細かすぎて伝わらない佐々木倫子「動物のお医者さん」第5巻 (現役獣医師が全話マジレスしてます)
佐々木倫子さんの新装版「動物のお医者さん」に全レスする話、第5巻です。
(第1巻の記事はこちら)
ハムテルくんたちは学部4年生から5年生になっている。
学生生活にも慣れて、そして専門性が増すなか、中川くんのガブリエルとか、エッジのきいた動物がたくさん登場するのが第5巻です。
<第44話>
麻雀回。
最後の局面で、雀卓にダイブして勝負をめちゃくちゃにするミケ。
当時はこういった現象を表す言葉はなかったけど、現代では「ネコハラ」と表現される。
ネットで検索すると、「ネコハラ」を起こす理由は専門家の皆さんがさまざまな理由をあげていて、つまりそれは「よくわかっていない」ということなのだけど、躾とかの対象となる行動ではないことは確かなようだ。
今回はハムテルが罰金の被害を受けたけど、そもそも猫のいる前で麻雀をすることが間違っているのである。
<第45話>
実家に帰省する菱沼さん。
背景描写などを読み解くに、どうやら菱沼さんは小樽市出身のようだ。
菱沼さんの回想シーンのなかで、「修士課程2年(大学6年)」という表記がある。獣医学部は6年制で、卒業すると一般学部でいう修士課程と同等と扱われることが多い。
6年制に切り替わったのは1984年。
作中の描写や掲載年代から、菱沼さんが大学に入学したのは1980年か81年だと思われるので、菱沼さん入学時はまだ4年制で、自然と修士課程に進んだようだ。
上記の菱沼さんの入学年特定のヒントになったのは、ハムテルくんたちの入学年だ。
第3話で受験生のころのハムテルくんは「もうすぐ共通一次(センター試験が行われる以前の大学共通の入学試験で、1989年まで行われていた)」と言っているし、そもそもみんなで作ったお揃いの作業着に1988年って書いてある。そして彼らが2年生のときに菱沼さんはすでに博士課程だった。
どうでもいいけど、上のコマでジャケットの背中に書かれている「MEN AT WORK」というのは、1983年ごろにヒットしたオーストラリアのロックバンドだ。
来日公演もしているけど、1986年に活動休止している(その後、1996年に再結成)。
このとき1988年とすると、ハムテルくんは中学生のころにけっこうロックな趣味があったのだろうか。
<第46話>
牛の難産解除に挑むハムテルくんたち。
胎子の体位(体の向き)が、先生の診断のとおり正常後位で正しいのか不安になるなか、阿波野さんは、蹄の向きから、正常後位でいいはず、と判断する。
この判断は、半分正しくて、半分間違い。
胎子体位を判断するには、蹄の向きだけじゃなくて、「出ている足が前足か後ろ足か」も確認しなくてはいけない。
蹄の形だけでは、前足か後足か判断できないから、あとは関節の曲がり方などから判断する。言及はしていないけど、これは触診(内診)したハムテルくんが確認しているかもしれない。
ともかくも、この判断により、迷いを捨てて全力でロープを引っ張るハムテルくんたち。
牛と人間の気持ちが通じ合ったのか、モモちゃん(母牛)もさっきよりも気合いを入れていきんでいる。
僕も何度か経験しているけど、難産解除で最後の決め手となるのは、なんだかんだで母牛の頑張りだ。(それでダメだったら帝王切開の出番だ)。
この話ではせっかく無事に生まれたのに、みんなイマイチ感動していないけど、結局頑張ってるのは母親だから、手伝ってるだけのハムテルくんたちに実感がないのは当然かもしれない。
<第47話>
定期試験に挑むハムテルくんたち。
清原くんが過去問とかレポートのコピーを売り捌いている。
僕の学生時代も、試験対策の基本は過去問のコピーの入手だった。
もっともファイル共有とかが発達してる昨今の大学生はどうやっているんでしょうね。
どうでもいいですけど、清原くんのこの広告スタイルは「サンドイッチマン」という。Wikipediaでは1950年ごろが全盛期となっていて、僕の大学生のころも、この作品当時も廃れているとは思うけど、古風だなあ。
<第48話>
博士課程を終えた菱沼さんにお見合いの話が舞い込む。第23話の盲腸手術での研修医との絡みといい、こうしてみると意外と菱沼さんには恋愛話が多い(第23話を恋バナと言っていいかは別として)
そもそもの話の発端は菱沼さんが博士課程を終えても研究生として大学に残ることだけど、このパターンは意外と多いようだ。少し古いけど、北海道大学のウェブサイトに掲載されている修了後の進路は、20人中6人がそのまま北海道大学に残っている。菅原教授が早いところ菱沼さんを片付けたがっているのもうなづける。
参考)北海道大学大学院大学院獣医学院
https://www.vetmed.hokudai.ac.jp/veterinarymedicine/
そのほかの内訳を見ても、研究機関や留学に進む人も多くて、公務員や企業に就職する人は少ない。菱沼さんは「書類書きばっかりの仕事はいや」とわがままを言っているけど、そもそも大学院に進んだ段階で、修了後の未来は予測されていたともいえる。
<第49話>
動物園で実習中のハムテルくんと二階堂くん。
実習先のM山動物園というのは、札幌市円山動物園のことである。
現代でもホッキョクグマの飛び込みが見られるなど、特徴的な展示をしている動物園である。
作中でハムテルくんたち(園長含む)が辛酸を舐めている類人猿の展示にも力を入れていて、今年(2024年)5月には新エリア「オランウータンとボルネオの森」が開設されている。ウェブサイトには、類人猿展示の歴史にも触れられていて、作中にも登場する類人猿館は1977年に設置されたことも書かれている。
(参考)札幌市円山動物園「オランウータンとボルネオの森」
https://www.city.sapporo.jp/zoo/04event/r3/orang2022.html
さて、類人猿は人間並に寿命が長い種も多くて、同園のサイトにはオランウータンもチンパンジーも飼育下では50年近く生きるとされている。
現在円山動物園で飼育されているチンパンジーにも1980年代から飼育されている個体も4頭いるようで、ハムテルくんたちに唾を吹きかけた個体もまだご存命かもしれない。
<第50話>
中川くんのガブリエル(登場するのは今話だけなのが惜しい)の喧嘩に巻き込まれ(むしろ自分が巻き込んだといったほうが正確かもしれないが)たミケ、足を怪我してハムテルくんにエリザベスカラーを付けらてしまう。
猫は怪我をすると習性として傷を舐めるのだけど、犬と違い猫は舌がザラザラしているから、舐めると傷口をさらに傷つけてしまう。
だから舐めないようにするのは本当に大事。
すごくどうでもいいけど、お菓子の「ラングドシャ」は、フランス語で「猫の舌」という意味である。もともと細長い形状で焼かれていたから、猫の舌に見立てられたということだけど、猫の舌が長い、ってフランス人はどうやって知っていたのだろう。確かに7cmくらいあるのだけど、引っ張り出さないと出てこないし。
<第51話>
獣医学部の貧乏自慢で始まる今話。
菱沼さんはワンカップをビーカー代りに再利用することに切れているけど、オートクレーブかけられるし、目盛がついているのもあるし、確かにワンカップの空き瓶はビーカーとして使いやすい。
作中、菱沼さんは学生に「遠心分離機のローターどこ?」と聞かれているけど、確かにこのローターは所在不明になりがちである。
交換式なのだけど、大抵、ふだん1種類をつけっぱなしで使うから、いざ別の種類を使おうとすると見つからないのだ。
結構でかいものなのに、所在不明になりがちな部品ナンバーワンである。
<第52話>
白衣をきた獣医さんが好きという犬のクルタン。ハムテルくんたちは、菱沼さんが前日に「毒々しい赤い服」を着ていたからクルタンが寄り付かなかったと分析する。
僕はこの分析は半分正しくて、半分間違いだと思う。なぜなら、色は赤色を識別できないからだ。犬は網膜に色を識別する錐体細胞が少なく、代わりに明るさを識別する桿体細胞が多い。
だから、「赤い服をきていた」から無関心だったのではなく、「光の反射の多い白い服ではなかったから」ということが正しい解釈だろう。
(参考)ナショナルジオグラフィック 鋭敏なのは嗅覚だけじゃない! 犬たちの超感覚
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/20140617/403054/?P=2
それと、ハムテルくんが作った「獣医度」という概念は、とてもいい言葉である。作中の表現のように、実際の獣医業界にも潜在的なヒエラルキーのようなものが存在して、バリバリ診療を行う獣医さんほどみんなから尊敬されてて、一方で、それ以外の人はいまいち肩身が狭い。
誰よりも獣医師が感じているコンプレックスのようなものを端的に表した「獣医度」という概念は、もっと世に広めてもいいと思う。
なお、僕自身の獣医度はハムテルくんたちと菱沼さんの中間くらいだと自分では思ってます。
以上です。
6巻につづく。
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