細かすぎて伝わらない佐々木倫子「動物のお医者さん」第3巻 (現役獣医師が全話にマジレスしてます)
佐々木倫子さんの新装版「動物のお医者さん」に全レスする話、第3巻です。
(第1巻の記事はこちら)
そういえば、獣医師である僕にとっては、1980年代に獣医学生でいらっしゃったハムテルたちは先輩にあたる。
そういう意味では「ハムテルさん」「菱沼先生」と呼ばなくてはいけないのだけど、作中では年を取らない存在でいらっしゃるので、「二階堂くん」付で統一したいと思います。
(無駄な配慮です)
第23話
盲腸の手術が初めてだという研修医を拒否する菱沼さん、「キミだってはじめて動物の手術をしたときがあっただろう」と先生に諭される。
僕自身の「はじめての手術」は、牧場実習でやった牛の去勢手術だったけど、そうですね、それを思い出すと僕も余計にやってほしくはないですね。
あと、この先生の手術中のマスクの掛け方がよくわからない。頭の上の1箇所でしか結んでいないように見えて、たいてい、このほか、後頭部にまわして結ぶと思う。
第24話
「微生物学の先生は細菌の顕微鏡像だけでぴたりと当てる」とのこと、これは、プロならできるのかもしれないけど、相当難しい。
せいぜい「グラム陰性の球菌」とかで、ある程度絞り込むのが限度で、例えば、どんな症状を示した動物のどこから採取した菌なのか、などの菌以外の情報がけっこう重要だったりする。
僕は左側は見覚えがあるのでは大腸菌群、でも、形的には肺炎双球菌がしっくりくる。右側はよくわからない。単球菌って意外とお目にかからないんだよな。
作中、寒天培地への菌液の塗り付けが示されているけど、単コロニーをとるならばもっとシャーレの全体をつかって、かつ一筆書きになるように塗り付けなくてはいけない。
阿賀野さんは「ドバーと生えてコロニーが取れない」と悲鳴をあげている。遊走しがちなプロテウス属菌かもしれないけど、上のような塗り方をしていたらそれが原因かもしれない。
(参考)神奈川県衛生研究所 細菌の検査
https://www.pref.kanagawa.jp/sys/eiken/002_kensa/02_microbe/detailed.htm
第25話
さっきからマスクの話ばかりで申し訳ないですけど、ピアノ掃除中にハムテルに倣ってマスクをつけるチョビ。この当時はギャグでしたけど、新型コロナウイルス感染症が猛威を奮ったころは、本当に犬にマスクをつける人がいましたね。
今回でドイツから帰国したハムテルくんのご両親は、成田空港にいったん入国してから新千歳空港に移動していた。新千歳空港の国際線が就航したのは1989年。ヨーロッパ便が就航するのは1997年だから、この頃はまだ成田を経由するしかなかった。
第26話
犬のしつけ回。
遊んでいて人の手を噛んでしまったチョビを叱るかどうかで議論している間に、叱るタイミングを逸してしまった二階堂くんたち。
ハムテルくんが読んでいる本には「その場ですぐに叱りましょう」と書かれている。この「すぐ」というのは、本当に「すぐ」だ。
動物が因果関係を認識できる時間を、僕は動物行動学の先生から「0.1秒」と教わった。悪いことをしたら間髪入れずに叱らなくてはいけない。そりゃ人間には無理です。
第27話
研究室選び回(文系大学ではゼミ、とよばれるものが、理系大学、特に獣医学部では「研究室」と表現される)。
僕の通った大学は研究室決めは(だいたい)成績順で、成績の悪かった僕は研究室選びに本当に苦労した。H大のように演芸大会とか大根の早食いならまだ僕にもチャンスがあったかもしれない。
それにしても、アフリカの島でネズミを採取するという漆原教授。いったい病院の研究室を担当していながら、漆原先生は何の研究をしているのだろう。(この後の話では、「ポプラがガンに効く」という臨床っぽい研究をしていたけど)
第28話
漆原教授が吹き矢をフクちゃんの大腿部に命中させているように、吹き矢は太ももとかお尻とか筋肉の多いところに当てるのがいい(らしい)。たいてい(高濃度の)筋注薬を装填するから、臀部なんかの筋肉の多いところがよく聞く。狙いやすいからといって、うっかり体幹部を狙うと、肋骨で弾かれてささらなかったり、はたまた刺さりすぎて腹膜のなかに漏れてしまったりで、効かないことがあるらしい。
別のコマ(漆原教授の妄想)では、自衛隊の人がライフルで射撃している。実は吹き矢じゃなくて麻酔銃というのもあるのだけど、これを扱うには銃刀法による規制がかかるから、日本国内では一般的ではない。
といっても、吹き矢、実際に(訓練で)使ってみると、ものすごく勢いよく飛び出るし、飛距離もけっこうある。
ハムテルくんたちは自作していたけど、市販もされているし、必要な方は購入してもよい。
第29話
特殊体質(?)の菱沼さんでデータをとることで、有利な宣伝をうとうとするミルピスの会社の人。N=1では医薬品として登録できないし、特定機能性食品(トクホ)でも無理。保健機能食品ならば「からだのいい飲み物です」は言っていいのだろうか。
第30話
菱沼さん家の玄関前に落ちてた(停まっていた?)という九官鳥のキューちゃん、ハムテルくんたちに捜索の結果、もともとは高級住宅街の一家に飼われていたことが判明する。
北海道大学周辺の高級住宅家というと、円山とかその辺だとおもうのだけど、獣医学部からは5kmくらい離れている。
普通に考えて、飛んで逃げたのだろうから、5kmくらいすぐかもしれない。ということは、菱沼さんは籠に入っていない九官鳥を捕まえたというとになる。人慣れしている鳥とはいえ、意外と機敏な菱沼さんである。
第31話
猫と遊び時間を1日1時間以内と制限された二階堂くんの弟妹たち。猫、特に子猫は飽きっぽいから、1回に遊べるのはせいぜい15分くらいだろう。
猫が遊ばれすぎるとストレスを感じてしまうことについては、現在では動物愛護の観点から規制がされていて、例えば2016年には猫カフェの営業時間の制限が設定されている(夜10時以降は営業禁止)。
(参考)中央環境審議会動物愛護部会
https://www.env.go.jp/council/14animal/y140-42.html
この規制には、猫がお客さんから身を隠すことができるスペースも確保すること、なども盛り込まれていることを考えると、二階堂くんの「猫が嫌がったらすぐやめる」という付帯条件はかなり時代を先取りした躾であるといえる、かもしれない。
第32話
うちには獣医(学生)がいますからいつでも患者を連れてきてくださいね、と近所に触れ回るタカさんに、「重症患者がきたら一大事になるから、連れてこないように言ってくださいね」とビシッというハムテルくん。僕も自宅にうっかり患者を持ち込まれては困るので、ご近所や知り合いには獣医師であることは言わないようにしています(獣医師あるある)。
これ、本当に一大事であって、なぜなら獣医師は診察を頼まれたら断ることができない。獣医師法に「診療を業務とする獣医師は、診療を求められたときは、正当な理由がなければ、これを拒んではならない。」と定められている(応酬の義務)のである。
この話のようにまだ学生であるハムテルくんには適用されないし、また、診療施設ではない自宅に持ち込まれた場合は(たぶん)拒む正当な理由にあたるとおもうけど、断らざるを得ない診療を頼まれるくらいなら、一刻も早く動物病院に行ってほしい。
この話では、最後にタカさん(おばあさん)が自宅に持ち込まれた卵詰まりの文鳥を、オリーブ油(の代用のサラダ油)によるマッサージで治してあげたけど、よく見ると欄外に「民間療法だから効果がありません」って注意書きがされている。
この注意書きに見覚えがなかったので、1995年に刊行された白泉文庫版を確認したが、こちらにはその記載はなかった。
新装版発行にあたっての現代的なコンプライアンスの配慮が見られます。
以上です。
第4巻につづく。
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