我々も出来るはずなんです」
「随分壮大な話だな…」
「人類はロマンを原動力に進化してきましたからね、夢は大事ですよ」
「夢…」

思い出した
あの時見た夢で私は

私は

すごく嬉しかったんだ

人に褒められたのなんてもう憶えてないほど昔だったから
だからあんなに笑ったのも 久しぶりだった
あれが夢だと思いたくないほどに

「…そうだな、夢は大事だな」
「あら実はロマンチストだったり?」
「現実を見ろ」
「瞳は星を見上げろ、足は地を踏みしめろ という言葉もありますよ?」
「誰の言葉だよ」
「私のですが」
こいつ本当によくわかんねえ奴だな…
「それにしても、だいぶいい顔になりましたよ 美人じゃないですか」
「そんなでけえ目して何も見えてないのかお前は」
「謙遜も度が過ぎると嫌味ですよ? 美人で背が高くて、非の打ち所がありませんね」
「…あっそ」
「釣れないですねぇ」
「…明日アイツと話す、ケリをつける」
「そうですか、結果を楽しみにしています」
「期待はするな、じゃあな」
「また明日」

「「じゃあな」ですか、随分とまあ…丸くなりましたね
やっぱり可愛い所あるじゃないですか」


ガールショットハート

朝から心臓がうるさい
ただ、気分は悪くない
アイツと喧嘩したあと、目が覚めた時の感覚に似ている
妙にスッキリした感覚だ

アイツはいつも私の心の霞を払う、まるで旋風だ
そういえばアイツの突きや蹴りは風を切るようだった
アイツに蹴りを教われば、私も霞を払う蹴りを出せるだろうか

夢の話をしたら…
いやそれはやめよう、笑われるだけだ
ともかく、今日はケリをつけるんだ
どうなろうとも、それが私の生きた道になる
ただどうせなら、リベンジは果たしたいものだ
今度こそ私が勝つさ

「放課後、校舎裏に来い」
「…はえ?」
「…言ったからな」

「…え、決闘…?」
「違うと思いますよ♪」
「つくちゃん何か知ってるの?」
「さあ、でも、悪いことにはならないと思いますよ?」
「うぅ…あーもう!どーとでもなれ!」
(心配だからついて行こう…)
(早く放課後になりませんかね♪)

もう随分昔のように感じる、まだ夏もこれからだって言うのに
あの時、アイツがたまたまここを通りかからなかったら私はどうなっていただろうか
アイツが逃げていたら、アイツが私に負けていたら、アイツが

「来たぞ!」

…本当にコイツは、風みたいな奴だ
ありもしない悪い可能性を考える癖が少なくなった
コイツといると余計なことを考える暇が無くなる

「…逃げなかったんだな」
「売られた喧嘩は買う主義でね、あとお姉ちゃんに売られたのも買うから、憶えときな」
「別に喧嘩は売ってねえよ」
「じゃあ何だよ」

顔が強張ってる、あの時の事を思い出しているんだろう
無理も無い、私だって倒れるまでやったのはあれが初めてだった
ただ…何というか、木菟森が言っていたことをふと思い出す

「…フッ」
「え?」
「いや…なんでmブフッ」
「…えぇ?」
「お前さ…犬みたいって言われたことあるだろ」
「ある…ような気がする、え?それで笑ってたの?」
「だってよ、まるでビビって威嚇してる犬みてえだったからよ」
「誰がビビってるってアァン!?」
「いや悪かったって、今日は…話があるんだ」
「何?話?」
「あー…その…」

くそ、急に目が合わせられなくなった
顔が熱い、心臓がうるさくなってきた
ただ今日は、今日だけは、引けない、引いてはいけない

「あの日…なんで逃げなかったんだ?」
「え?」
「あの時、逃げて他の奴を呼びに行くことだって出来たはずだ」
「あー…なんでだっけかなぁ…目が怖くて動けなかった気もするし、空手家としての本能か…あ、いや違う」
「?」
「止めなきゃ、って思ったんだった、怖い顔してたけど、それ以上に辛そうだった」
「…そうか」
「その時に比べると今すごく良い顔してるよ、隈は相変わらずだけど」
「うるせえ、ほっとけ」
「へへっ、さっきのお返しだよ」

ふと目を合わせてしまった、ああそうだ
その目が気に入ったんだ
色に溢れてる、凛としたその目に惹かれたんだ
卑怯だ…

「え!?ちょ!まっ!」

無意識だった
気付いたらアイツを壁に追いやっていた
顔が近い 吐息がはっきり聞こえる 目が 煌めいていた

「お前、私と殴り合ったからもう仲良しだとか言ったよな」
「え?言っ…たっけ…?というか顔近い…」
「だったらこれから私の言うことを聞け」
「ハイ」
「今日だけ、今だけ本音を言う
あの日、私を止めてくれてありがとう
ずっと立ち止まってた私の背中を押してくれた
心の黒いものを払ってくれた
私の知らないものも教えてくれた」

涙が止まらない、声が震える
思わずアイツの肩に頭を預けた
アイツは、背中をそっとさすってくれた

「お前に惚れたんだ
その跳ねた黒髪も
風を切る拳も
笑った顔も
凛とした目も
全部 全部
あの日からずっと好きだった、だからどうか、友達でいさせてくれ」

「…いいの?友達で、そこは普通恋人とかじゃ」
「いい、少なくとも、今は」
「そっか、言われなくてもそのつもりだけどね」
「…ありがとな」
「どういたしまして」


「どうなるかと思ったけど、とりあえず良い結果になったみたいだね」
「良いですねえ、青春って感じですねえ!」
「そうだね…青春って感じ」
「この光景は永久保存版…あれ?純さん泣いてます?」
「ウエッ、いや別に…」
「でもわかりますよ、良いものを見させてもらいましたね」
「うん…」
「私も肩貸しましょうか?」
「い、いや、大丈夫」
「釣れないですねぇ、私達も青春しましょうよ~」
「いいってぇ…大丈夫だよ…」


(何やってんだろお姉ちゃん達…)


黒双子with友達

「きーちゃんさ」
「あ?」
「隈薄くなってきてんじゃない?寝れてる?」
「あー…まあ、お前がうるさいからな」
「うるさくても何でもきーちゃんが健康になればいいもーん」
「うるさいストレスでそのうち倒れそうだけどな」
「あー言えばこー言うなぁ…」
「静かに生きたいだけだ」
「嬉しいくせに…」
「…何か言ったか」
「別にー」
「いつもの二人ですね」
「だねー、良かった良かった」
「そういえばそろそろ夏祭りですけど、皆さん行くんですか?」
「ん゛ん゛ん゛」
「透ちゃんは…試験次第…だと思う」
「あー、補修と被るんでしたっけ」
「いやまだ確定してないから!赤点ぐらい回避できるし!」
「まだ何も言ってませんが」
「ぐあああああ…微積分とか古文とか絶対極一部の人間向けの特殊スキルだろ…なんでアタシがやらなきゃ…」
「文科省に言え」
「…噂で聞いたんだけど、きーちゃんって全教科赤点回避ギリギリの点数だったんだって?」
「何だよ」
「…1点たりとも狂いなくギリ回避だって」
「だからなんだよ」
「…さては勉強できるな?」
「教えねえぞ」
「まだ何も言ってないっての!」
「それ私のセリフ…」
「いやつくちゃんのセリフでは…」
「頼む!今回だけ!今回だけ!」
「やだよめんどくさい…」
「屋台の何かおごるから!」
「…お前行く時浴衣着るのか?」
「え?着ると思うよ、ね、お姉ちゃん」
「そだね、お気に入りの金魚柄だよね」
「あれ好きなんだよねー、帯も金魚の尾ひれみたいだし」
「…」
「お母さん毎回結ぶの苦労してるけどね」
「でも意地でやるんだよねー」
「そこらへんはまあ…お母さんだし…」
「それは楽しみが増えましたね、純さんも同じ柄ですか?」
「そうだね、お揃いの」
「お姉ちゃんの浴衣はねえ、強いよ」
「強い?」
「強い、和装美人っての?」
「あー成程、強いですね」
(なんか通じてる…)
「…」
「…きーちゃんどうしたの?」
「…は?」
「急に黙っちゃって」
「別に…」

危なかった、浴衣姿想像してたなんて死んでも言えるか

「で、何でしたっけ、勉強?」
「あ゛」
「私が教えましょうか?」
「まじで!助かる!」
「そうですねぇ…牛鬼さんと純さんと分担で教えましょうか」
「は?」「いいよー」
「ヤッター」
「いや教えるなんて…」
「いいじゃないですか、どうせ暇なんでしょう?」
「グッ…」
「それに双子の浴衣姿も見てみたいじゃないですか」
(こいつ…わかってて言ってやがるな…)
「助かる…そもそも補修受けたくない…」
「…はぁ、今回だけだぞ」
「これで赤点回避は確定だな」
「それは透ちゃん次第」
「ハイ…」
「そもそもお前部活あるんじゃないのか」
「試験前は休みになるから大丈夫」
「ところでどこでやるんですか?」
「教室でいいだろ」
「でも部活も無いからさっさと帰らせられるんじゃない?」
「うーん、じゃあうちくる?」
「あら、お二人のお家?」
「お菓子もあるし」
「そうだね、お母さん聞いてみよっか」
「勉強会だー」

あれから何か変わったわけでもない
アイツは絡んでくるし、木菟森はよくわからんし、姉は…まだまともか
正直、意外とクソ真面目なアイツのことだから無駄に考え込んでよそよそしくなるかもとは思っていた
だから…面倒にならずに済んだ

…いや、現在進行系でなってるな
祭り?浴衣?アイツの家で勉強会?
友達でいるとは言ったが…いや考えすぎだ言われただろ…
私がこんな乙女みたいな思考回路持ってるとは…

「そういえばさー、つくちゃんときーちゃんも浴衣着るの?」
「浴衣…そうですね、着ていきましょうかね」
「ねーよ」
「えーないのー?」
「ちょっと見たかった」
「じゃあうちのを貸しましょう、おそらく合うのもありますよ」
「なんでそんなにあるんだよ、というか着ねーよあんなの…」
「今なら簪も付けますよ!」
「いや着ねーって…」
「えー!着てよー!見たいー!」
「見たいー」
「見たいですー」
「はぁ…」

…着たらコイツは何て言うかな

「…柄は何があるんだ」
「柄?色々ありますよ、明るい花柄とか藍色の花火柄とか…」
「…適当に選んでくれ」
「じゃあアタシも一緒に選びたい!」
「良いですね!準備しておきますので皆さんいつが都合付きます?」
「は?私も?」
「そりゃそうですよ、サイズも合わせなきゃいけませんし」
「めんどくさい…」
「楽しみだね」
「ねー」

皆で浴衣着て夏祭り、私がそんな経験することになるとは
しかも好きな相手とだ
…いやただの「友達」なんだが
人生どう転ぶかわからない
いつからか人が嫌になって、避けて、喧嘩して
そんな昔の私が聞いたら気でも狂ったかと一蹴されるだろう
…多分頭打たれて気が狂ったかも知れない
それでも今は狂って良かったんじゃないかと思う
どうせ慣れるなら、平和が続くほうが良い
夏も、秋も、冬も、そして次の春も
ずっと平和が続いて欲しいと思う
そして願わくば、この3人といられたらと思う

この3人との日常、それ以上は必要ない


「…あぁそうだ」
「ん?」
「勉強教えてやるから、代わりにあれ教えてくれ」
「え?」
「ハイキック、かっこよくなりそうなんだろ」
「…おお、任せろ!けどアタシはスパルタだからな!」
「だったら私も厳しくいくからな、わかんねえだの何だの言ってる暇ないからな」
「…懇切丁寧にじっくり教えるのも大事だよね」
「そうだな、ただ私のやり方とは違うけどな」
「いやほんと勘弁して…今回だけ教育方針変えてみて…」

「…私達はじっくり教えようね」
「スパルタ面白そうですね、試してみますか」
「ええ…流石に透ちゃん泣くよ」
「しょうがないですね、じゃあじっくり甘々で」
「極端だ…、甘々って?」
「まず勉強に取り掛かる時点で褒めましょうか」
「早」
「最近はそういうのが流行ってるらしいじゃないですか」
「まあ…褒めて伸ばすのはいいと思うけど」

「褒めて伸ばして!」
「バランスも大事だからな、我慢しろ」
「ぐええ」

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