イナズマイレブンGO 返報性の悪について
前回イナズマイレブンGOギャラクシー、GO全体に関する感想記事を投稿しました。
まあまあ考えたものの、何が問題提起となっていて、何がその解決として作品から提示されているのかといった、作品のテーマを出してなかったので今回は簡単に考えたことを書きたいと思います。
前回の記事で、逆に解決の方について書いたため、逆算して問題提起が導出できます。
提示された解決は支配関係を持たない個によるスタンドプレーによって生じるシナジー効果、チームワークです。
であれば、問題提起は支配、管理することそのもの、また神童から天馬へと受け継がれたようにそれが繰り返されてしまう事です。
そしてその問題提起は悪役という形になって、イナズマイレブンGOで表現されています。
悪役にはいくつかのパターンがあると思っていて、例えば
純粋悪・・私利私欲だったり、救済される余地のない理由で悪事を行う
返報悪・・自分が何か負の側面を押し付けられたので、それを報復する
必要悪・・主義、立場が異なっているだけで一概に悪と断ずるのも困難
といったように、ここに挙げた以外にもいくらかパターンとしては挙げられると思います。
千宮司、SARU、オズロックは全員返報悪なんです。
そしてこれが支配をループさせる構造になっています。
誰かに何かをされたからし返す→それを受けた誰かがまた誰かにし返すといったように、どこかで断ち切られることがない限り、永遠に繰り返される構造を孕んでいます。
この不毛性こそが、イナズマイレブンGOにおける問題提起かと思います。
逆に無印の方を見てみると、研崎(吉良は研崎に利用されてるため)、ガルシルドは純粋悪です。
純粋悪に対しては、正義の暴力が通用するため、円堂達のサッカーに対する愛や純粋な正義で対処することが出来ます。
これがGOになると、ただ勝つだけでなく、そこに返報悪を受け止める構造が必要になり、それが天馬たちが紡いできた物語になります。
そして一人書いていない人物、影山零治は無印において異質な返報悪のポジションにいます。
無印1というまだコンテンツの先が見えない状態で配置された悪役なのでテーゼが定まっていない可能性はありますが、彼は黒岩流星として、円堂ですらパージされたGO3に無印の人間として登場しています。
これは返報悪循環への天馬たちが出した答えとは違う新たなジンテーゼかと思っていて、マイナスの要素がそのままマイナスへと変換されるのではなく、プラスともマイナスとも違った新たなベクトルへと昇華させる形で解決するといった方法もあるという提示だと考えられます。実際ファラムオービアスが取った解決法は、現実的に考えると厳しい側面もあるため、解決法が一つというのはリスクが非常に高いです。