
『虞美人草 ⑩ 夏目漱石』
3,923字
一六 (宗近と父、宗近と糸)
宗近が、外交官試験に及第した。父に報告している。身分が定まったなら、結婚したらどうだと尋ねる父。甲野の妹を貰いたい、と話す宗近。
ちょっと待て、先日甲野の母が来た。
何を言ってるのか、長ったらしくて要旨がよく分からなかったけれども、身分が定まってないから、定まったらと言っていた、と父。
じゃあわけない、試験には及第した、という宗近。
まだある。欽吾がうちを出るそうだから、藤尾も家を出られると困る、と言っていた、と。
(ちゃんと通じてた!)
そんなバカな話がありますか、甲野が家を出ないように説得する、と言う宗近。そして、甲野が妻を貰うと言ったら糸をやるがいいかと問う宗近。
それは本人に聞いた方がいいだろう、と糸を呼ぼうとする父。
二人で聞いたら答えにくいから、自分が聞きに行く、と宗近は2階へ上がっていく。
宗近は糸に年を尋ねる。はぐらかす糸。
お嫁に行かないか、と唐突に尋ねる宗近。
説明を聞く前から、行かない、と答える糸。
兄さんを助けると思って、うんと言ってくれという宗近。
(ヤダ。現代人で良かった。)
藤尾を嫁にもらいたいんだがね、と切り出す兄に、
まだそんなこと言ってるの、と呆れる糸。
藤尾さんは来たがってないんだからおよしなさい、という糸に、
来たがってないか判然としないから、ちょっと行って尋ねてくる、と言う宗近。嫌だと言われれば他を探すから、と請け合う宗近。
先日甲野の母が来たろう。
その時、試験に合格したらいいと言ってたそうだ。
試験に合格したんだからいいだろう、と言う宗近。
あら、いつ合格したの、と糸。
いつって、及第したよ、驚くなよ、と宗近。
洋行するなら、ああいうハイカラな妻じゃないと。
じゃあ、聞いてごらんなさい、でも、恥をかくといけないから、
本人ではなく、欽吾さん(藤尾の兄)に聞いた方がいいわよ、と言う糸。
分かった、甲野に聞く。そこで問題がある。
甲野が坊主になると言っている。
なぜ、と尋ねる糸。母の世話ができないから、金も家も藤尾にあげる、そして自分は家を出る、と言っているらしい。
その方がいいかもしれない、と糸。
お前まで賛成しちゃ困る、と宗近。
p.329
「だって、お金が山のようにあったって、欽吾さんにはなんにもならないでしょう。それよりか藤尾さんに上げるほうがようござんすよ」(略)
p.330
「じゃ兄さんが藤尾さんを貰うために、欽吾さんを留めようというんですね」(略)
「それじゃ欽吾さんより兄さんのほうがわがままじゃありませんか」
(略)
p.334
「甲野に聞くのは厭だと、といって甲野のほうからお前を貰いに来るのはいつのことだか分からずと……」
「いつまで待ったって、そんなことがあるものですか(略)」
「だからさ、兄さんが受け合うんだよ。ぜひ甲野にうんと言わせるんだよ」
昭和30年 初版発行
この辺までで、宗近兄さん、ちょっと立ち入り過ぎじゃない?とイライラしてたんだけど、次の章で宗近兄さんを見直した。
小説の中で、どの人も嫌なところ、弱いところ、だめなところがきちんと描かれていて、良いところ、素敵なところ、共感できるところも描かれている。もう、どの人も憎めなくて、どの登場人物も好きになっていて、完全に漱石の手の内で転がされているワタシ笑
一七 (一.小野さんと浅井、二.小野さんと藤尾、甲野さんと宗近、三.甲野さんと宗近)
小野さんは浅井と会う。
銀製のシガレットケースをパチンと開けて、浅井に煙草をすすめる。
浅井は、いつもこんなに高級な煙草をのんどるのか、少し金を貸せ、という。小野さんがいくら?と尋ねると、三十円でも二十円でもええ、と浅井。(小野さんの月給が六十円と言っていたから、月の給料の半分貸せ、という感じですね)
そんなに貸せない、というと、十円でも五円でもいいという。(六分の一から十二分の一にまで下がりました。)
十円なら都合できないこともない、と答える小野さん。その代わり、お願いがある。聞いてくれるかい、と縁談を断ってほしいことを伝えようとする小野さん。
小野さんが話そうとするたびに浅井が冷やかしたりなんだりで、1ページか2ページ分、小野さんは伝えたいことが全く話せない笑
p.341
「まあ、しまいまで聞いてくれたまえ。批評はあとでゆっくり聞くから。ーそれで僕も、君の知っているとおり、先生の世話にはたいへんなったんだから、先生の言うことはなんでも聞かなければ義理が悪い……」
「そりゃ悪い」
「悪いが、ほかのことと違って結婚問題は生涯の幸福に関係する大事件だから、いくら恩のある先生の命令だって、そう、おいそれと服従するわけにはいかない」
「そりゃいかない」
小野さんは、相手の顔をじろりと見た。相手は存外真面目である。話は進行する。ー
p.342
「それも僕に判然(はんぜん)たる約束をしたとか、あるいはお嬢さんに対して済まん関係でも拵(こしら)えたという大責任があれば、先生から催促されるまでもない。こっちから進んで、どうでも方(かた)をつけるつもりだが、実際僕はその点に関しては潔白なんだからね」
「うん潔白だ。君ほど高尚で潔白な人間はない。僕が保証する」(略)
「ところが先生のほうでは、頭から僕にそれだけの責任があるかのごとく見なしてしまって、そうして万事をそれから演繹(えんえき)してくるんだろう」
「うん」
「まさか根本に立ち返って、あなたのお考えは出立点が間違っていますと誤謬(ごびゅう)を指摘するわけにもいかず……」
「そりゃ、あまり君が人がよすぎるからじゃ。もう少し世の中に擦(す)れんと損だぞ」(略)
p.343
「(略)今度の相談もただ結婚という単純な問題じゃなくって、それを方便にして、僕の援助を受けたいような素振りも見えたくらいだ。だから、そりゃやるよ。(略)だが結婚したから尽くす、結婚せんから尽くさないなんて、そんな軽薄な料簡(りょうけん)は少しもこっちにゃないんだからー世話になった以上はどうしたって世話になったのさ。それを返してしまうまではどうしたって恩は消えやしないからね」
「君は感心な男だ。先生が聞いたらさぞ喜ぶだろう」
昭和30年 初版発行
浅井と別れ際、これから何かの口にありつけないか、宗近の家に寄って帰るという。ギョッとする小野さん。井上先生の縁談を断る話はしないでくれ、と口止めする小野さん。
小野さんは浅井と別れて藤尾の家へ行く。十五分程して、宗近も甲野さんを訪ねてくる。二人と二人は、池を挟んでしばし見つめ合う。
沈黙を破るように、藤尾は手にした金時計を小野さんの胸にかけた。
何か言おうとする宗近を引き留め、甲野さんは別の部屋へ宗近を引きずって行く。
藤尾はだめだよ、と告げる甲野さん。
糸公もそう言った、と沈みながら答える宗近。
そこに、ホホホホ、という藤尾の高らかな笑い声が届く。
金時計もよせ、という甲野さんに、うん、よそうと答える宗近。
無一物で出直そう、という甲野さんに、財産は、と尋ねる宗近。
いらないから、みんな藤尾にやってしまった、という甲野さん。
p.357
「母の家(うち)を出てくれるなというのは、出てくれという意味なんだ。財産を取れというのは、寄こせという意味なんだ。
p.358
世話をしてもらいたいというのは、世話になるのが厭(いや)だという意味なんだ。ーだから僕は表向き母の意志に忤(さから)って、内実は母の希望通りにしてやるのさ。ー見たまえ、僕が家を出た後は、母が僕が悪くって出たように言うから、世間もそう信じるからー僕はそれだけの犠牲をあえてして、母や妹のために計ってやるんだ」(略)
「なぜ黙っていたんだ。向こうを出してしまえばいいのに……」
「向こうを出したって、向こうの性格は堕落するばかりだ」
「向こうを出さないまでも、こっちが出るには当たるまい」
「こっちが出なれけば、こっちの性格が堕落するばかりだ」(略)
昭和30年 初版発行
宗近は、甲野さんに、僕のうちに来ないか、と言う。
君のうちへ行ったって仕方ない、と答える甲野さん。
糸公のために来てくれ、糸公は君の知己だ。糸公は君の価値(ねうち)をよく理解している。糸公をもらってやってくれ、と甲野さんの肩を揺り動かす宗近だった。
職場の同僚が、筋トレの本を借りたのにまだ返していないという。
普段、そういう話を聞いたことがなかったので、あれ、どうしたの、と聞いたら。
昔から仲良い友人の嫁ぎ先が由緒ある家柄で、何かの家元をされているそうな。毎年発表会の受付を手伝ってきたという。今年は手伝ってくれる人の人数が揃わなくて、いつもより頑張らないといけないかもだから、筋トレをしておかないと、という。観客の邪魔にならないように、中腰で会場を行き来したり、重い花を担いで走ったりするそうだ!一日中。
同僚の友人の若女将も、今年はスーツで手伝う、と申し出たけど、やはり着物でないとダメだと言われたのだとか。
きっと、若旦那は愛されているのだなあ。
今時、そのような家に嫁に行ってきちんと若女将を務めるって、
愛と覚悟がないとできないですよね。
コタツでテレビの時間とかないと思う、って同僚が言ってた。
絶対ないでしょ。スマホでYouTubeもない。
自由って最高。
あ、でも、愛の方が最高⁉️
どっちかでは物足りないかも。
どっちも欲しいですよねー、できることなら。