私のサイト「国鉄があった時代」について
今日は中々思い浮かぶ言葉がないので、昔話などをしてみたいと思います。
多少のガス抜きをかねて、昨年から、何度も話題になっている、かんぽ生命のお話を少しだけしてみたいと思います。
かんぽ生命は、ご存じのとおり、郵政の簡易保険事業が民営化で改編され、「かんぽ生命」という会社になったもので、民営化されたとはいえ、その募集手法は民営化前の時代から変わっていなかったことが露見したわけです。
私も郵政局を降格してから簡易保険の外務員になったことは以前にもお話ししました。
今日は少しだけ、私の趣味の話をしてお茶濁しといたしましょう。
私の趣味というのは、鉄道ですと一応公言しているのですが。鉄道の趣味と言うよりも最近は趣味ではなくそれが研究対象のようになっており、趣味なのか否かという境界がどんどんぼやけてしまっています。
ですので、あなたは乗り鉄派、とか撮り鉄派ですかと聞かれるととっさに困ってしまうわけですね。
鉄道の写真もやはり一番撮影機会としては多いのですが、珍しい車両が走るとか、廃止になるからとか・・・そう言った類いは殆ど参加せずなので、撮り鉄は派とは到底言えなさそうです。
そうかと言って乗り鉄派というわけでもなく、目的地へは最短距離で行けるように新幹線、場合によっては、夜行バスを使って移動なんてこともありますが、基本的にはもう何年ものんびり汽車に揺られて・・・なんていうものはないです。
だから、乗り鉄派とも言えないわけで、敢えて、何派という分け方も出来ないので、「日本国有鉄道研究家」と自称しています。
趣味で最初始めたサイトもかれこれ20年近く運営しており、そうした意味では十分データーの蓄積が出来ているなぁと思うときがあります。
実際、年表だけでも相当な量となっており自分自身もここまで作れたなぁと思うことが多々あります。
まだまだ、それこそ知らないことが多々ありますので、どこまで出来るか判りませんが、ライフワークとして掘り下げて行ければなんて思っているわけですが。
昭和だけに区切ってもそれはもう大変で、終わりのない夜道をひたすら歩くというそんな感じです。
こんな与太話に興味を持っていただけましたら、是非とも
下記にアクセスしてみてください。
国鉄があった時代
鉄道に関するお仕事ありましら、ご連絡いただけたりすると嬉しいです。m(_ _)m