見出し画像

餘部橋梁物語 第14話 総裁決断す。

国鉄総裁への駅設置の陳情自体がイレギュラーであることで、総裁としても無視はしたいでしょうがさすがに、兵庫県知事とあっては無視するわけにも行かず・・・痛し痒しといったところでしょうか。
そんな、知事と総裁のお話読んでいただければ幸いです。

>「そうですね、仰るとおりです。しかし、ローカル線の小さな駅だからと言いますが、小さい駅だからこそ光を当てていただく必要もあるのではないでしょうか。」

兵庫県知事と十河総裁の議論が今切って落とされようとしていました。

知事は、国鉄本社に陳情にいって、「はいそうですか。わかりました。」

とならないことは十分に承知していましたから、むしろ、この反対を内心喜んでいました。

 しばらく沈黙の時間が流れ、最初に言い出したのは、総裁付け秘書の伊藤秘書でした。

 「私どもと致しましては、多くの地方からの陳情や先生方からの陳情を受けております、その中からさらに優先順位を決めて着工しているわけです。何事にも順番があるということは、あなたさまも十分にご理解されていることと思います。」

言葉遣いは丁寧ですが、どこか冷たさを感じさせるコメントを返してくるのでした。

「仰ることはよくわかります、私なども、市会議員や、町・村議会議員から陳情を受けることは多々ありますので、仰ることは大変よく理解できますし、それを否定するつもりはありません。実際に、私の場合も実務的には同じようなことをするでしょう。」

知事もあくまで冷静です。

「しかし、今回の駅設置のお願いは、譲れないのです。そもそもの発端は、いっしょに送らせていただいた、子供の手紙が発端なのですが。働き手である父親を事故で無くして、十分な教育を受ける機会すら失われている。子供にとって教育の機会を与えてやれなかったために、埋没してしまうというのはいかがなものでしょうか。」

さらに、知事の言葉は熱を帯びて。

「近くに駅がない、鉄道は目の前を通っているのに、さらに駅にいこうと思えば長い山道を越えていかなくてはならない。目の前に線路があるのに利用できない。」

「当然線路を歩いては行けないというのは、御存じですよね。」

思わず、伊藤秘書が口をはさみます。

「おそらく、わかっているでしょう。誰も危険を冒して鉄橋を渡ろうとは思わないでしょうから。しかし、実際問題として現実にそこを利用しないとほとんど町にも出れない状況なのです。地元では、開通当初から通行することが一般的となっています。」

知事が反論します。

 「それでは、福知山鉄道管理局に問い合わせしてみたいと思います。」

伊藤秘書が、やや事務的にそして冷やかに告げました。

「それでも結構ですが、実際問題として餘部地域の集落に駅を設けるのは、この町の人たちにとっては悲願なのです。駅ができれば橋を渡ったりトンネルの中を歩くといった危険はなくなります。さらに、駅ができることで交流が盛んになり、集落の活性化も図れます。」

伊藤秘書は、苛立っているのでしょう。少し語気を強めながら。

 「それは、理想論でしょう。」

「たしかに、わたしの申し上げていることは理想論かもしれません。しかし、日本国有鉄道というのは、国民のための鉄道ですよね。地域の活性化と福祉の向上のために存在すべき組織ですよね。何故利潤ばかりを求めようとするのですか。」

 「決して、そんなつもりはない、ただ一般論を述べたまでです。」

伊藤秘書も反論します。こうなってくると知事と秘書の話合いとなってしまい話は膠着状態となってしまいます。
 知事は、最後にと断って、自分新聞記者時代の話を始めました。

「私は、兵庫県は尼崎市の眼科医の息子として生まれましたが、医業は継がずに新聞記者となりました。そこで、能力はあるのに教育の機会を十分に与えられないがために、埋没してしまっていく多くの人をみてきました。」

「実は、こちらに陳情に上がる前に、餘部の集落に足を運んできました。」

「集落に付いてすぐ目に付くのは、山と山を跨ぐ大きな餘部の鉄橋でした。そして目の前にはすぐに海、集落は餘部の橋梁の近くに寄り添うように建ち並んでいました。」

「聞けば、おも立った産業はなく、漁師として生計を立てているが冬などは海が荒れて漁にも出れず、生活は安定しないとのことでした。」

「鉄道を利用したくても、近くの駅までは鉄橋を越えて線路沿いに歩いても2時間近くかかるわけで、陸の孤島だということを言われました。」

そこまで言ったとき、十河総裁が重い口を開きました。

  「わかった、餘部橋梁の付近に駅を設けるようにする。」

 「総裁、それは理事会に提出しないと・・・」

秘書の言葉を遮るように、総裁は

 「いや、これは総裁の権限として提案する。次回の理事会の議題に載せるように。」

そう言ったきり、総裁は再び黙ってしまいました。

「総裁、ありがとうございます。」

知事は、思わず涙目になりながら、総裁の決断に感謝の意を表明するとともに、深々と頭を下げるのでした。
 総裁が実行すると言った以上、伊藤秘書も反論する理由はなくなりましたので、以後はほぼ事務的に。

 「それでは、総裁も今回の陳情については最優先課題として取り組むとのお話をされておりますので、次回の理事会の議題とさせていただきます。おって具体的な日程は後日通知いたします。」

「ありがとうございます。」

知事と、知事付け秘書はほぼ同じタイミングで礼を述べるのでした。

さて、総裁はというと、タバコに火を付けて一服、ひとつの仕事をやりとげた。
そんな雰囲気にも見えました。

知事はその様子をみながら、ホット安堵の表情を浮かべるのでした。

そろそろ時間となりましたので、この辺で終わらせていただきます。
この続きは、又夜にでも書かせていただきます。Img868

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?