あしかせ~Another story~
私は長い間外に出ていない。
ご主人様にショックなことが続き、部屋から出てこないし、ずっと家にいるから。それにここの靴界隈では二軍落ち。そろそろ処分されていい頃なのかもしれない。
もう私はいつかどんな道も踏まずに下駄箱の奥の方に収納されて、処分されちゃうのかな。
それは嫌だなぁ。まだまだ履けるのに。どこへでもいけるのに。
外の空気も吸いたいな。でも、嫌だなと思うこともある。
虫や草むら時々、犬のフン。色んなものを踏んできた。
その度に大袈裟に叫んできたけどご主人様には聞こえることもなく……
私はご主人様が叫んでいるのは知っている。
家の中でのご主人様はあまり知らない。
私は下駄箱に入れられたままの時間が多い。他の仲間は次が誰の出番か予想が始まる。そうしている方が楽しいのかもしれない、でも私は何日間も下駄箱に入れられている。
選ばれなかったら悲しいもんな。
最後に私が外に出たのはいつだったっけな。もう忘れてしまった。コンビニだったかな?あれからしばらく経ってから私の出番は少なくなったんだ。
私はご主人様をどこにでも連れてってあげられる。
だって耳も聞こえるし、目も見えるし、声は聞こえないけど出せる
ある日ご主人様の部屋から私みたいな歌が聞こえたんだ。🎶足をもがれたバッタは……なんだか私に似ているなぁ……
ご主人様が外に出るのを私は祈っている。
ある日ご主人様はある歌を毎日聞いたり歌ったりするようになった。
おそらくご主人様はショックなことが大きすぎて幻覚や幻聴を振り切れないのかもしれない。でも、歌を歌うということは少し前向きになったのかなとも思う。
この歌を作った人に会いに行きたいな。会いに行って欲しいなぁ。私はそんなことを思いながら、何ヶ月も来る日も来る日も下駄箱の中で過ごした。
※
ある日突然下駄箱の中が明るくなった。光は私を指していた。
ご主人様は引きこもりをやめるのか、私を見て、手に取りはいた。今日は待ちに待った私の出番だ!ご主人様はコンビニに行くようだ。何日ぶりだろうか。
私は久しぶりの外出にウキウキしていた。ご主人様は鼻歌を歌い、とても機嫌が良かった。
あれ?食べ物を見るわけじゃないのかぁ。ん?何か機械をいじってるようだ。なんなんだろう?私はドキドキしていた。何が出てくるんだろう??
「うそぉー」
ご主人様はポツリと呟いた。
私はなんだろうなんだろうと、すごく気になったのだけど何か分からないまま、また暗い下駄箱の中に収納された。
※
あれから2ヶ月くらいすぎた頃だろうか、また、ご主人様が私を履いて出かけるようなのだ。私はまたウキウキしていた。私が役に立っていることが嬉しかった。出かけることが嬉しかった。
ご主人様のビロウドの靴。イタリア製のお姫様。
どこへ行くかは何となくわかっていた。
ご主人様はこれをきっかけに引きこもりをやめる事ができたのかな?
足取りもすごく軽く感じる。
そこはどこかのコンサートホールのようなところだった。早速はいり、前の方にどんどんと進んでいく。
到着したのは最前列ど真ん中!
私は胸がドキドキした!
おそらくこんなにドキドキしたのはご主人様の元へ行った日以来なのではないだろうか?と思う。
それからしばらくして、照明が消えた瞬間、その刹那、シーンと張り詰める空気がパンっと弾けると、すぐさま上がる大きな歓声、登場するあの人。あの歌を歌う人だ!私にはすぐ分かる。
「こんばんは!黒木渚です。これから2時間だけでも構いません、どうか黒木渚を大本命にしてください!よろしく!」
お腹に響くリズム隊、ギターをかき鳴らす音、観客の手拍子、ご主人様を救い出した黒木渚!
私はご主人様がこんな顔で笑うんだなって初めてわかった。こんな顔で楽しむんだ、こんな顔で泣くんだ。
ずっとこの時間が続けばいいのに、、、
私は本当に嬉しかった。
本当に嬉しかったんだ。
あの部屋で泣いていたことも、悲しい思いをしながら耐えてることも。どこかの誰かに置いていかれてる気持ちになってることも、黒木渚の曲を何回も聞いてることも、歌を歌ってることも、色んなことを堪えてることも、、、
何よりひとりぼっちで戦ってることも、全部知ってる。
私は二軍落ちではなく、特別な何かがある時に履いてくれていたことも知ってるよ。
報われたかな?
ご主人様は報われたかな?
私は報われたと思っているよ。
了
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