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<第7巻>細かすぎて伝わらない佐々木倫子「動物のお医者さん」(現役獣医師が全話にマジレスしてます)

佐々木倫子さんの「動物のお医者さん」新装版の発売にあわせて、現役獣医師である僕が獣医学的にマジレスしています。
(第1巻の記事はこちら


第7巻は、ハムテルくんの学部5年生の生活もだいぶ後半になります。
(第6巻も5年生だったし、進級のペースが遅くなったような気がします)

表紙は一番かわいいころのチョビ。爪がちょっと出てるのがポイント


<第63話>
クリスマスに土蔵に閉じ込められるハムテルくんたち。
最後のページで、二階堂家のクリスマスツリーに七夕の短冊が飾られている。

クリスマスツリーに短冊を飾る不思議文化(10万円欲しい)


クリスマスツリーに短冊、これは連載当時(1991年)はギャグとして受け止められたけど、2024年現在はどうやらそれなりに普及していることらしい。
報道をみると、神奈川県の幼稚園で毎年飾っているらしいし、また、プリキュアの過去作品(2010年のハートキャッチプリキュア!)でも登場する(プリキュア!を一般的な事象としていいかは自信がないけど)。
ハムテルくんたちは土蔵の地層を掘り返していたけど、すでに動物のお医者さんの習慣が過去のものとなっているようだ。

この回の大半は過去の堆積物を探すことに費やされていました





<第69話>
研究室の年末大掃除をきっかけに、漆原教授の過去が明かされる回。
漆原教授が「あれは助教授のころ?それとも助手?」と振り返っている。

かつては助教授、そして助手だった漆原教授

当時は大学教員の呼び名は、助教授→教授だった。
2007年の学校教育法の改正のより、助教授の代わりに准教授が現在の呼称となる。
僕は「助教授」のころに学生だったので、いまだに「准教授」の呼び名にちょっと違和感があるけど、よく考えたら改正から17年たっているのだから、すでに「助教授」の呼び名を知らない人のほうが一般的なのかもしれない。

また、掃除中に見つかった(年代物の)口紅は、かつての卒業生で化粧品メーカーに就職した杉沢さんからプレゼントされたものだった。

獣医学部から化粧品会社に就職した卒業生


意外と、獣医師の就職先として化粧品メーカーというのは結構ある。性質的に化粧品メーカーは医薬品メーカーに近いものがあり、薬学から臨床まで一通り学んでいる獣医師はスキルが活かせるのである。
決して、動物用化粧品、というものを獣医学部で学ぶわけではない、念のため。




<第65話>
個人的に、この話は作品中随一の問題回だと思っている。
ヒヨちゃんがインフルエンザと診断された。

衝撃の診断をされるヒヨちゃん


オリジナルの出版時にはなかったと思うのだけど、今回の新装版では、欄外に注釈がされている。

この作品が発表された当時、後に社会問題化した高病原性鳥インフルエンザは、日本では発生していない状況でした。鳥インフルエンザは監視伝染病(届出伝染病)であり、公的機関への届け出が必要となります。

61ページ注釈より

この記載のように、高病原性鳥インフルエンザは長らく海外伝染病とされていて、この後、日本国内で発生したのは、2004年に97年ぶりに発生した。
フィクションの中とはいえ、当時獣医学生だった僕は、あれ?ヒヨちゃんが罹っていなかったっけ?と疑問に思ったものだった(以下に記すように、これは理解が不十分な疑問だ)。


鳥インフルエンザという病気は、広義にはインフルエンザウイルスの感染で引き起こされる鳥の伝染病ということになる。
ただし、2024年現在の日本の伝染病の定義としては、A型インフルエンザウイルスのうちH5・H7型が原因になるものを、(鳥への)病原性の違いにより、高病原性鳥インフルエンザ(HPAI)あるいは低病原性鳥インフルエンザ(LPAI)といって、それ以外の亜型によるものを鳥インフルエンザという。

鳥インフルエンザの分類(農林水産省ウェブサイトより)

(参考)農林水産省・鳥インフルエンザに関する情報
https://www.maff.go.jp/j/syouan/douei/tori/index.html#2

また、法令上の区分でいうと、HPAIとLPAIは家畜伝染病(作中では法定伝染病と表現されている)、また(狭義の)鳥インフルエンザは届出伝染病になる。
だから、注釈の記載内容も踏まえて、ヒヨちゃんが感染したのは、HPAI、LPAIではないほうの鳥インフルエンザであるといえる。
よく考えたら、HPAIであれば、当時の表現で「家きんペスト」と呼んだはずである。

呼吸器症状で済んでよかった

ただ、念のためツッコむと、鳥インフルエンザこそ意外と発生がなくて、1937年から2023年まで、鶏では1件も発生がない(あひるで発生があるのみ)。
ついでに言うと、漆原教授が可能性があるといっていた鶏伝染性気管支炎も鶏伝染性喉頭気管炎もどちらも届出伝染病である。

割と雑な類症鑑別をする漆原教授


もう一つ、この話から。
高屋敷助教授で飼われていたスナネズミが死んでしまって、娘さんに「生き返らせて」と泣きつかれる。

作中で唯一(?)描写されるペットロス


実は「動物のお医者さん」では、生き物が死ぬ、という展開がほとんどない(この回だけではないだろうか?)。
後代の獣医・動物系マンガでは、たいてい動物が死ぬという展開があって、それで主人公が「命の尊さを実感して成長する」というのが定番パターンだ。
また、獣医師本人だけでなく、飼い主へのペットロス対策・ケアということも、現在では獣学部のカリキュラムに盛り込まれていて、国家試験にも出題される(僕のころは学んでいない)。

ペットロスケアについての国家試験での出題(令和5年)

僕は「動物のお医者さん」の作中で描写がないという事実を、当時は軽視されていた、とは思わない。
当時も重要な課題だったから、(むしろ、だからヒヨちゃんのインフルエンザ回で取り上げて)最終的に笑いでまとまるようにしたのだと思う。




<第66話、第67話>
ブッチャーさん(外国人)に誘われて、犬ぞりレースに挑戦するハムテルくんたち。

唐突に犬ぞりレースに勧誘されるチョビ

チョビたちが出場する犬ぞりレース大会は、真駒内公園で開催されている。

かつての札幌オリンピックの会場だった真駒内公園

真駒内公園は、札幌市内に実在する公園だけど、「動物のお医者さん」の作中で実際の地名が登場するのは珍しい。
なぜだろう、と調べてみたら、この「国際犬ぞりレース大会」は実際に真駒内公園で当時開催された大会のようだ。

念のため言うと、獣医学生といえども、犬ぞりは決して一般的な活動ではない。獣医学部のカリキュラムのなかでも、スポーツ医学的なことを学んだ覚えはない(せいぜい、競走馬の生理学を疾病に関連づけて学ぶくらいだ)。

僕にとっては、犬ぞりといえば、まずムツゴロウさん(畑正憲さん)の動物王国が思い浮かぶ。
あと、近年では冒険家の角幡唯介さんが取り組んでいる。角幡さんの著作としては、極夜の暗闇のなか犬ぞりで北極圏を探検した「極夜行」が受賞歴もあって有名だけど、個人的には、その前日譚である「極夜行前」が、遠足の準備的なワクワク感があって、おすすめです。



<第68話>
国家試験勉強に苦しむ6年生たちにプレッシャーをかける漆原教授。

ゾンビのようになっている学生に無駄に圧力をかける教授

漆原教授は「うちはいつも合格率が悪い」とぼやくけど、実際のH大学(のモデルの北海道大学)の国家試験の合格率は、毎年トップクラスである。
直近の第65回の国家試験では、全国平均の合格率が84%のなか、北海道大学は94%だった。鳥取大学、岐阜大学についで、全国3位である。

獣医師国家試験結果(農林水産省ウェブサイトより)

獣医師国家試験は例年2月中旬に行われる(昨年は2月14日、15日)。
作中で「国家試験を1ヶ月後に控えて」とあるから、このときは年明けの1月中旬くらい。
ノイローゼになった6年生たちが漆原教授を閉じ込める際に、赤穂浪士の討ち入り(っぽい)装束をしているけど、赤穂浪士討ち入りは旧暦で12月14日、新暦で1月31日。微妙に季節外れである。

赤穂浪士モードで突入する6年生

ちなみに、僕の学生時代を振り返ると、討ち入りたくなる気持ちはよくわかる。僕は大学の自習室に日参して勉強していたけど、毎日、だいたい同じ面々が通ってくる中、ときどき行方不明になる学生がいたりした。
漆原教授ではないけれど、息抜きも必要である。

学生にむけての愛のある配慮



<第69話>
菱沼さんが(実は)就職活動に励んでいた回。
「動物のお医者さん」を通読してなんとなく気がつくのは、基本的に恋愛回がない代わりに、菱沼さんの就活話が恋愛話なんだな、と思う。

会社→男性、面接→お見合いを置き換えれば、婚活として成立する展開


ところで、菱沼さんの身代わりになった二階堂くん、「獣医師免許はいらないから、いま大学辞めて」と就職を迫られる。
獣医学部卒業したからといって獣医師になれるわけではないけど、5年生になったといえ退学してしまえば、獣医師どころか、大卒ですらなくなる。
きっと給料にも影響するだろうし、さりげなーく悪条件の就職をされそうになる不憫な二階堂くんである。

獣医師免許どころか、獣医学士ですらなくなりそうになる二階堂くん


<第70話>
公衆衛生学講座の無菌室を借りにきた漆原教授。
作中の描写から、入退室時の入浴・更衣はしないにしろ、パスボックス・紫外線灯が備わっていることから、ぎりぎりバイオセーフティレベル(BSL)2のなかでも高水準の環境が整っている。

安全キャビネット内だけでなく、部屋全体に対応した殺菌灯


パスボックス(二重扉で消毒したものを検査室内で出し入れする時につかうもの。(決して、人の通り道ではない))


教授の頭上にバイオハザードマークがちゃんと表示されてる(あと、白衣の袖を腕まくりしていることも無菌操作的にポイントが高い)


なぜここまで設備が整っているかといえば、菅原教授の公衆衛生学講座は、獣医学部のなかでも「人の病気」を扱う講座であるからだ。
菱沼さんが扱っているクラミジアも、鳥から人に感染するオウム病(Chlamydia psittaci)のものじゃないかと思う。

オウム病菌と思われるクラミジア

だから、なおさら、菅原教授がオウム病のキャリアになりうる鳥の持ち込み寛容であることがどうにも腑に落ちない。
これまでも触れたように、第13話(第2巻)では野生のモズを、第30話(第3巻)では九官鳥を講座内に持ち込んでいるのだ。
ハード面を整える前に、ソフト面である学生教育にもうすこし力をいれたほうがいいかもしれない。



<第71話>
奥ゆかしい犬・シロさん登場。
実際は奥ゆかしいどころか、シロさんはベジタリアンで、大根とかキャベツとかをぼりぼり食べる大胆な犬であると判明する。

まさか扉絵が伏線になっているとは、お釈迦様でも知らぬ仏のお富さんである


シロさんがベジタリアンであることをいち早く悟るハムテルくん


飼い主の前で「悪食」と断ずるハムテルくん

ハムテルくんには「犬としては悪食」と言われていて、獣医師である僕もそう思うのだけど、調べてみたら、ペットフードメーカーのヒルズの犬のベジタリアン食についての解説記事を見つけた。

要約すると、「飼い主の気持ちはわかるけど、人と犬は違う生き物であることを理解しようよ」と書いてある。

つまり、専門家によるきちんとした指導・監督下で慎重に行わない限り、犬にヴィーガンの食事を与え続けることで深刻な健康トラブルや栄養不良を引き起こしてしまう危険性があるのです。

(上記ウェブサイトより)

食の多様性が発展していく中で、ヴィーガンへの関心も高まっていると言えるでしょう。とはいっても、すべての人にとってヴィーガンが理想的な食事や栄養であるとは限りません。ましてや犬となれば尚更、そもそもの生理機能がすべて人間と一緒ではない上、多くの種類が存在し個体差もあり、わかっていないことも多くあります。
(中略)
すべての動物のウェルビーイング(健康や幸福)を気に掛けるのは大変立派なことではありますが、ペットの食事に関して言うなら、最も気に掛けるべきはペットの生命と健康であり、それは必ずしも人間と同じではないことを理解しましょう。

(上記ウェブサイトより)

シロさんは自主的な(?)ベジタリアンであるけど、実際の世の中では、飼い主自身がベジタリアン(ヴィーガン)であるから、ペットにもベジタリアンでいてほしい、というケースが多いんじゃないかと思う。
人がヴィーガンになる理由は様々らしいけど、20〜30%くらいはアニマルライツ(動物の権利)を重視した結果らしい。(参考)
それならば、自分のペットの権利も尊重しなくてはいけないよ、というのが、上記の記事で言っていることだ。

この回は、シロさんの飼い主も、お隣さんも、シロさんのことを大事に思っていて、すれ違いが起きていた。
動物の権利に対して、人間が独りよがりになってはいけないよと、という割としっかりしたテーマをさりげなく盛り込んだ良作だと思う。

以上です。
第8巻へ続きます。


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