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時には、軸足を変えてみよう

今日も少しだけ皆さんに元気になっていただけるようなお話をさせていただこうと思います。

私自身は、最近は中々読む時間を作れないのですが、読書が趣味の一つでもあります。
速読ではないのですが、それでも乱読と言った粗い読み方かもしれません。

さらに、本屋があると誘蛾灯に誘われる蛾のようにフラフラと・・・。
そこで、何冊か本を買ってしまいます。

最近は、オークションサイトやAmazonなどで、本当に古い本などが手に入ったりするのでさらに大変な状況に・・・・。

改めて、家の本棚を見て呆れています。

2段重ねの3段ボックス、その前後にぎっしりと本が埋まり、未続の本も多いのです。
さらに昭和30年代・40年代からの古い時刻表や鉄道関係の資料、白書などが所狭しと置いてあります。
書斎代りに使っている4畳半の部屋は殆ど本箱で占められています。

こうなった原因の一つは、自身のコンプレックスからでした。(いわゆる学歴コンプレックス)
結果的にそれが自分にとってはプラスになりました。

横断的に色々なジャンルの本を読んできたことも大きいかと思います。
常に物事を考えるときに単発的に考えるのではなく、複数の視点から同時に考える癖がついたと言えましょう。

何か問題を解決するときに、いくつかの視点からアプローチしてみる。
そうすることで、自分が正しいと思っている考え方が、別の視点から考えると違った問題点を内包していることに気付いたりなんてことが多々あります。

いつも思うことですが、一般社会において正解は決して一つではありません。
数学の世界では、求める解は一つかもしれませんが。

もっと言えば、その解はいくつもの階層に分かれていると言えるかもしれません。

階層と言うのは時間平面的な場合もあれば、階級的階層に分かれているかもしれません。
個々の立ち位置や時代で答えは変わってくると思うんです。
仮に全世界の人がとまでは言いませんが、一つの集団(例えば100人程度の集団)が全員同じ考え方というのは可能でしょうか。
表面的には合わせているかもしれませんが、現状は?ですよね。
昔は常識であったことが現在の常識で判断すると非常識だった・・・なんてこともあります。

また、富裕層の常識と庶民の常識は異なるのかもしれません。

だからこそ、何かを判断するときには自分の立ち位置を意識的に動かして考えてみて欲しいんですね。
右翼的発想をする方なら、時には左翼的発想をしてみたらどうか。
庶民なら、富裕層ならどんな風に考えるのか・・・

もちろん、高級な服を買って、高級車に乗ってと言うことで無いですよ。
そうした感覚を意識して欲しいんです。

そうした複数の視点から物事を考えることが出来るようになれば自ずと違いを受入れられる、そんな気がするのです。

まぁ、私は「軸足を変えてみる」という言い方をしますけどね。

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