駆込み訴え 太宰治のこと
たぶん、太宰治が好きだ。様々
な作品を読んできたし、その中にはくり返し何度も読んだ作品もある。今は少し手放し、また少し買い戻したけど、一時期新潮文庫をコンプリートしていた。暇な時、何か読もうか、と思うとき、だいたい太宰治作品を読んでいる気もする。でも多分、というのは、例えばお米のようなものだからだと思う。私はご飯が好きだけど、それを感じることはあまりなく、ご飯を好むことは私の中で当たり前だからだ。そういう感じに似ている。
私が太宰を好きになったきっかけになったのが、 「駆込み訴え」という短編だ。冒頭から男がしゃべっている。男より偉いと思われる人物に。 そのたたみかけるような口調、言葉の表現に圧倒された。ぐいぐい、ひきこまれて、男のセリフは最後をむかえる。自分はこういう者だ、と言って終わる。男の言葉をずっと追っていれば、このお話が何について書かれていて、この男が誰かということはわかってくるけど、でも最後に、自分は何という者か名乗るその終わり方が、何か
すさまじいと思う。こういう風に書けてしまう太宰がすさまじいと思う。
富嶽百景も人間失格も、その他沢山の作品も素晴らしいと思うけど、駆込み訴えは、太宰の小説家としての素晴らしさを、良く感じられる作品だと思っている。なので大好きだ。